第3部 第7話 §11 秒殺

 「さてと、俺は次の試合の準備でもしておくよ」

 グラントはすっと立ち上がり、再びストレッチをし始める。それ以外のことはしない、剣を持ってのイメージトレーニングなどを、全く行おうとしないのだ。

 それは今まで十分に行ってきている。それが理由だった。

 ポールの方も、試合に集中するためか、こちらに遊びに来る様子は見られず、スタッフといろいろな打ち合わせをしている。次に戦う相手の情報や、戦術などだろう。

 イーサー達は気楽に構えていて、全くそういった行動をせずにいた。

 「いいさ、出てくる連中は決まってる。ドレン=クルーガは間違いないし、青竜刀のサイ=リンチェイ。予選で当たる、ポール=ドミニシュ……他はどうかな。実力じゃ俺たちとさほど変わらないさ」

 エイルは余裕だ。有名だといわれている人間達は、その程度だと言うことだ。ただし天剣だけは、別格なのである。事実彼を目の前にして、それはより現実となった。

 しかし、相手選手のそれさえも彼の過大評価なのかもしれない。

 グラントは、その後も順調に勝ち上がって行く。ポールは相変わらずの一本勝ちである。グラントはそれ以降、あまり目立った勝ち方はしていない。

 「メールにも、入れてくるくらいだもんねぇ……」

 と、リバティーの一言であった。少々グラントが気の毒である。彼の実力ならば、予選は苦もなく戦えるはずなのであるが、何かことあるごとにローズの顔が浮かぶのだ。

 やがて予選決勝の時が来る。予想通り残ったのはポール、そしてグラントである。だが、グラントに関しては、誰も予想していなかっただろう。それが分かっていたのはイーサー達だけである。

 そして、二人が壇上に上がる。

 「だいぶ苦労していたみたいだね」

 「そうでもないよ……」

 グラントは、ポールに対してあまりいい顔をしてはいなかったが、きちんと返事を返すところが彼らしい。確かにグラントからは、勝ち方に相反して、疲労の色はない。

 ポールはまたもや握手を差し伸べてくるが、今度はこれを嫌う。全く反応しようとしなかった。

 グラントの方が、これから戦うべき相手だと言うことを、より強く認識しているのだ。


 一方ポールの方は、敵にエールを送る意味合いが強かったようだ。大会経験者としての裕りだろう。自分の勝利を疑っている様子がない。

 そして、今度は、リングサイドで、グラントの応援をするために、連れ立っているイーサー達の中に、フィアの姿を見つけると、指を指してこう言い出した。

 「この勝利を君に捧げる。先ほどの約束、いいね?」

 「いいよ」

 そうあっさりと答えた。フィアは、彼が勝利したらその申し出を受け入れるというのだ。リバティーには予想外に思えたが、実はそうでもない。グラントに勝てるくらいの男なら、それは十分にそうするに値する男だと、彼女は思っているのである。だが、もう一つ彼女は、別の方向での返事をしている。

 ポールは、グラントに向かってにやりと、不敵な笑みを浮かべるのであった。これに対してグラントは、少しため息が出そうになるが、それは表情だけにとどまる。これまでの試合には疲労を感じていなかったが、事彼と対面するとなると、精神的疲労感を感じずにはいられなかった。

 「お嬢」

 グラントは、あまりリバティーと会話をしない。いや、イーサー達の中でも一番無駄な会話を好まない彼だった。だが、話しかけるときには意味のあることが多い。何か思いがあるのだということが、伝わってくる。

 「なに?」

 「姉御にゴメン……って、メールしといてほしいんだ」

 一度だけ、リバティーの方向いて、困った顔をしながら一度ぺこりと頭を下げる。

 「えっと……」

 リバティーは携帯を取り出す。

 「両者、互いに礼!」

 審判が、両選手が正しく向かい合ったのを確認して、試合を進行させ始める。

 「わ!まってよ!まだメールしてないって!!」

 リバティーは、慌てたため、何時も以上に指先がもたつき、折りたたまれた携帯電話を開く事にすら、時間がかかる。

 「審判に礼!」

 リバティーは、急いで携帯電話のメモリーから、ローズのアドレスを選択し出す。

 リバティーが携帯に目を移した瞬間。

 剣と剣がぶつかる音が、三度ほどした。そして、二人の試合に注目していた者達から、ざわめきの声が上がる。リバティーが、それに気が付き、グラントの居ると思われる方向に目を移すと、剣を持ったまま両手を上げた、ポールの姿と、彼の喉元に矛先を突きつけたグラントの姿があった。

 電光石火……その言葉が相応しい。

 リバティーが、無意識のうちに、携帯電話にメッセージを入れて、送信ボタンを押そうと下瞬間、エイルが、その手を下ろさせる。

 「黙ってりゃ、解らないさ……」

 さすがにエイルである。グラントの正直さからは考えられない発想だろう。

 「そ……だね」

 リバティーもそのときは、それに納得するが、何かを忘れているような気がした。リバティーは、メッセージのキャンセルをするのだった。

 実力差の見えないものに対してのお仕置きとでもいうことであろうか。

 フィアはにこにこしている。

 グラントが壇上から降り、二人がすれ違う瞬間に、先ほどと同じように握った拳の小指側をぶつけ合う。

 「秒殺じゃん」

 「ああ」

 グラントは少しも喜ぶ様子を見せない。確かにこれは、通過点に過ぎない。彼の目標点ではないのである。

 負けたポールは、壇上で愕然としている。

 「ま、がんばりなよ!」

 フィアは、最後にポールに手を振り、引き上げて行くグラントの後について行くのであった。

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