第3章 第6部 §18 新時代の案件
ヨハネスブルグから、エピオニアまでほぼ半日はかかる。それでも、長い歴史の中、世界の距離が確実に近づいていることを、実感できる瞬間でもある。
今は、艇の外に広がる大陸を飛び越え、一飛びに、安全に一飛び出来てしまうのである。
「オーディン様。本国から通信紙が届いております」
一人の秘書が持ち出した、その紙は、いわゆるファクシミリである。纏められたレポートは、数枚にわたる。細かい文字がびっしりと埋め尽くされている。
「剣技大会推進委員会……案件……か」
オーディンは、この手の紙面を見るとウンザリするのだった、世界中で、塵じりに行われているこの手の大会を一つに纏めたのも彼である。世界中で作られた小さな名誉達の集大成を纏め上げるために、エピオニアでの世界大会が生み出されたのだ。
だが政治的要因が絡み出し、市民枠などというものが出来てしまう弊害もあった。
元々は剣一本で渡り歩く冒険者を称えるための大会である。失われつつある冒険者の誇りを保つためのものだ。
「まぁ、どのような内容ですの?」
ニーネが横から覗き込む。
オーディンは、目を通す前にニーネに目を通させる。
「クス……」
ニーネが上品に小さく笑う。別に書面を嘲笑しているわけではない。世の中には色々考える人々がいるのだと、感心しているのだ。
「ん?」
ニーネが、微笑みながら熱心に目を通している。
ニーネの解釈は穏和だ。だが行動は大胆なものがある。無責任ではないが、なるようになるという気質である。彼女はそうやって、見守って行く強さがあるのだ。
なにより彼女は、自分たちの中でも特異な存在である。特に秀でた能力があるわけではない。戦士ではないのに、こうして存在している。セシルの分析では、彼女は双方の血、つまりシルベスターとクロノアールの血が入っているらしい。それは別に珍しいことではない、シードもそうだ。
元々、シルベスターとクロノアールの遺伝子の違いは、ほとんど無い、言えることは表面的遺伝子くらいだろう。ただ、ニーネの場合それ以上は解析できないらしい。
恐らく子孫の中で、今を一番受け入れて生きているのはニーネだろう。そう言う安定感のある
ニーネが、小笑いしているのをみて、オーディンが横から、それを覗き込む。
「なんと書いてある?」
「剣技大会は、非常に不公平な運営方法を取っており、すべての人間が平等に参加できるようにするべきだ。過去の統計から、女性の本戦出場率が極めて低いことが上げられる。これは、社会的平等という見地から非常に問題視すべき事項であると考えられる……」
「はぁ……」
オーディンが頭を抱える。
「世界女性組合ね。世界では、殿方より女性方の方が早く一つに纏まるかもしれませんわね」
ニーネがまたもおかしげに、クスクスと笑い出す。
「それなら、レディーに出てもらうか?それで納得するか?」
「うふふ……。ダメよ……御輿に担ぎ上げられると弱いんだから……あの人は……それに」
ニーネは、一気にウーマンリブのカリスマ的存在に上げられて、お祭り騒ぎにしてしまうローズの姿が思い浮かぶニーネだった。それがおかしくて笑いが止まらない。
「それに?」
「『女性が平等に活躍できる場を』と書かれていますわ」
オーディンは、シートに頭をつけ、ため息をついて天井を仰ぎ額に手を当てる。
「平等…………か、これほど安易で残酷な言葉は、無いのかもしれないな……。権利を欲しながら結局その中で、差をつけようとするのだから……」
「でも、陽の下にいる者は、さらに多くの人々を陽の下へ……。真の大木は無駄に枝を張らないもの……」
「ロイホッカーの引用……か?」
それを良き枝にするのか無用の長物にしてしまうのかは、オーディン次第だというニーネの手厳しい言葉だった。微笑むニーネに対してオーディンは、苦い顔をしながら、微笑むのが精一杯である。彼女に言われてしまっては、反論の余地さえない。
「アインリッヒに相談するのもいいかもしれませんわよ?」
ニーネは、周知の仲の二大女剣士の一人を推薦する。何でもお祭り騒ぎの種にしてしまうローズに対してアインリッヒはどうだろうか?彼女の性格は剛直な部分もある。耳に美味しい話に反応しやすくそういった酩酊率はローズよりも高い。どちらもどちらだろうと、オーディンはため息をつく。
十二時間後、オーディンとニーネは、夜の空気が少し肌寒いエピオニアに到着する。
「お二人ともお疲れ様でした」
出迎えたのは、エピオニアの女王サティである。小柄且つ華奢で、ニーネより深ブロンドの髪質を持つ、少女である。
ただ、彼女はオーディン達と同じように年を取らない存在だ。その時間を少女以上に進めることが出来ない、呪われた肉体を持っている。胸に埋め込まれた
オーディンは深く一礼をする。
そして、エピオニア三剣士と呼ばれる女王側近の、ザイン、アインリッヒ、ジュリオが彼女の護衛に付いている。
「よう、順当に成果を得られたようだな」
ザインが握手を求めると、オーディンも力強く握り返すのだった。ザインの性格の軽さは、オーディン以上ドライ以下という具合だった。普段のドライよりは思慮深く、勘を働かせている。国の内政は女王と彼がいれば、心配事はないだろう。
肌寒い空気の中、女王を中心に彼らは、送迎用リムジンに乗り込む。リムジンは長く広く、十二人ほどが後部座席に座れるタイプのものだ。
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