第3部 第7話 §7  勝利のイメージ?

 そして、彼の予選前日、ローズがグラントに対して注文をつけるのだ。マルコスの方は余裕で予選を通過したとのことである。その様子は、市民枠の予選が終了したその夕方のニュースで伝えられる。

 「いい?最初から飛ばしちゃだめだからね。予選はなるべく辛勝ってイメージでいくのよ。分かってる?」

 この日の夜はやたらとグラントに絡むローズである。

 「は……ぁ」

 グラントの前には、盛りだくさんの料理が出される。

 「お前トトで荒稼ぎするつもりだろ……」

 ドライが、ぼそりというと、気まずそうなローズの視線がドライをチラリと見るのであった。

 「あと、それだけ全部喰ったら、腹壊すから、適当にしとけよ……」

 確かにグラントの回りにだけ、料理が集中している。妙にテンションの低いドライは、黙々と食べている。

 過剰なローズの期待を背負ったグラントだったが、彼が他者に負ける気がしなかったのは、ドライも同じ事である。もちろんグラントもそのつもりではあるが、その辺りの彼は謙虚である。稽古は怠らない。

 食後、胃腸がこなれた頃に、イメージトレーニングを含め、軽めの運動をする。

 それに付き合っているのはドライだった。主に受ける練習である。

 ドライの力に加え、ブラッドシャウトの重量が加わると、手首が砕けでも不思議ではない重量になる。

 無論ドライが全力で剣を振るうことはないが、グラントの体格ならばより堅実な守備が可能であり、防御からの攻撃もすぐに可能である。

 「にしても、エイルもアニキもさ、あんな馬鹿デカイ剣をよく振り回してられるよな……、グラントでさえ、バスタードソードなのに……」

 バスタードソードは、片手刀剣でもあり、両手刀剣でもある。ロングソードよりも長く、トゥーハンドソードよりも短い、大凡一二〇センチ前後のものを言うが、グラントのものはもう少し長く一五〇センチ程度で刀身も幅広い。通常のバスタードソードの四から五倍近くの重量がある。彼はそれを両手片手で自在に振り回すのである。

 イーサーは今頃ながらそれに感心してしまう。別に彼の筋力が劣っているわけではないが、素質がそれぞれ異なっているのだ。そういうイーサーの持つ剣でも、通常の剣より重量がある。

 重ければよいというものではないが、それだけ彼らの筋力が他者より優れているということである。尚かつ素早く振り抜く筋力を持ち合わせているのだ。

 ブラッドシャウトに至っては、そんな重量は比でない。

 「まぁ、ブラッドシャウトを持てるなら大したもんだ」

 というのが、ドライの総評であり、実戦ではないが、エイルは己の得物と酷似しているその剣を数度、手にしている。彼の潜在能力が伺える。

 「アンタには、器用さあるじゃない」

 ローズがイーサーに対して出した評論である。それに感覚の違いだろう。それぞれしっくり身体にくる重量があるのである。

 イーサーの頭をクシャリと撫でるローズだった。

 「まぁこんなもんだろう。筋肉に力を入れすぎるなよ。それに、受けるタイミングを忘れるな。瞬間まで意識を粘れよ。力むとフェイントがある。布石があることを念頭におけよ」

 ドライは、右腕一本で、一度真上から振り下ろした剣を、ぴたりと止めて手首を返しながら、グラントの胴をとるが、グラントはすっと両手で剣を握ると同時に、同じように上、左と、剣を廻し防御に対応して、ドライがそれに当てると同時に、筋肉を強く固める。それほど難しい技術をたたき込んでいるわけではないが、ドライの持っているスピードや重量全てが、難易度に繋がる。

 エイルとドライの違いはここだ。

 エイルは身体全体で剣を使うが、ドライは腕でそれを扱えるのだ。

 尤も今のエイルの剣の実像はロングソードと同じであり、刀身の幅も通常のものよりやや広めといった程度である。実際はブロードソードといった方が厳密なのかもしれない。幅が広いためだ。ただ重量はある。通常の金属ではないためだ。セシルがエイルのバランスを考え、重量を上げているが、以前のものは身体に負担をかけすぎているとの、判断からだ。

 ドライとグラントは剣を絡め、ふりほどくなど、裁き方に時間を費やす。何度も右左と剣を振り交わらせる。

 「ほら、しっかりこじ開けろよ」

 「はい……」

 初めは片手での訓練が続けられたが、ある瞬間ドライが、グリップを両手で握りしめる。するとグラントは身をひいて、ドライとの間合いをあけ、両手でしっかりと剣を握りしめる。

 両手で握りしめられたブラッドシャウトの超音速攻撃はオーディンでさえ受けることが出来ない。無論グラントも受けることなど出来ない。通常の人間が、ドライの攻撃を受けたのならば、その時点で真っ二つになる。グラントが受け止めたとしたら、吹き飛ぶという次元の問題だ。

 ドライは加減をしながらグラントを攻める。そしてグラントに防御と攻撃を切り替えるタイミングをたたき込んでやるのだ。ドライが隙を作るとグラントはそこに攻め入る。防御の後からのスムーズな攻撃である。

 「よしよし……んなもんだな。随分速くなったじゃねぇか」

 ドライは暫くグラントの攻撃を受け続け、次に彼の攻撃を大きく弾く。その瞬間が最大の隙なのである。それをどうカバーするか。攻撃時や、剣を引く間際に、その力を利用されるケースもある。今度は、攻撃から防御へと移るタイミングを復習する。

 ドライは何度も受けては弾く。

 「うっし……、こんなもんだな。扱いたら予選どころじゃねぇし……」

 それは決してドライが求めているレベルの戦いではなく、あくまでも一般レベルで達人と呼ばれている者達と、対戦するための特訓である。

 「いい?絶対辛勝ってイメージよ!」

 グラントの特訓を全員で見物している中ローズがそれを言う。

 「ったく……」

 ドライは呆れてしまう。

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