第3部 第7話 §10 それが彼女の家族像

 数日後には、市長がシードを連れてくるらしい。別に連れてこなくとも彼等は自ら来るだろう。だが、市長としての立場というものがあるらしい。

 その後、家に戻ったドライは、ぼうっとしている。ぼうっとしているといっても、行動に気持ちが入っていないだけで、頭の中がぼうっとしている訳ではない。ぼうっとしているように見えるのだ。

 夕食の時のドライは、そうだった。ドライがぼうっとしたりすることは、別にもう珍しくはない。いろいろなことが起こるからこそ、そうして物事を考える時間も出てくる。

 みんながリビングでくつろいでいる中、エイルとミールがいない。何故ならもうすぐホーリーシティーの大会が近づいているからである。

 彼はグラントの決勝が終わった翌日に、ホーリーシティーに出発し、その週には登録を済ませ、その週末には、大会が開かれるのである。

 「オメェ等も、ぼちぼち準備しとけよ……」

 不意に思考が止まったドライが、そんなことを言い出す。ローズ以外には全くの初耳の話である。

 「え?何の話?」

 唐突に思えた話に反応を示したのはリバティーである。

 「決まってるでしょ。家族が応援に行かないでどうするってのよ!」

 ローズがこまめにキッチンとリビングを往復している最中にリバティーに近づき、クシャリとその頭を撫でる。水洗いで濡れたローズの手が一瞬冷たく、肩をすくめる。

 「でも!凄いよ!ホテル代とか旅費とか!」

 フィアが珍しく慌てる。

 「あんた達妙に心配性だから、前もっていっておくと、なんかしようとするでしょ?」

 ローズが、後かたづけがおわり、腰を落ち着ける。

 「心配すんな。俺等別に生活困って農場やってんじゃねーんだ……。けど、俺とローズは、農場の会合があるから、開会式ぐらいになっちまうけどな」

 イーサーはぼうっとしている。何時も楽天的なイーサーだが、こればかりは自分の力ではなく、確かな助力があってのことだ。

 「それから、ドライとも随分話したんだけど、あんた達の学費、ちゃんと出すから。あんた達は一所懸命遊んで勉強して、運動して!しっかり卒業する、いい?」

 「姉ごぉ~!!」

 フィアがテーブルを飛び越えてローズに抱きつく。一度は断った話だが、時間がその気持ちを砕いたのだ。

 それはただの自己満足なのかもしれないが、ローズはそういう反応が一番嬉しかった。高ぶるフィアの気持ちをなだめるように、彼女の頭を撫でてやる。

 夜が更ける。

 リバティーはイーサーとの時間を大切にしていた。この夜は嬉しいことが沢山だ。彼女はいつもより彼への密着度を高めている。

 「私、学校とか出してもらえるのが当たり前で、普通なんだっておもってた。でもみんな凄く、そのことが嬉しそうだった……君は?」

 「俺学校でたらさ、いっぱいっぱい。アニキや姉御に、恩返ししなきゃ……って思った。フィアとミールは残念だけど、俺とエイルなんかは、大会に出るチャンスまでもらってさ、飯も食べさせてもらって、お嬢とこうして……胸がいっぱいだよ……まだ手が震えてとまらねぇよ……」

 イーサーはリバティーをギュッと抱きしめる。その気持ちで抱きしめられていることが、リバティーにとって何より心地よいことだった。だが、それ以上に彼等はこの家に大きく包まれているのである。

 グラントは、ランプ一つがともされた自分の部屋で、大会の予選を通り抜けた感触をベッドの上に転がりながら、しばし確かめていた。苦戦のイメージはない。だが、自分の手で一つの道を切り開いたのである。それは間違いない事実である。

 そのとき扉がノックされる音が聞こえる。

 「やほ!」

 そして、何も返事をする間もないまま、扉が開かれる。パジャマ姿のフィアである。

 「え……あ、どうしたんだよ」

 「ん~~、何となくね」

 フィアははにかんだ笑みを作りながらグラントの部屋に静かに足を踏み入れて、上半身を起こしたグラントのベッドの縁に座る。

 「ホラさ!姉御の夜は、おきまりコースだからさ……お嬢もイーサーも、ミールもエイルも……ね」

 つまり自分たち二人だけ、それぞれの部屋で眠れない夜になるのが、少々空しく思えたのである。

 「へへへ!」

 フィアは、そう照れ笑いしながら、簡単にグラントのベッドに入り込んでくる。

 「ああ……」

 少々照れるところはあったが、グラントはベッドの半分をフィアに譲る。

 「久しぶりだよねぇ~、こうして寝るのってさ……」

 「やっぱりそれは……そうだし」

 グラントは言葉を濁すが、それはフィアも十分にわかっていることだ。しかし、フィアに言われると、確かにそうやって肩を寄せ合って眠ることは随分久しぶりだ。イーサーの家に移るまで、孤児院で雨音や落雷の音におびえて眠るときは、特にこうして眠ったものだ。

 「今日は嬉しいことばかりだね。んでもって、予選突破おめでとう」

 「あ、うん」

 グラントが照れて、満足な礼も言えないことはいつものことだ。

 「じゃ、寝よっか」

 フィアは無邪気な笑みを浮かべて、ランプを消す。漸く残った月明かりだけが、二人を微かに照らす。

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