第3部 第7話 §8  求愛

 翌日の予選。グラントは再び会場に訪れる。さすがにこの日は、ドライやローズは来ていないが、イーサー達は暇つぶしがてら、グラントの応援に駆けつけることにする。

 予選は一度に八組程度同時に行われる。それでも数日かかる。殆どの試合が時間を目一杯使ったものが多いためだ。一試合に楽に一〇分は費やされる。

 ローズの言う辛勝とは、つまり時間を使い切らなくてはならない。

 イーサー達はグラントのサポートとして、場内に入る。

 そこでは例のクルーガ選手がインタビューを受けている。

 「今日の予選は、最短時間でこなしてやるぜ!」

 などと、自信の満ちあふれた言葉が多い。彼とは、組が違うため予選で当たることはない。

 「お前の組に有名なやついないの?」

 イーサーは、予選組み合わせ表を覗きながら有名どころを探してみる。

 「お、ポール=ドミニシュ。いるじゃん!前大会のパルーリュ市民枠代表。そっかそっか」

 そこに彼がいるということは、自国の市民枠あるいは、自由枠の優勝を逃したと言うことになる。

 「フランジュベル……奴の得物だ。両手刀剣、肉をえぐる波状の刃。今回自国では自由枠二位だそうだ」

 エイルが彼に対する簡単なエピソードを話してくれる。

 その剣で斬られると、その傷の治りは非常に遅く深手のものとなる。恐らく斬られれば、ダウンせざるを得なくなるだろう。

 「っと、グラントと当たるとすれば……予選決勝……ね」

 フィアがトーナメント表を指でたどる。都合良く出来ていると思うのだが、その方がいい。

 「早いうちに、強敵と当たると、ママも煩いしね」

 リバティーは、何の罪もないグラントに対して、懇々と説教する姿を浮かべると、可笑しくなってくる。

 「なんで、脅かすんだよ……やだな……」

 グラントはぼやき始める。

 「怖いのは、ポール、それとも姉御?」

 とミールが妙なつっこみを入れると、

 「姉御………………かな」

 グラントは至ってマジメである。夕べも随分辛勝でいこう!という、攻めに対して困らされたものだった。睨んで耳元で呪文のように唱えてくるのだ。

 それを聞いて、全員が爆笑しだす。

 「ちがいねーや!」

 人一倍腹を抱えたのはイーサーだった。

 「C-1番!2番!」

 早速呼び出されたのが例のポールである。天然パーマでセンター分けの、鼻が高く彫りが深く、涼しい目元をして色白で慎重もイーサーよりも高い。

 「キャァ!ポール様ぁ!」

 という、黄色い声援の応援団が、つきまとう始末である。武道館の二階応援席から、聞こえるそれは、館内中に響いている。若い女性にはかなりの人気があるようだ。

 クルーガほどの注目を浴びないのは、やはり歴戦でないことが上げられる。

 確かにクルーガーの周囲には、ミリタリーフリークに近い連中が多い。

 グラントも、普段は迷彩柄の服を好んで着用しているが、別に彼はクルーガーのファンではない。

 殆どの選手は縦などの防具も着用している。当たり前のことだ。だが魔法の前では、そのたぐいの防具は殆ど意味をなさない。伝説の武具であればそれもまた話は異なるが、そんなものがたやすく転がっている訳がない。

 恐らくフィアの剣なら、鋼鉄製の楯を焼き切ってしまうだろう。

 ポールは、イーサー達と同じで、殆ど防具をつけない。身軽さを重視している事もある。

 ポールの相手は、無名の選手である。剣の心得はあるようだが、動きは鈍い。装着している防具のせいでもあるが、ポールの動きが軽快なためでもある。両手件は片手剣より体重が乗せやすい、重く早く振り抜くことが出来る。楯で彼の剣を受け止めたとしても、その圧力で、攻撃に転じることが難しくなっているのだ。また間合いも広い。

 ポールは一五〇センチはあるフランジュベルを振り回し、楯と剣を左右にこじ開け、彼のガードをがら空きにする。そこまでの課程で大凡五分ほどだ。

 次の瞬間、ポールの剣が男の肩を掠める。

 フランジュベルの刃は、まっすぐではなく波打っている。そのため肩口をまっすぐ掠めたとしても、肉は激しく切り裂かれる。

 初っぱなからそれだ。自由枠の戦いは予想以上に厳しいものがある。

 審判が、すぐさま男に確認をし、試合続行不可能の合図を出す。周囲からはざわめきが起こる。殆どの戦いが、判定勝ちにもつれ込む事になる。それは短い試合時間のためだが、逆に時間をかけずに相手を倒すことを考えている者もいるということだ。

 ただ、天使の涙が砕けていない以上、彼の傷は致命傷ではないのだろう。血が噴き出しているが、すぐに医師団が駆け寄り、男の傷の手当てを始める。魔法の便利なところは、すぐに肉体を復元できるところだ。

 それでも男は、医師団に肩を借りて、よろよろと予選の部隊から去りゆく。


 勝ち誇ったポールがファンに向かって、手を振る。

 グラント達もそれを見ている。

 「ひどいね……。寸止めしないよ?」

 ミールが少しそれに嫌気を指す。フィアはそれに合わせて頷いているのだ。

 スタッフが差し出した鞘に、剣を収め、それごと彼らに預けたポールが、フィアに気が付く。

 「美しい……」

 いきなりフィアを見るなりそう言って、リングから降り立ち、フィアに近づくポールだった。横にいるグラントなどは全く無視である。イーサー達も例外ではない。

 「はぁ……?」

 フィアは、誰に何を言っているのか?といった雰囲気で、リバティーやミールと視線を合わせるが、二人とも首を横に振る。「自分たちの事じゃないよ」と、言っているのだ。

 ポールはフィアより背は低い、イーサーと同じくらいだ。

 ポールが、フィアーの前に跪き、彼女の手を取り、キスで挨拶をする。

 「麗しきマダモアゼル……僕の今の勝利を貴女に捧げましょう」

 「はぁ……」

 いまいちぼうっと何も考えていないフィアだった。元々穏和な性格の彼女である。特にポールのそれを毛嫌いする様子はない。それに挨拶だ。

 だが、側にいたリバティーや、ミールの顔が、瞬間にして引きつり凍り付く。

 「フィア!此奴、やばいよ!!」

 ミールがリバティーにしがみつきながら、ポールを指さす。

 「そうなんだ?」

 フィアは、未だに跪いたポールに手を握られたままであるが、それに何も感じてはいない。おびえているミールの方を向いて、彼女の認識を確かめる。

 唐突な出来事にエイルでさえ固まっている。

 「失礼だな。僕は、これほど気高く美しい女性は、見たことがない。まっすぐな僕の気持ちだ!」

 「確かにフィアさんに彼氏がいないのって変……よねぇ」

 引きつっていたリバティーだが、そういう面では、ポールと同意見だ。

 「あたし、弱い男やだもん……」

 ばっさりと切り捨てるフィアである。

 「パパ……強いよ?」

 「ん~……アニキは別かな?アニキだし……」

 フィアは手を握られていることに対しては、全く無関心である。真剣なポールを全くないがしろにしている。ある意味神経が太い。

 「やっぱり、姉御だよ……姉御ぉ~」

 ローズのこと考えるとフィアは、とろけそうな顔になってしまう。ローズはまさに美しき野生獣である。瞬時に草食動物の喉を掻ききり、牙で頸椎の神経をかみ砕き、じっくりと血肉を貪る肉食獣の王者。フィアはその牙と詰めにかかった草食獣というわけだ。

 「ママは男じゃないよ?」

 リバティーの苦笑い。

 「…………」

 危うく餌食にされかけたエイルは、何も言えなくなってしまう。

 「マダモアゼル……今の勝利を君に……」

 妄想の世界に入ったフィアには、彼の声が届いていないようだ。

 「てか……グラント……お前此奴と決勝だろ?握手とかしとかなくていいの?」

 マイペースなのはイーサーだ。諸々の相手の結果などを無視して、すでにそうなると思いこんでいるイーサーだった。

 「あ……よろしく」

 グラントが手を差し出す。どちらもどちらだ。

 「彼女の取り巻きかな?」

 ポールは、グラントの手を強く握り返す。だが、グラントには普通の握手と大差なかった。二人は握手をしていたが、互いに気のない握手である。

 「フィア!」

 ミールが、フィアの脇腹あたりを肘でつつき、フィアは再び現実の世界に引き戻されるのであった。

 「あんた、分かってる?此奴に求愛されてるんだよ?」

 「ん?そうなんだ?」

 知ってか知らずか……フィアの鈍さに、一同膝が砕けて倒れそうになってしまう。だが、グラントだけは何時も通りにしている。イーサーでさえ、ポールがなにを言いたいのかを理解していたようだ。

 「どしたの?みんな……」

 フィアは愕然としている周囲を、きょろきょろと見回す。

 これには、ポールも苦笑いだったようだった。イーサーと同じように、膝を崩しかけて倒れそうになっていた。

 しかし、それでも彼は、めげずにこういった。

 「Bien, bien, Je vous donnerai une chance.(分かった分かった。じゃぁこうしよう)」

 ポールは、乱れた前髪を、さらりと掻き上げて再びすました表情を作るのだった。

 「もし彼が予選決勝に上がることが出来て、僕が彼に勝つことが出来れば、僕の申し入れを君は受ける。OK?」

 気の早い話だ。グラントはまだ、一戦も終えていないのである。

 フィアは驚いてはいない。ただ、彼の話が唐突に脈絡のないものに思え、ミールやリバティー、イーサーや、エイルの顔を見て、言葉にならない同意を皆に求めた。

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