第3部 第7話 §3  開会式の待ち時間

 日付は現在に戻る。

 それは大会の予選が始まる日でもある。

 大会は、市民枠と、自由枠に分かれており。その優勝者には賞金とエピオニアで行われる世界大会への出場権が与えられる。つまり、各国から二名の選手が世界大会に出ることになる。

 現在都市国家形態の国を含め、十六の国から代表選手が選出され、総勢三十二名にその権利が与えられる事になっている。エピオニアでは、国内の大会と世界大会が一気に通されて行われることになる。

 市民枠への出場権があるのは、その国の市民であること、それ以外に国民の義務を果たせるもの。そして、権利を与えられた学生などである。つまり推薦である。学生が大会で優勝をした記録などは、ほとんどない。

 そう言う意味では、ヨークスの街での大会は非常にそれが期待されている。

 マルコス=ドラモンド。彼は非常に才能溢れる若者だ。内外からの注目度も高い。その名が新聞に載せられるほどだ。だが、イーサー達はその上を行く。それは周知の事実である。

 ヨークスの街、セントラルカレッジ。その武道館で開会の式典が行われる。

 各、それぞれの得物を身につけ、市長の挨拶を聞く。その中には、マルコスの姿も、グラントの姿もある。特に自由枠の選手層は厚い。何せ世界中から剣士達が集まってくるのである。特にヨークスの大会は、世界大会の中でも、後ろの方に位置している。そのため、各大会でチャンスをつかめなかった者達がこぞって集まってくるのである。ホーリーシティーになれば、もっと大勢の者達が集まってくるだろう。

 市長の挨拶は語るまでもない平凡なものだ。

 ドライ達も見物に来ているが、武道館の中には入れない。入れるのは関係者だけだ。

 グラントが出てくるのを、表で待つだけだ。中にいるのは、VIPや報道関係者である。もちろんドラモンド議員も、自慢の息子と共に中に居るわけだ。

 殆どはキャンバスでウロウロすることになる。もちろんセントラルカレッジの生徒達もきている。主に剣術部の面々だろう。

 グラントに対しては、あれ以来良い評判が立っていない。自由枠を得るために、土下座までしたという噂が、一方的に広がっている。

 その件に対して、グラントに納得のいかない様子を見せていたイーサーのはずなのに、いざ他人が、それを口にし始めると、今にも喧嘩を売りに行きそうだった。彼らしい部分でもある。

 「オメェ等に何が解るってんだよ!」

 というのが、彼の捨てぜりふだが、イーサーは、グラントの本当の気持ちを理解したわけではない。ただ、他人は彼をそう見られたくないのが、イーサーの本音である。

 何かがある度に、全員で羽交い締めにする。

 この日は、ローズが何発かイーサーの頭を拳で殴り、ドライが羽交い締めにして、止める。

 イーサー達を見て、態とそう言う話をする連中が居るのである。

 「ったく……、だりぃなぁ……」

 ドライは、サングラスの奥から人混みを見渡し、ウンザリとした声を出す。

 彼が街中でサングラスを外すことはまずない。それはその赤い瞳のためだ。昔からの習慣だ。

 唯一、ホーリーシティーでは、そうでなかったが、現在はサブジェイが、天剣として有名なため、それを隠している。

 「子供達の晴れ舞台でしょ?なにいってんの!」

 ローズがドライの鳩尾にひじ鉄を入れる。

 「いて……」

 晴れ舞台といっても、予選だし、彼らはここで、ウロウロしているしかない。

 キャンバスに人が多い理由としては、この大会の自由枠に有名剣術家のドレン=クルーガという選手が出場するからである。戦闘剣術の使い手だ。そういう表現では、ドライもそう言えるかもしれない。

 相当なロングソードの使い手ということだ。

 「ま。こんなケツの大会に残るってこたぁ、さして強くもねぇんだろう……」

 と、ドライの総評である。彼にかかってしまえば確かに達人といわれる者達すら色あせてしまう。

 「アニキもエピオニア十五傑なんだろ?やっぱ、もったいねぇよなぁ。一回くらい、大会とか出ればいいのに……」

 「お前、俺の話聞いてか?ったく……」

 イーサーが、ついついぽろりとエピオニア十五傑の事を口にしてしまう。ドライはそういう生活から離れるために、今の暮らしを選んだのである。勝つつもりで大会に出ると、それこそ、静かな暮らしもあったものではない。

 立っているのもいい加減疲れてくる。彼らは縁石の向こうの芝に腰を下ろして、グラントを待つことにした。

 そんな中、エイルはラジオを耳にしている。

 「エイル。さっきからずっとなに聴いてんの?」

 ミールが、真剣な眼差しをしながら、ラジオを聞き入っているエイルの顔を覗き込む。

 ラジオの音の横から、漸く聞こえるミールの声に対して、エイルは反応を見せる。右耳のイヤホンを外し、それに答えるのだ。

 「ニュースだよ。朝のスポーツ見逃したからな。プロージャの決勝の情報さ。向こうじゃ、日付が変わったばかりだ。俺らが寝てる頃に、決勝が始まる」

 エイルは、右耳のイヤホンを、ミールの左耳に差し込む。

 「そういや、そうだったけか?」

 相変わらずマイペースなイーサーである。エイルが呆れた顔をして、ため息をつくと、フィアがクスクスと笑い出す。

 プロージャと、ヨークスの時差は約12時間ある。

 「んだよ、面倒くせぇな。聴かせろよ」

 グラントを待つ以外、することのない彼らの中で、一番暇をもてあましているのは、ドライである。

 イーサーは、座り込んだリバティーの膝の上に頭を載せて寝そべっている。

 「姉御~」

 と、それが目に入ったフィアが隣であぐらを会で座っているローズの膝元に、子猫のようにじゃれてみる。

 ドライに催促されたエイルが、イヤホンのプラグを抜くと、中継の実況が聞こえる。

 「結果だけだぜ?」

 さしてあまり関心を寄せていないエイルだった。誰かに訊かれる前に、そう言う。周囲の喧噪にかき消されないようにラジオのボリュームを上げた。

 彼は、市民枠というものにはあまり興味がわかなかった。彼が興味を持っているのはあくまでも、自由枠の選手達だ。市民枠から出場する者の中で、特質して魅力を感じる者がいないように思えるのは、決してエイルだけではなかった。腕に自信のある者達は、自由枠を選ぶ。もっとも、市民枠という選択肢しか選べない、非有権者などもいる。

 それに、世界中を渡り歩いている不定住所者に、納税の義務などと言っても、馬耳東風である。そんな人間達が、たとえ出身地が明確でも、市民としての義務を果たさない状態で、市民枠の権利など得られるわけもない。

 加えて言えば、殆どが荒くれ者である。

 元々市民枠とは、政治絡みの苦肉の策で生まれた枠である。世界大会で必ずその国の名が、世界に知らしめられる。

 マルコスには、若き剣豪というネームバリューがつくわけだ。議員の子息であり、剣の達人。世界大会に名を連ねた男。実に華々しい限りである。

 次の瞬間エイルのラジオから、市民枠の代表選手が発表される。恐らく地元では大盛り上がりだっただろう。それぞれの決勝進出者が決まったのは、プロージャの時間で、半日前のことである。

 「市民枠の決勝に残ったのはコンスタンチーン=イワノフ選手と……」

 そんなラジオの内容を何気なく聴いているエイル達。ただエイルの目的は、そこではないのだ。

 暫く彼に対する評論が語られる。

 総評は、彼の技術面の確かなことや、堅い守備力などに終始した。特に特殊攻撃を持っているわけではないようだ。

 「どうなんだ?世界大会にでてくんだろ?その……コーンスターチ……ってだかの」

 ラジオではその選手がどれだけの力量を誇っているのかなど、解るわけもない。ドライは、エイルがそれに聞き入っているとではないかと、少々錯覚をしていた。

 試合後の情報を懸命に聴いているからだ。

 「コンスタンチーン=イワノフだ。プロージャの市民枠代表選手三大会連続優勝。世界大会では、初戦敗退。眼中じゃない……」

 エイルはドライのボケをさらっと流しつつ、ラジオの一言一句を聞き逃さない。

 「自由枠の決勝に進出をした選手発表です。グレン=フリエンコ選手と、ジン=ブレイド選手の仁明です。

 ジン=ブレイドという選手、全て相手の剣を叩き折っての、一本勝ちという、すさまじい怪力ぶりを発揮しておりまして……、大会は予想以上に荒れた展開となり……」

 その情報が入ると、エイルの反応が変わる。

 確かに、相手の剣を全て叩き折るなど、尋常でないことだ。

 さらに、その選手は、デスマスクのような仮面をかぶっており、出身地もこれまでの経歴も全く不明である。唯一解ることは、彼の髪が黒髪であることくらいなものだろうか。体格としては、特にずば抜けたものはないようで、強くは報道されない。過不足のない選手のようだ。しかし、それほどの技量を持つ男ならば、必ず何処かで名が売れているはずだ。

 ドライはなるほどと思う。確かに興味がわかない相手ではないことだろう。エイルはすでに、先の先を見ているのだが、足下のことが少々おろそかになっているようだ。尤も現時点で言えば、彼らの足下をすくえるほどの相手が、近隣に存在するのかと考えると、それもまたない。

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