第3部 第7話 §9 ヨークス大会予選 Ⅰ
「C-31、32!上がれ!」
隣の方から審判員の声が聞こえる。それに反応したのはグラントである。
彼は、手首にぶら下げているプレートを見ると、それが自分の番号であることを再度理解する。グラントの番号はC-32である。
「っと、俺順番だから……行ってくるよ」
グラントの相手は、三十歳代前半の心技共に脂の乗った雰囲気を持つ、筋骨隆々の男で、簡単なアーマーを装備している。だがグラントが前に立っていると、少し小柄に思えてしまう。
男の左腕にはスモールシールドも装備しており、剣はブロードソードである。左の腰に鞘が下げられ、収納されているが、見た目も特に変わった特徴はない。
剣で言えばグラントの剣の方が遙かに立派である。が、グラントの剣は精霊が宿っていないため、フィアのように色づいてはおらず、銀一色である。
「互いに礼!」
それと同時に二者は、互いに頭を下げる。
「審判に礼!」
そして審判に礼をする。
「構え!!」
グラントは背中から鞘を外し、眼前で剣を引き抜く。男はスラリと腰から剣を引き抜いた。
ブロードソードとロングソードの特徴的違いは、剣の幅にある。ブロードソードの方が、身幅が広い。
「始め!」
合図と共に、両者はにらみ合う。
「若造。鎧をつけないのが最近のスタイルかしらんが、実戦では、防御を怠るものは死ぬ運命にある」
彼の口ぶりは、まるで戦場をくぐり抜けてきたような言い回しだ。事実そうなのかもしれない。だが、ジュリオの激しさに比べれば、この男のそれは、どれほどのものなのだろう。グラントはふと考える。
珍しく、彼の視線に厳しいものが帯び始め、眉間にしわが刻み込まれる。
グラントは、先手を切って剣を大きく振りかぶり、真上から振り下ろす。男は楯でそれを防ぎ、振り払い、グラントの隙をつき、右側から大きく剣を薙ぐ。
グラントはいなされた剣を直ぐに真横に降り、すぐさまそれを弾き返す。
その剣裁きは、まるで重量を感じさせない。
「姉御には粘れって言われてるけど……」
グラントは、あまりの手応えのなさに、ローズに言われたことがもどかしく思え、攻めに転じる事にした。
男は楯と剣を駆使して防御に転ずるが、それでもグラントは十分に余力を残している。
彼の体格、筋力、両手で握られたバスタードソードの破壊力は、確実に相手の体力を削って行く。
「いい攻めだけど、決め手がないね……」
ポールは、自分が相手選手を一撃で沈める 剣技の持ち主だと信じている。確かに、彼はそうして先ほど勝ち上がったのだが、グラントは攻めあぐねているわけではない。相手を傷つけないように戦っているのである。
「若造のくせに!!」
男は気張っているが、防戦から抜け出せずにいる。
結局、グラントは攻め続けるが、結果は判定になる。当然有利に試合を進めていたグラントが勝利をつかんだ。彼は息一つ切らしていない。ドライと向かい合っているときのプレッシャーに比べれば、この予選はトレーニングとあまり変わらない。
「ブラボー。善戦したね……」
ポールは、拍手でグラントを迎える。キザなところはあるが、陽気な男である。だが、グラントはぺこりと頭を下げるだけだった。
「と、そろそろ僕の試合が始まりそうだ」
それからフィアに近づき再び彼女の手を取り、その手の甲に親愛の情を込めたキスをする。
「Alors il se réunira après(また後でお会いしましょう)」
といって去って行くが、隣のリングである。自分のスタッフの元に戻っても、フィアには愛想良く手を振っているが、何の感情もないフィアは、特に挨拶を返すことはしなかった。
「さっきなんていったの?アレ……」
フィアは、ポールが最後に発した言葉の内容を考えていたが、聞き慣れない言語のために、語意が理解できなかったようだ。
「パルーリュの言葉で、また後で……だって」
理解していたのはリバティーだ。恐ろしい言語中枢の持ち主である。何時どこで勉強をしたのだろうと、エイルの視線もリバティーに釘付けになる。その間も、グラントはストレッチなどを繰り返して、身体が冷えないようにしている。ポールのことなど、全く意識にないようだ。
「まぁ、グラントが負けるとは思わないけどね……」
フィアは、興ざめの様子だ。別に彼を嫌う様子もないが、天井を眺めて疲れた溜息をつく。
「グラントさんも、フィアさんのためにしっかり勝たないとね!」
リバティーがにやにやしながら、グラントの横に立つ。
「え……」
仲間のためといえばそうなるが、リバティーの言い回しはそれとは少し違う語意を含んでいるのは、その表情でわかる。そう言うときはローズと似た野次馬的雰囲気が見えている。
「なんだそりゃ……」
それは勝手にポールが決めたことであり、フィアが頷くはずがないだろうと思っているイーサーは、リバティーの言い回しが解らない。
向こうのリングの上では、ポールがまたもや迷いのない一撃で、相手の肩を掠めて勝利している。彼の方もまだ、急所を外して相手の戦意を奪う裕りがあるようだ。彼の試合展開は早い。
「向こうも気合入ってるよ。グラントも負けられないね」
今度はミールが遠慮なしにグラントの肩を叩きながら、ニタニタと笑みを浮かべている。
「あたしは、無視なんだ?」
恋の相手を勝手に決められそうになっているフィアは、じっとりとした視線でミールとリバティーを見る。
「とにかく、あんな奴にフィアを取られないようにだけは、しないとな」
エイルもグラントの肩を叩く。
「お前まで、何言ってんだよ……」
「あれぇ?おまえら二人って、付き合ってたの?嘘だろ?」
イーサーが、フィアとグラントの間に入って、二人の顔をキョロキョロと何度も繰り返し見る。
「アンタはいっつも話が一つはやいの!」
フィアが頭一つ高い位置からイーサーの頭を叩く。リバティー達が乗せかけている話にイーサーが乗っても仕方がない。乗らなければならないのは両人だ。茶化してグラントが動揺するのが見たかったのだ。
「ちぇ……いってぇなぁ」
イーサーは、はたかれた頭を撫でながら、もう一発叩かれないうちに、リバティーの横に並ぶ。
「でも、自由枠で優勝!なんて言ったら、フィアさんも考えるでしょ?」
リバティーはもう一つのアイデアを出す。リバティーにとって、フィアは女性として申し分ない。普段は穏やかだし、料理は出来る。思いやりもある。そんな彼女が恋愛に対して何も思っていないことが残念でならない。勿体ないと思っている。
「そりゃまぁ……ね。」
フィアの言葉に少々動揺が見られる。唇に人差し指を当てて、視線を少し上にしてしばし考える姿勢を見せる。
グラントの思いとは全く別の話に進めたがるリバティーであった。勘の良いミールとエイルは、それを可笑しげに笑いながら見ている。
「C-29、32上がれ!」
再びグラントの出番が来る。余計な話が増えていることに、少々口元でぶつぶつと言いながら武舞台に向かう。
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