第3部 第7話 §6  散会

 シード達のスケジュールは昼食を取った後、再び予選会場で、医師団として参加をすることである。それに従事する。夜は再び市長官邸での夕食会だ。

 「よくありませんなぁ。カイゼルという生徒は、素行が悪いことで、今回の大会市民枠から除名されたそうではありませんか。農園主の娘さんともあろうお子が」

 と、除名を推した議員が、そう言い放つ。

 それまでは、別にリバティーの存在も、イーサーの存在も、農園のこともどうでも良かったのだ。だが、市長がその産物を気に入っており、シードがそれに興味を持っている。そして何より、素行の悪いとされるイーサー達と、息子のマルコスが対立した存在であるという認識。そして、マルコスはイーサーに、こてんぱんにたたきのめされているのだ。

 その言葉を飛び出させたのは、議員のそんな心理状態からだった。議員が農園の存在に気にかけたのは、全く別の視点からだと言える。彼の中の利害関係で、興味の対象、論外から論点へと変化する。

 サヴァラスティア農園の農園主という存在のドライだが、表立つことはない。技術のノウハウを持った人間は、彼以外の農園の者達だ。彼はそれを一つに纏め、資金的な裕りを生み出せるようにしているに過ぎない。

 尤もそれも初期の出来事で、順風満帆である今は、隠居同然である。

 「ほう……」

 市長としては個人的感情な事はどうでもよい。ただ、自分たちの食物を育てている主が、そこに現れたことに、興味がわいたのだ。ただし、それもまた個人的な感情である事実には変わりない。

 ジャスティンはそれ以上表情を変化させない。彼女も十分大人なのだ。マルコスからは無関心なように見えた。

 それ以上変化が見られないと思ったマルコスは、わざわざ不愉快な思いになる話題をやめた。

 ドライ達は、何事もなかったように、キャンバスから、街中へと姿を移す。

 「さて……ガキ共。ファストフードでいいだろ?適当に買い込んで、公園の芝の上で適当に喰おうぜ」

 ドライはイーサーに、財布を渡す。

 「パパ!此奴に渡したら、同じものしか頼まないわよ!」

 リバティーはさっとイーサーの手の上から財布をひったくる。

 「お嬢!みんなでいこうよ!」

 ミールがさらに、それを奪い取り、小走りに走って行く。

 吊られてリバティーとフィアが走り、イーサーが走り、ため息がちにエイルも走り出して、最後に遅れてグラントが走り始めるのだった。

 「チキン忘れちゃだめよ!いい!?」

 ローズが元気者達に手を振って叫ぶ。

 「さてと、車とってくるわ。ドライはここでお留守番♪」

 ローズはポケットからキーを出して、指先に引っかけそれを廻しながら、臨時駐車場まで歩いて行く。


 平和だ。彼自身、己の回りにこれほど笑顔が溢れることなど想像しなかった。イーサー達とはオーディン達のように絆で結ばれているわけではない。いうなればただの厄介者のはずだった。だが、たった一月ほどの間に、彼らはもう家族になってしまっている。居なくてはならないのだろう。ローズにとっても自分にとっても。

 何よりこれから、漠然と待ちかまえているリバティーの孤独が癒されるだろう。だが、エイル達がシルベスターやクロノアールの血縁者としても、同じように不老であるとは限らない。イーサーに至っては謎が多い。それはレイオニーが調べているはずだ。

 彼がただの気まぐれが産んだ落とし子なのか、そうでないのか。

 不確定要素は、まだまだある。

 ドライは、壁に持たれてそれぞれを待つことにした。

 「って、まだ十一時じゃねぇか……」

 だが、ドライのお腹はなっていた。身体は正直なものだった。

 ジャスティンが唇で語った言葉は、「元気で良かった」だった。

 ドライは「遊びに来いよ」と返したのだ。大会中は無理だろうが、それが終われば二人は姿を現してくれるだろう。お互いそれまでの辛抱だ。


 ドライ達は、セントラルパークの芝の上で、ジャンクフードの昼食を取ることにする。大会の開催日というと事もあり、周囲にはお祭り気分に満ちた人たちも沢山そこに訪れている。

 決勝トーナメントが始められる頃には、周囲に出店などが沢山出始め、スタジアム周辺の道路は、歩行者専用となる。スタジアムに入りきれない人たちは、出店で買い食いをしながら、臨時に設置される街頭のワイドビジョンで観戦などをする。決勝トーナメント初日は市民枠の準決勝まで行われ、次の日に自由枠の準決勝が行われる。そして、最終日に、両決勝が行われ、終了次第閉幕式が行われる。そういった手順だ。

 グラントの予選は、五日目だそうだ。

 ドライ達は、晴れた空の下芝生の上で、平穏な時間を過ごし、「我が家」へと、帰るのだった。

 プロージャの決勝の結末。その記事はトップニュースに持ち上がっていた。ジンという選手が、試合開始早々、フリエンコの腕を切り落としたのである。尤も魔導医の医療班が控えているため、彼の切断された腕に関しては、無事縫合され、機能に支障はないということだが、斬ることはあったとしても、切り落とすということは、戦士としての名誉に傷が付く。そう、これはあくまでも、試合なのだ。勝敗以上の結果を残すことは、モラルに反する。天使の涙は命が奪われる状況にならない限り、発動しないという欠点も併せ持つ。まさにこの大会での悲劇がそれに当たる。グラントの予選の前の、不吉な出来事である。

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