第3部 第7話 §8  来客

 やがて、お祭り騒ぎになったイーサーを先頭に、本日主役のグラントを囲んで、子供達が帰り着く。

 「アニキ~!姉御~!」

 まるで我がごとのように、はしゃぎ回るイーサーである。予選の相手がそれほど辛勝に至る相手でないことは、イーサーも十分に知っていたはずだ。それでも自分たちの思いの一つである、大会決勝進出という目的がグラントの手によってなされたことが、嬉しくてたまらないのである。

 先日マルコスに土下座をした件など、どうでも良くなっているに違いないと、一同は思う。

 「はいはい!アンタはしゃぎすぎ!体力あるなら運ぶの手伝って!」

 家に駆け込んだイーサーに対してキッチンから飛び出したのは、そんなローズの声だった。

 席順は、主役のグラントが、普段ドライの座っている席に腰をかけ、ドライとローズがそれを夾む形を取っている。後は適当に……である。

 「あのさ、姉御……おれさ……」

 料理が運び終わり、祝杯が上がり、イーサーがひとしきり料理をがっつくのが落ち着いて、漸く発したグラントのそれが、もぞもぞとしている。

 「ん?なに?」

 ローズが、ごきげんな表情を崩さずに、グラントの顔を覗き込む。

 エイルがグラントから離れているため、彼が何を言おうとしているのか解っていたも、簡単にそれを止めることが出来ないでいる。

 「俺、予選決勝でさ……」

 「うんうん」

 珍しくグラントが自主的に話そうとしてるのである、ローズはいいたいことをしっかり聞いてやるために、彼から目を離さない。

 「予選の決勝で、圧勝しちゃってさ……なんか、妙に腹が立っててさ……そいつに」

 それをいった瞬間ローズがどんな無茶を言い出すのか?と、エイルは、色々予想を巡らせた。

 「そっか!張り切ったか!」

 何に腹が立ったのかは、兎も角として、ローズはグラントの頭を撫でて、彼の報告を素直に受け止める。

 「怒らない……んですか?」

 「なんで?どうして?」

 ローズは、何がどうしてどうなのか、全く理解できない様子を見せる。

 「自分がギリギリで勝てってい……」

 エイルがぼそりとそこまでいった瞬間、唐突に低い角度で投げられたフォークが、彼の手元に突き刺さり、しばらくの間、痺れたように、ビーンと低いうなり声を上げて、震えていた。

 ローズはニコニコとしているが、そこにはエイルの言葉を封じる殺気がありありと浮かんでいるのが解る。

 「今日はあんたが主役!どーんと食べて!どーんと飲んで!」

 今度は遠慮なく、頑丈なグラントの背中をバンバンと叩き始めるのである。

 「うっしゃ!喰うぞ!」

 主役でもないイーサーが更に張り切ってホークとナイフをもち、食べ物を選び始める。

 隣でその光景を見ていたリバティーは、それを見るだけで、満腹感が膨脹感に変わり、お腹が重たくなる。ウンザリとしてしまう。

 「そうそう!大会でさ!フィアが告られたんだよ!!」

 ミールが、ポール=ドミニシュの事を思い出す。きざったらしいところや、フィアの手に何度もキスをした事など、その相手がグラントの予選決勝の相手だということ。

 「なるほどねぇ~」

 ローズは、一寸した珍事件を耳にして、そういっているがもっと過激なことが起こっても良かったのではないだろうかと、ひっそりと想っていた。

 フィアはデザートのショートケーキの生クリームに舌鼓を打ち、ポールの話など全く興味のなさそうな様子だ。

 「あ、それでアンタ、その相手秒殺しちゃったんだ?」

 ローズが直ぐに話をグラントに振る。

 「いや、別にそういう訳じゃないですけど……」

 グラントのそれは、確かな返事だった。ローズの冷やかしに少々困っている様子はあるが、照れなどはない。どうやら、二人の間にはそういった感情は無いようだ。ローズには期待はずれである。

 もうひとしきり飲み食いした後、イーサー達は腹ごなしのために、それぞれ身体を軽めに動かすために、表に出ている。

 「ゴン太!」

 フィアは、何時も当たり前のように肩に乗っている、赤毛猿を剣に変化させる。

 フィアの剣はレイピアよりは幅が広く、ロングソードより細身である。刺突が主体の剣である。

 型を確認するための軽い運動である。手合わせなどはしない。

 イーサーに至っては、本当に軽い柔軟程度である。お腹が重すぎるのである。

 軽めに食事を済ませていたのは、ミールとエイルである。

 「会場では鞄に押し込んでたから、不機嫌だったよね~」

 リバティーも加わっている。フィアの横で柔軟をしている。

 「まぁね。ペット持ち込み禁止とかいわれちゃうとね」

 フィアは暢気に笑っている。

 フィアが、一度だけ勢いよく剣を振るい大きな弧を描くと、炎がつきることなく空気中で暫く停留し燃えさかっている。まさに炎の剣である。

 「そういうのも魔力って必要なんだ?」

 「ん~~、これは殆どゴン太の魔力だね。もうチョイ熱量を上げると、話は別だけどね」

 熱量を上げるということは、金属を斬ることもたやすくなるということである。それは硬度の問題ではなく、融点の問題である。炎特有の能力といえるだろう。

 「イーサーはなんかないの?」

 最初の喧嘩の時、イーサーがドライに向けて放った古代魔法以外彼は本当に殆どそれを見せない。

 「ん?俺?」

 唐突に話を振られたイーサーが、奇妙な声で返事をした。

 「ん~~……」

 イーサーは、地面の上に置いていた剣を拾い上げて、ゆっくりと考える。

 セシルの創った剣がどれだけ自分に順応するのか?それに、ふと円錐の方が気になった。

 フィアやグラントの技を見てしまうと、彼は自分の魔力を使った複合技は、あまり芸がないと思い、首からぶら下げている円錐を握り、しばし考える。

 「珍しくイーサーが脳をつかってるよ!」

 ミールがヒソヒソと声を潜めて、エイルに呟く。エイルは悪いと思いつつ、それが壺に入り、笑い声を拭きこぼしてしまう。

 「あ~!うっさいなぁ!」

 イーサーは、もう一度剣を地面に置いて、円錐に魔力を込める。

 するとそのとき、握っていた円錐が姿を変え、鍔と柄に形状を変化させ、青白い光に満ちた刀身がその中から姿を現す。そしてそれは、明らかにエネルギー的な存在であり、物質ではない。形状はブロードソードに近い。

 どうやら、ミールの余計な一言が、イーサーのやる気を引き出したらしい。

 「お!おお!?」

 冷やかしなのはやはりミールである。

 「やっ…………った」

 興奮に驚きを隠せないイーサーの声だった。異常なほどに剣が軽いのは、刀身が物質ではないためだ。

 「えっと……」

 イーサーが何か標的を探す。だが、畑はドライが精魂込めて耕しているために、それにするわけにはいかない。とすると申し訳ないが道路になってしまう。恐らく一番怒られなくて済む場所だろう。

 イーサーは、一度真上から振り抜くことを考えたが、剣を上に構えて躊躇している。それから首をかしげて、何かが違うような気がして、もう一度中断に構え直す。

 「焦れったいなぁ……」

 リバティーがイライラし始める。

 「まてって……、剣がこれってことは、つまりあれだろ?ほら……」

 「エネルギーで出来た刃が、魔力となって放たれるんだろ?」

 「そう!それそれ!」

 エイルがイーサーのいわんとしていることを、通約してくれる。

 「まて!車が来るぞ!」

 エイルが、イーサーを止める。イーサーの集中が切れると、エネルギーの刀身は姿を消してしまうのである。すると剣は、シルバーのチョーカーに変わり、イーサーの首に収まる。チョーカーのデザインは、シンプルにシルバークロスになっている。

 どうやら、彼が普段から、円錐をぶら下げていたことで、そのイメージが定着したらしい。

 「どうやら、アンタのイメージ……固まったみたいだね」

 フィアが、イーサーの肩をぽんと叩く。フィアの剣も元のゴン太の姿に戻っている。

 「あ、うん」

 嬉しいことだが、来客の方に関心が行くイーサーだった。

 車は黒のリムジンである。この車が来るということは、街で有数の富豪か、著名人であると思われる。

 「大使……かな」

 グラントが高い背をさらに高くするために、つま先立ちになるが、そのころにはもう、車はサヴァラスティア家の目と鼻の崎間に到着していた。

 現れたのは、あまり体力的に自信のなさそうな四〇代前後のサラリーマン風の男だった。だが着用しているスーツなどは、しっかりとした素材のもので、疲れたサラリーマンという訳ではなく、エリートコースに乗っている雰囲気が漂っている。紺色のリクルートスーツだ。控えめなイメージが伺える。腕には一つのファイルに纏められた書類を抱えている。抱え馴れていることから、何時もそれを持ち歩いているのだろう。

 「違うな……」

 エイルがそういう。

 男は、イーサー達に近づいてくる。まず、通常の装備をしているミールとグラントが、剣に手をかけ、もしもの事態に備えようとする。

 「違うだろ……ブラニーって人が、農場に結界を張ったんだろ?だとすると、違うはずだ」

 そう。ジュリオの件から学習だ。エイルにそう諭されると、二人は、件を抜く姿勢を解いた。男は彼らに近づいてくる。そしてこういった。

 「サヴァラスティア農園の農園主のお宅がこちらにあるとお伺いしたのですが」

 丁寧で穏やかな声だった。それほど低くはない。いや、むしろ少々高めの声だ。陽気さを作るために、態と高めのトーンで喋っているのだろう。

 「用件は?」

 こういうときは、エイルが前に出る。

 だが、反抗的な言葉尻の強いエイルが返答すると、彼は少々困った顔をしてしまう。それは対処という意味もあり、不快感でもある。

 「市長が直々に面会したいと仰っておらます。お取り次ぎ願えませんでしょうか?」

 彼はその姿勢を崩さないようだ。

 「俺……行ってくるよ」

 グラントが、ドライを呼びに行くために、小走りに走り出す。

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