第3部 第7話 §4 大会挨拶
「ねぇ。よその大会もいいけどさ。こっちの開会式とかどうなってんの?地元ラジオは?」
ミールが、他者の情報ばかりを得ようとしている、エイルの方を揺さぶり、グラント達の様子を知るよう催促する。少々待ちくたびれている気持ちもある。
「ああ、そうだな」
自由枠決勝はプロージャ時間で午後一時からだ。それまでは特質して得られる情報もなさそうなため、ミールの頼みもあり、グラントの参加するこの街の大会の開会式の様子を聴くことにする。エイルは、ボタンでチャンネルを合わせる。
「続いて、今大会医療班の主任を務められる、魔導医のシード=セガレイ様のご挨拶を賜ります」
シードは壇上に上がる。彼は普段身につけることのない正装で現れ、勇ましく並ぶ選手達を上からゆっくりと見渡した。彼はその中に、サヴァラスティア家の一人が出場していることなど、知るよしもない。彼の得ている情報は、ドライがこの街にいるという、オーディン達からの情報だけだ。
〈あの人のことだろうから、こんな場所には現れないかな〉
シードは、心の中で小さく笑いながら、少し寂しくも思う。
大会に参加する筆頭にはジャスティンの姿もある。シードがジャスティンの方を見ると彼女はこくりと頷いた。
シードは再び正面に向き直す。
「私は今まで、公の場に出てくることを拒んで参りましたが、大会が大規模化するにつれ、医師団の負担も大きくなり、この大会から、参加させて頂くことにしました。何時もオーディン=ブライトン大会委員長が仰せられているとおり、剣とは人を傷つける道具である。されど傷つけるために振るうものではではない。という言葉を皆さんも、心の中に止め、自らの向上のために、この大会に臨んで頂きたいと思います」
この挨拶に、何人の人間が頷いたかは解らないが、グラントにはシードの想いがよく伝わった。
それはグラントの中にある優しさが、反応を示したものだった。
シードは一礼をして、壇上から降りる。
大会中は医師団が見守る他、選手達の命に万が一の事がないように、「天使の涙」という、特別なアイテムが用意されている。それを首から提げていることで、最悪の事態には、身代わりになって砕け散ってくれるのだ。そんなケースは、極希だし、一度砕け散ってしまえば、効力が無くなるため、実戦の場で実力差が明白な場合、無意味な場合もある。逆に言えばこのアイテムが砕けるような事態が発生するということは、大会に置いて敗戦という結果をもたらすことになる。
ただ、懸念されていることは、危機感の欠如である。大量生産であるため、あまり強大な力には抵抗できないのだ。ただ、人間の攻撃程度ならそれで十分に間に合うことも事実で、軽視する者達もいる。
アイテムの寿命は、砕けるまで半永久的で、一般剣士としては、中々に重宝しそうなアイテムでもある。
大会参加費は、五万ネイ(大凡五万円)で、半分以上がこの水晶代である。命が保証されるのだから、やすいと言えばやすいのかもしれない。このシステムが導入される以前は、死亡保険がかけられるなど、大会へのエントリーは重々しい場でもあったのだ。また、大会中勝敗にかかわらず、天使の涙が破壊されなかった場合、返却し大会参加費の半額を還付してもらうか、追加金五万ネイを支払い、取得することが可能である。考え方によっては、一度大会に出ている者の方が、資金的にも有利になるというわけだ。
医師団の義務は当たり前だが、救命活動である。後々致死に繋がる傷害のケア。骨折などは最低限の治療でよい。軟的に骨組織の結合さえ行っておけば、あとは器具で固定し、自然治癒に頼ることが出来る。
問題は四肢断裂である。彼らの存在目的は、ここにある。四肢断裂は即座に絶命に繋がるわけではないからだ。断裂部の結合である。
「続いて、選手宣誓に移りたいと思います……」
司会進行のアナウンス。壇上に上がったのは、言うまでもなく、マルコス=ドラモンドである。
当たり障りのない文面の選手宣誓。聴くに値しない朗読だ。世界大会では、どの子飼いがそれを読むのかでもめることになるのだろう。
やがて大会の開会式が終わり、午後からはいよいよ、予選の開催である。
予選は市民枠から各ブロック順々に行われ、それぞれ八人が決勝に進出することになる。
暫くすると、その日予選を行わない面々が姿を現す、その中にグラントもいる。そして各の宿舎に戻るのだ。有名選手は、報道陣のインタビューなどを受けたりしている。
無論今大会の注目株のドレン=クルーガ選手もその一人である。それに、市民枠のマルコス=ドラモンド。彼は「この大会で、どこまで進めるかは解らないが、精一杯頑張ります」との、謙虚なコメントを残していたが、イーサー達は、ブーイングだ。
そういった人物達のコメントが早く得られるのはあらかじめ、段取りが組まれているからだ。
クルーガ選手のコメントは、「俺のブレードコマンドで、ぶっちぎってやるぜ!」との事だったが、どうやらここまでに置いて、彼の武勇を振るう機会があまり無かったようだ。
「やっと出てきたぜ、グラントの奴」
ドライがあくびをしながら、すくりと立ち上がると、リバティーの膝枕でのんびりしていたイーサーも頭を上げる。
「なんか、みんな凄くピリピリしてたよ」
グランドが少し疲れた笑みを浮かべて、一番最初に視線があったエイルにそう話すと、エイルは少し息を漏らしながら、これを笑う。そして、グラントの肩をぽんと叩く。
「何いってんだよ。開会式くらいで……」
グラントも少し頼りない笑みを浮かべている。
「んじゃ、飯喰って、家に帰って、もうチョイ、グラントの特訓しようぜ!」
一番はしゃいでいるのはイーサーである。彼の目にもまた、大会有望選手など目に入っていなかった。
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