第3部 第7話 §10 心なき誹謗

 今度の相手は、慎重が180センチ程度の、戦士としては細身のタイプだ。顔は細長く、髪は振り乱されている。ラテン系のようで、知的さが見られる。そして、ロングソードを持ち合わせているが、楯は持っていない。この手合いで用心しなければいけないのは、スピード重視での攻撃を仕掛けてくるか、なにか技を持っているかだ。それにロングソードといえど柄の長さが少々長い。彼らの使用しているタイプと同じだ。両手で使えるものであもある。

 「始め!」

 審判が、手を挙げ試合開始の合図を送った瞬間。男は剣を下から上に振り上げる。グラントはとっさの判断で、身体半身になり、右方向に躱すと、リングに張られているシールドに弾かれ、衝撃波がそこに走る。魔法や波動の攻撃が、リングは外部に出ないような構造になっているのだ。

 「エンチャントだ……」

 フィアがそれに驚く、大学ではそれは全く見られなかったものだ。自由枠の選手ではやはりこういう選手が出てくるのである。こういう男は、世界を渡り歩いているにちがいない。少々それに引かれている様子でもある。

 リバティーがぴーんと来る。フィアの思う強いとは、技量や腕力だけではないのだ。世界の風を漂わせる雰囲気を持ったものなのである。そう言った意味では、イーサーもエイルもグラントも、まだまだ尻の青い子供であると言えるだろう。

 「ボウズ、よくぞ躱したな。だが、これはどうだ!」

 男は、連撃で、剣を振り回してくる、その度に風の刃がグラントを襲うが、彼にはそれが見えているらしい、気が動転しながらも、絶えず右に走りながらそれを躱して、男の回りを回っている。まだ間合いを詰めるには至らない。

 グラントは思う。風の扱い方ならば、エイルの方が遙かに早く鋭く、きめが細かい。もちろんフィア達にも風の軌道が見えているようで、最初ほどは驚かなくなっている。

 魔力を使っているために、溜がなく、風の刃が次々にグラントを襲う。

 「化け物か!何故躱せる!」

 当然である。人間がどれだけ俊敏に動いても、躱すという判断をするまでの、タイムラグはどうしようもない。だが、グラントは大きい身体を俊敏に動かし、全て寸前で見極めて躱しているのだ。

 男がじれた瞬間、グラントは一つ前に出るようなフェイントを入れる。それに合わせて、男はグラントに向かい、大気の刃を飛ばしてくるのだが、それはグラントが誘ったものだ。前に出つつ、身体を右に躱して、下からなぎ払うようにして、剣を上に振るう。その剣は、男のロングソードの中程を捉え、動きを止める。

 グラントの力で弾かれた剣は、腕ごと大きく上に跳ね上げられ、連撃を止めてしまう。

 そして、グラントは振り上げた剣を胴に突きつけ、そこで寸止めする。

 「それまで!一本!」

 グラントの勝利である。もし、剣を振り抜いていたとしても、変わりに天使の涙が砕け散ってくれる。だが、それでも彼は寸止に拘った。誤って他人を傷つけてしまわないためだ。

 「人間だっつーの……」

 グラントは、壇上からの折際に、ぼそりとそう呟いた。

 イーサーやエイルは、彼の健闘を称え、その背中を軽く叩く。

 「まずまず……だね」

 フィアが拳を作り小指側を向けると、グラントも同じようにして、ガツンと当てる。

 「ウォームアップにもならないよ……」

 控えめなグラントからそう言う言葉が出るのは珍しいが、彼が感じたそのままの感想なのだろう.

 リバティーは、グラントの言葉に少し息がつまった。セシルとドライの会話を思い出す。

 それは、彼らが自分たちと同じシルベスターや、クロノアールの子孫だと言うことだ。だから、相手選手が吐き出した。化け物というその言葉は、まんざら当てはまらない事もない。知らないとはいえ残酷な言葉だ。そしてエイル達も、まだそのことを伝えられてはいない。

 そして、イーサーについては未だ謎が多いままだ。

 自分の両親が、普通の人間ではないと知ったとき、全ての平和が崩れそうに思えた不安と同じ感覚が、再び彼女を襲う。嬉しそうにしている彼らが、自分たちの存在のあり方を知ったとき、その喜びが壊れてしまいそうに思えてならなかった。そして自分も普通の人間ではない。

 穏やかな流れに戻りつつあった彼女の気が、不安に乱れ始める。一瞬周囲の声が聞こえなくなっていた。

 「お嬢?」

 正面にあったのはミールの顔だ。

 「聞こえなかった?何飲む?飲み物買ってくるけど……」

 「あ……えと、アイツと同じのでいい」

 慌ててイーサーを指さすリバティーであった。

 「スポーツドリンクでいいのね?」

 リバティーは、慌てて頷く。

 それを聞くと、ミールは小銭がいっぱい詰まった財布を、片手で転がしながら、じゃらじゃらと音を立てつつ、武道館の出口の方へと歩いて行くのだった。

 一同は、グラントの休憩に合わせて、一時武道館の端に移動して、そこに座り込む。

 イーサーが座ると同時にリバティーはその横に座り、ギュッと彼の腕にしがみついて、頬を寄せた。

 「アッツイねぇ~。ご両人!」

 フィアが冷やかす。

 「こういう気分なんだ……」

 リバティーはそうとしか答えない。

 イーサーは、リバティーが絶えず燻り続けている不安を胸の中に抱いていることを知っている。何故それほどまでに不安に駆り立てられているのかは解らないが、少なくとも自分の取り巻く環境が、普通の人々とはかけ離れていることにあるということは、理解しているつもりだ。

 「ヘヘヘへ!」

 イーサーは、そう笑ってリバティーの頬ずりをする。イーサーは、何時でもどんなときもどうにかなると思っているし、どうにかしようと思っている。それには根拠があるわけではない。

 「やってらんないな……」

 エイルも呆れてふっと息を吐いて笑みをこぼす。

 別に疲れていないと言っているグラントだったが、しっかりとフィアにマッサージをしてもらっている。確かに筋肉に張りが出てきているわけでもないし、身体に熱がこもり始めているわけでもない。

 「え~、なになに?お嬢しっとりしてるじゃん」

 少しして戻ってきたミールが、両腕にドリンクを抱えて、そういう。

 どういう心境なのか、エイルも解らない。肩をすくめて、両掌を上に向ける。

 「不思議だよね~。イーサー、危うくお嬢を傷つけるところだったしさぁ。もうメチャ犬猿だったのにねぇ」

 「わ……悪かったなぁ。お嬢が許してくれたんだから、いいじゃんか……」

 イーサーとしては、人生最大の汚点である。思い出すだけで恥ずかしいし、胸にズキリと来るものがある。それだけは未だに後悔の念が取れない。

 「私だったら、絶対ゆるさないけどねぇ」

 フィアの辛い一言が飛ぶ。

 「お嬢、此奴のどこがいいの?」

 再びミールだ。身内とは思えないほど、突き放した一言である。これには一同頷くばかりだ。そう言う自分たちの事は一切棚上げである。何が良くてイーサーと連んでいるのか……である。

 「なぁんにも考えてないとこ♪」

 一瞬シーンと空気が静まりかえってしまうのだ。

 「ぷ……はははははは!」

 一番最初に吹き出したのはエイルである。

 それから、ミールもフィアも転げ回り、マッサージのために横たわっていた、グラントでさえも吊られて、腹を抱えて笑い始める。最後には言い出したとうのリバティーでさえ、笑い初めて止まらなくなる。イーサーに絡んでいたが、自分の笑いを抑えるのに、精一杯になってしまう。

 「んだよ!それ!ひでぇよ!」

 イーサーはカンカンになって、顔を真っ赤にして怒り出す。

 「こら!そこ静かにしないと退場を命ずるぞ!!」

 審判員の一人が、彼らに注意を促す。

 「っと……」

 一番最初に笑いを止めたのもエイルだったが、まだ笑いがこみ上げてくる。あまりにも壺に入った一言である。しかし、それは確かであり、彼のいいところでもある。特にいろいろと理詰めになりがちなエイルには、イーサーの根拠のなさが、より魅力に思えた。

 「んだよ……」

 と、座り直しながらも、まだブツブツとイーサーは言っているが、リバティーが再びイーサーの腕に絡み、彼の顔をじっと見つめる。

 「好きだよ。君のそういう単純なところ」

 臆面もなく公然とそう言ったリバティーの言葉に、イーサーの方が照れてしまう。リバティーは、再びイーサーの腕に落ち着いてしまう。

 「はいはい!一寸はこれで、冷やした方がいいよ!」

 ミールは、アルミボトルのスポーツドリンク二つを、続けてイーサーとリバティーに軽く投げ渡す。

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