第3部 第7話 §11  決勝戦の朝

 翌朝。

 ローズはいつも、誰よりも早く起きる。だが、それは休日までとはいかない。この日はグラントの予選も、誰かの補習があるわけではない。だが、彼女はすでに起きて、珍しく新聞を広げている。

 耳にはあかペンが夾まれて、何やらブツブツと呟いている。そのリビングに姿を現したのは、シーツを一枚引っかけて、それを引きずりながら、中は無防備なままのリバティーだった。

 「おはよう……」

 リバティーは、寝ぼけ眼である。

 ローズはブツブツ、呟いている。

 「ママ?」

 「低い……低すぎるじゃない……」

 かなり神経質にイライラして、ローズはその一面だけを睨んでいる。

 「ん?」

 リバティーは新聞に集中しているローズの横から、それを覗き込む。それは、剣術大会自由枠決勝トーナメントの賞金のオッズである。もちろんグラントの名前も乗っている。

 「四五倍……グラントさんの評価って低いのねぇ」

 「馬鹿なこといわないで、ぼろもうけ計画が半減じゃないの!!」

 だがローズは、耳に刺していた赤ペンを外して、グラントのところに、ぐるっと丸を入れる。それでも賭ける対象はグラントなのである。彼の実力を知っているなら、それは当たり前のことだ。

 「ん?」

 ここで、ローズは誰かに話しかけられていることに気が付き、横を覗き込むと愛娘があられもない姿で立っている。シーツ一枚をかぶっているだけなのである。

 「こら!また、そんな格好でウロウロする!」

 ローズは軽く握った拳をリバティーの顔の前に振りかざす。リバティーは目を閉じて、肩をすくめるが、口元は今にも舌を出して、茶目っ気を見せそうなほど、にやついている。

 「どれどれ、せいちょー具合を確かめるか!」

 次にローズは立ち上がると同時に、リバティーを後ろから羽交い締めにして、シーツの隙間から手を素早く忍び込ませる。

 「キャ~!ママの変態!エッチ!」

 力でローズに敵うはずがない。ローズは舌なめずりをしながら、暴れるリバティーをもてあそび始める。

 そんなタイミングを目撃したのは、ドライであった。

 「朝からなんだっつーんだよったくよぉ……」

 大あくびのドライだ。

 「娘のせいちょーを、確かめてるところ♪」

 「馬鹿なことしてんな。飯作ってくれよ……」

 ドライは、あくびをしたまま椅子に座る。

 ローズは、シーツの中から手を出して、右手の中指を軽くぺろりとなめて、キッチンに向かう。

 「彼奴の前でんなカッコしてたら、食べられちまうぞ」

 ドライが、そのまま床にへたり込んで、両手でシーツを押さえ、息を乱しているリバティーに忠告する。貞操の危機を逃れた安堵で脱力している。

 「サブジェイも、結構被害にあってたなそういや」

 ドライは笑い飛ばすが、冗談ではない。

 「何でもありすぎだよ……、パパもせいちょーとかいって、そんなことしないよね?」

 似たもの夫婦という言葉がある、リバティーは引き気味にドライを見る。

 「馬鹿いってんな。腹減ってるから起きてきたんだろ?ちゃんと着替えて降りてこい……」

 ドライは、テレビをつけて、朝のニュースを拝見することにする。

 「本日は、市民枠の決勝トーナメント初日ですね。さて、どの選手が決勝にたどり着くでしょうか?」

 ニュースのイベント情報の一コマだった。

 リバティーは、ふてくされた顔をして、頬を赤らめながら、そそくさと自分の部屋に戻ろうと、二階までの階段を上がりきったときだった。少し向こうのグラントの部屋から、フィアが姿を現したのである。彼女はパジャマ姿で、部屋を出ると同時に、一番上のボタンを閉めていた。

 「お嬢、おはよ」

 フィアは寝起きがよい。すっきりした顔で、ハッキリとした表情を作っている。ワックスで固めていないため、頭髪がばらばらになっている。それは夕べのままだ。

 「もしかして……もしかしてなんだ?」

 リバティーは、近づいてきたフィアに興奮しながら、ただし小声で感触を確かめる。そういう好奇心で目を輝かせているのは、ローズそっくりである。

 「へっへー内緒♪」

 フィアは、リバティーの好奇心を燻るすべを知っているかのように、態とそれをじらしてみせる。

 「うそうそ。一緒に寝ただけ。びっくりした?」

 フィアは、ウィンクしながら、一階に下りて行く。

 「なぁんだ……でも、グラントさん我慢できたのかなぁ」

 リバティーはしばし自分の部屋の前で、グラントがどんな一晩を過ごしたのかを想像してみた。でも、パジャマの前ボタンをしめるような仕草が気になっている。

 「そういえば、早めのグラントさんが起きてこないのが……気になる……」

 リバティーが考えていると、次に一つ向こうの部屋のドアが開くと同時にエイルが出てくる。

 「おはよう。風邪引くぜ……」

 エイルがリバティーの頭をクシャリと撫でて、一階に下りて行く。

 「あ、うん」

 リバティーがそんな格好でウロウロするのは、日常茶飯事とまではいかないが、よくあることだ。

 エイルが、居なくなると同時に、リバティーはミールの部屋に飛び込むのであった。

 暫くして、ミールの声が、部屋から響く。

 「えー!うっそー!」

 朝食中、ミールとリバティーはフィアに注目の視線を送っているが、フィアは何時も通りむしゃむしゃとご飯を食べている。そしてグラントを見るのだ。グラントの方はご飯が喉を通らない様子だ。

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