第3部 第7話 §5  車窓越しの再会

 キャンバスからメインゲートへと通じる幅広い通路。薄いブラウンとクリーム色を基調とした煉瓦造りの石畳が敷き詰められ、白い縁石を挟み、日光の光を受けた草色の芝と、よく茂った葉緑樹が清々しく風を含みながら、ドライ達を送り出してくれようとしているはずだが、通路には臨時のガードレールが設置され、中央は、関係役職者のための、送迎車通路とされているため、道は少々混雑していた。

 有名選手なども、この通路を利用する。

 クルーガの車は、熱狂的なグルーピーに囲まれつつも、彼はその中で勇ましく吠えていた。その映像は夕方のニュースでも流されることになるのだが、それもまたお祭り騒ぎの一つである。

 役員の送迎車などが通る、メインゲートへの通路。ドライ達がのんびりと歩いていると、その横を一台のリムジンがその横を通過する。

 乗っているのは、市長とその秘書一名。ドラモンド議員、マルコス、シード、ジャスティンだった。

 ジャスティンは、こういった人間達とのつきあいを好む方ではない。無論シードもそうである。その辺りはシンプソンと違い穏和になりきれない部分を持つシードだ。

 あまり公に顔を出さなくなった理由がそこにもある。退屈な表情を見せないジャスティンだったが。内心その退屈さに、ふと視線が窓の外に移る。窓にはシールドが張られ、若干そとの景色は見づらかったが、人より一つ高いその頭を見逃すはずがない。

 「止めて!!」

 ジャスティンは、思わずそう叫ぶ。あまり大声を上げることのないイメージのジャスティンが、大声で張りつめ叫んだその言葉に、運転手が反射的に急ブレーキを踏んでしまう。

 ジャスティンは誰にもなにも言わず。無防備にドアを開き、車の外に飛び出て、立ち止まる。

 それはちょうどドライ達から、通り過ぎてすぐの場所だった。

 急に開いた車のドアの音に周囲が彼女に着目する。その中にドライとローズの視線があったのは、言うまでもない。

 後を追って飛び出したシードが横に並び、ドライと視線が合う。ドライはサングラスをしていたが互いの視線が交わったのは、互いに十分理解できた。

 ローズもいる。

 「今はだめだ、人が多すぎる……」

 シードは、ジャスティンの耳元で冷静に彼女を抑止する。彼女の両肩にかかったシードの手が、ジャスティンにその状況を悟らせる。すると、とたんに人混みの喧噪が彼女の耳に届き始める。

 それが彼らの距離だ。ガードレール一本を挟んで、抱きあえないその距離。オーディンもシンプソンも、ドライ達には、人知れず会いに行っているのだ。

 ジャスティンの目が潤み始める。どれだけ二人のことを案じていたのか、その瞳の色がドライ達に想いを告げる。

 そのころには、マルコス達も車から姿を現していた。

 そこにはイーサー達の姿もある。

 リバティーとローズが並んでいる。彼女の姿は、先日からキャンバスでよく目にしていた。二人の顔立ちは、非常に近いものがある。太陽に輝く深紅の頭髪をもつローズが、リバティーの母親である。だが、マルコスの目にはそう映らなかっただろう。何しろローズの容姿は二〇代前半のままだ。

 ジャスティンの口元が微かに動き、ドライもそれを返す。

 ジャスティンは収まりきらない衝動を胸の中で焦がしながら、シードにつれられ、車内に戻る。

 シードは最初以外は、全くドライ達と視線を合わせようとしなかった。二人が視線の動きをそろえてしまえば、誰を求めているのかを悟られてしまうからだ。

 いや、ジャスティンの行動で、十分に知られてしまっているかもしれない。

 「どうなされたのですかな?どなたか知人でも?」

 「いえ……私の思い違いでした……」

 嬉しさともどかしさで潤んでいるジャスティンの目だった。その真否を口にする者はいなかった。

 議員にとっても市長にとってもイーサーの存在に対する認識はない。ただ、議員はイーサー=カイゼルとその取り巻きというネームに対して、動いただけなのだ。だが、マルコスは気に入らない。偶然であろうとなににしろ、イーサー達の前に車が止まったのだ。少々陽気な気分がそがれる。

 それに一つ飛び抜けた、サングラスをかけた燃えるような銀髪のドライ。白髪とは全く異なる色なのだ。グレイの頭髪のミール。白髪に近いエイルで、さらにその存在が鮮明に浮き上がる。そしてリバティーのパールピンクの頭髪。

 あれだけの人混みの中で、彼が煙たがる人間と異色な者達が同時にいるのだ。考えればそれは偶然ではないのかもしれない。

 「あの子。確か……リバティー=サヴァラスティアとかいったかな。カイゼルのステディらしいよ。あのパールピンクの髪の……」

 誰もリバティーには着目していない中、マルコスがそんなことを呟く。

 彼女が、煙たいイーサー達とジャスティンが見つめていた男性をつなぐ存在だというのは、マルコスの感だ。

 意味は色々あったのだ。一つは、自分の知人の関係者ということ。そして、父親に告げ口した男の中まであること、最悪何らかの形で、全部潰してしまいたいということ。

 しかし、そんなことは全く意に介することもなく、ジャスティンはその言葉を軽く唇を動かし、反芻する。それは間違いなく自分が名前を付けた赤子の名前なのだ。彼女にとって、自分たちの平和の象徴でもある。リバティーが存在することをしった時の、ドライのはしゃぎようが、今でもまぶたの裏にクッキリと焼き付いている。

 「サヴァラスティア……ああ、農園の……娘さんかな?家内はあそこのチーズとワインが大好きでね……」

 と市長が、ほほえましい笑顔を作っている。

 「そうですか、大会が終わった後にでも、寄ってみます。僕も妻もチーズが好きですから」

 シードは、市長の笑みに吊られ、ニコリとする。

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