第3部 第7話 §最終 ヨークス大会 第1回戦
選手達が、引き上げて行く。一番最初に入場したグラントが、一番最後に舞台を後にするが、グラントとマシューは、直ぐに開始される舞台横で待機することになる。
それと同時に互いのサポートスタッフである、者達の姿が見える。
「兵士長、御武運をお祈りします」
彼に付き添っているのは若い一人の兵士である。彼は三十歳という年齢ですでに、兵士長という役職にある。それはいくつも存在する兵士団の一つでもある。
「ちゃんと息してる?」
フィアは至ってリラックス状態である。
「あ、ああ」
グラントの緊張は、まだ取れていないようだ。
グラントは観客を見渡す。どこからこれほどの人間がわいて出てくるのだろうかと思えるほどの数だった。
VIPシートには、市長もドラモンド議員もいる。
医師団達は、直ぐに選手の救護活動が可能なように、舞台横の特設シートに常駐している。
その中には、白衣のシードとジャスティンの姿もあった。
「それでは、第一試合を開始いたします」
ウグイス嬢の美しい声が、冷静にそれを告げる。
グラントとマシューはその間一度も会話をすることがなかった。ただ互いに横に並び強調しながら、サイド壇上に上がり、舞台中央まで足を運ぶ。
壇上には審判がいる。
このときにマシューは初めてグラントに握手を差し伸べてくる。
「若者よ、全力でぶつかってこい」
落ち着いた男気のある良い声だ。ドレン=クルーガより、よほど良い男である。グラントが手を握手に答えると、彼はがっちりと握り替えしてきた。
グラントはバスタードソードを鞘から抜くと、一度舞台横にまでゆき、それをフィアに渡す。
戻ってくると、審判が視線で、試合開始の準備の状態をそれぞれに促すと、マシューは迷い泣く頷き、グラントも少し遅れて軽く頷いた。
「互いに礼!審判に礼!構え!」
段取りよくそこまで進められる。空気が一つピンと張る。グラントとマシューの視線が交わると、まるでその瞬間に時間が止まったように静まりかえる。
「始め!」
審判の気合の入った合図で、二人は即座に券を交え、互いの力量を確かめ合う。
マシューは実に慎重な男だ。一般のレベルでは確かにそこには隙がない。グラントにも好きが見えないような気がした。だが、それはあくまでも通常レベルでの話である。
グラントも慎重な男である。無闇に攻めに転じたりはしない。互いに券を当てつつ、揺さぶる部分を探し始める。
「なに、ちんたらやってんだか……」
ドライはグラントの攻め方にかなりもどかしさを感じた。相手の実力に合わせているようにしか見えなかったのだ。こういうときはイーサーの意味のない勢いが、彼に欲しいところである。
「あの若造……やるじゃねぇか」
近隣からそういう声が聞こえる。グラントに対しての票だろう。
確かに無名のグラントがこの大舞台で、経験者と五分に渡り合っているように見えるこの試合は、評価するべき部分だろう。だが、ドライとのトレーニングの時ですら、比にならない良い動きをしていた。今はその足下にすら及ばない。
それでも自力の差は現れ始めている。
グラントは緊張しているものの、攻めあぐねているわけではないのである。むしろ攻める機会を着実に狙っているのである。一方マシューは、決め手がない。グラントに対する攻撃の糸口がつかめずにいる。
〈なんだこの若者は……、揺さぶれない……〉
「グラント!どうした!相手ひるんでるよ!」
すかさずフィアの声が飛ぶ。するとグラントは目を覚ましたように攻め始める。近郊に見えた攻防が一気に崩れ、グラントが思うがままに剣を振るい始める。両手で握られたバスタードソードを、自由に宙を走り始める。
「く!」
マシューは後ずさりしかない。振り抜かれるグラントの剣は、なんと重いことだろう。脇を固め剣を引きつけ、受けに回るが、それでも手が痺れ始める。
グラントは一度身体ごと剣をぶつけ、鍔迫り合いに持ち込み、次の瞬間素早く身体を引き、押し返す力の反動で、僅かに脇が甘くなったマシューの剣を横から叩く。
グラントの剣が瑠璃抜かれると同時に、マシューのブロードソードが回転して飛び、石で出来た舞台に突き刺さるのであった。
だが、これで勝敗が決したわけではない、マシューが剣を拾い、再び戦闘体勢に持ち込めばよいのである。
だが鎧を着たマシューは、グラントより素早い動きをすることが出来ず、その刃がマシューの首の横にまで、伸びはねとばす寸前で止まる。
「ま……参った」
マシューの眉間に冷や汗が流れる。確実に自力の差を思い知らされた瞬間だった。
観客が俄にざわめきだし、事態を把握した観客の歓声が一気にふくれあがるのであった。思わぬ伏兵を見つけ出した喜びである。
そのときに、漸くグラントの額から少しだけ汗が滲む。だが、その汗は、疲労から来るものではなく、緊張が取れたために出たものだった。
剣を拾い上げたマシューが再びグラントに近づき握手を求める。
「すばらしかった。いい勉強になったよ」
彼は謙虚で素直な男だ。確かにグラントは勝利したが、彼の人柄を感じると、やはりただ無意味に勝てばよいのではないことを、実感するのだった。
「いえ、こちらこそ」
その潔い精神には、学ぶところがある。握り合った手の感触が忘れられそうにない。
一期一会。全てがその連続である。グラントはこのときほどそう思ったことはない。
「男の見本……だね」
壇上から降りたグラントに対して、フィアがかけた一言がそれだった。そしれグラントは、それに納得して頷く。彼の中に心のあり方を見た。
観客の拍手は鳴りやまない。その中グラントは、フィアとともに、自分の控え室に戻るのだった。
「アレ……いい男ねぇ……」
ローズが、目を細めて、クールな笑みを浮かべるのだった。
「よだれ出てるぜ……」
本当に唾気を催しているわけではなかったのだが、ドライは、ローズらしい一面に、呆れた笑みを浮かべて、軽く流す。
ドライは、ゆっくりと立ち上がる。
「さて、朝飯でも食いに行くか……」
グラントの二回戦が始まるのは昼を回ってからである。彼は大会自体に興味があるわけではない、ただ彼等の晴れ舞台を見るという、ローズの親心が彼をこの場にいさせているのだ。
二人はそれまで、スタジアム周辺で、時間を潰すことにするのだった。
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