第3部 第6話 §16 故郷にて Ⅰ

 イーサー達の気合がますます高まる頃だった。

 オーディンは、忙しく世界を飛び回っている。ヨークスの街で起こった事件のために、世界連盟協議のスケジュールが大幅に変更され、その調整をしているのだった。だが、ヨハネスブルグに関しては、別の用件もある。

 この日は、彼の故郷であるヨハネスブルグに訪れていた。

 国際連盟協議に関して、ヨハネスブルグでは、熱く熱弁する必要もはない、彼の理解者が多い国であるためだ。

 この国では、今でもオーディンは英雄である。彼への記憶は伝説になり始めてはいるが、ある意味彼の人望が、色あせずに残っている面もある。

 ヨハネスブルグは、重厚な石造りの町並みである。それは今も昔も変化がない。そういった部分は、エピオニア王城周辺と似通っている部分がある。あまり他国に来訪した雰囲気も感じない。

 会議の終了後、オーディンの横には、一人の老大臣がついており、城内を案内してくれる。一人でも十分に行くことは出来るが、誰かが付くというのは、マナーだ。

 「オーディン様、我が国に戻ってこられるつもりは、ありませぬか?」

 お世辞や策略などはない、彼の気持ちのこもった一言だ。そう思っている人々もまた多い。この国は、英雄という伝説の彼を求めているようだ。

 「いえ、それは恐らく、この国の秩序と意志を乱すことになるでしょう」

 国王という柱がある以上、もう一つの柱は、何時しか力を二分することになり、二分された力は、争いの元になり、やがて血で大地を染め始める。

 オーディンがこうしているのは、エピオニアの女王に求心力があり、彼女の意志の下で働くことに十分意義があると感じているからである。ザインもアインリッヒもそうだ。

 そして、彼らには同じ共通点がある。「不死」である。同じ境遇を分かつ者達だからこそ、肩を並べて歩いて行けるのである。

 「そろそろ、古い時代の人間は去るべきだ……そうは思わないか?」

 オーディンの、老大臣に対する問いかけだった。

 彼は、もう一度国造りに携わる道を選んだのだが、それもまた一つの節目を迎えているのではないか?と思っていた。正確には、再びドライに出会ってそう思ったのだ。

 たった一夜過ごしたあの場所が、何故かほっとする場所に思えたのだ。

 今は時間とスケジュールに追われる身となっている。愛する妻を膝の上に抱いて、詩を語らう時間もままならない。気が付けばいつも日付と時間を気にしている。

 自分の選択した道なのに、おかしなものだ。

 今の希望は、第一線を譲れる後継者を捜すことにあるが、それもなかなか叶わない。

 それは、若者達が彼に一目置いている事情も絡んでいる。妬まれることの少ないオーディンである。世代交代の荒波は、なかなかおきそうにない。尤も、一部の権力者は、波を立てようとしているようだが。

 オーディンと老大臣は、一つの部屋の扉の前で、足を止める。

 オーディンはゆっくりの三度ノックする。

 「どうぞ」

 落ち着いたのその声はニーネのものである。

 「私だ」

 オーディンがそういって、二秒ほど後に、扉が引きあけられ、そろりとニーネが顔を出す。

 「まぁ、もうお済みになられましたのね」

 予想とは少し異なっていると感じたことと、彼が何事もなく、戻ってきたことへの、嬉しさも込められているのである。上品で穏やかなニーネの笑顔は、それだけでオーディンの心を癒してくれる。

 「行こうか」

 「はい」

 オーディンとニーネは、再び老大臣を先導役に、王城の外へと案内される。

 建物の外へ出ると、今度は兵士がその役を引き継ぎ、オーディンとニーネが、車に乗り込むまでのガード役も務める。車は重厚感のある黒のリムジンで、紳士的な運転手がそれを操る。彼の移動手段は、殆どこの手のものである。

 オーディンの他にも、幾人の要人が、同じように城を後にするのだった。

 その時刻はすでに夕刻で、あまり沢山の予定が組めそうにない。気軽に夜中出歩く身分で無いことに束縛間を感じないものでもない。だが、軽率な行為は、大使という立場上許されない。

 「明日は、セルフィーの墓参りに行こう。君の両親の墓も、私の父母の墓も……」

 オーディンは会談の後のスケジュールを少し空けている。ここに訪れたときには、必ずといって、ヨハネスブルグ時代唯の友である、セルフィー=バスタニアの墓に足を運ぶのだ。考えればホーリーシティー時代には、決して行わなかった行為だ。忘れていたわけではないが、母国であると同時に、この国にはオーディンを縛り付ける沢山の過去がある。

 彼らの墓は、ヨハネスブルグ郊外の墓園にある。一般人からは隔離された高貴な血を引くとされる者達が眠る特別な墓園である。

 特別ではあるが、特別な者しか踏み入れる事が出来ないと言うわけではない。参拝は自由である。

 特にヨハネスブルグを救った英雄の一人、セルフィー=バスタニアの墓の前には、いつも花が絶えない。

 翌日オーディンとニーネは、彼の墓の前を訪れる。

 一面に萌葱色と草色が織りなす芝が絨毯のように敷き詰められた地面に、石灰色の荒い石畳が、道を造り、周囲を取り囲む深緑の木々、暖かな日差しが、身体を包む。穏やかな時間だ。

 ドライといる時に見せるオーディンの緩んだ表情とは違い、悲しみに満ちた表情にニーネの心も痛む。

 「セルフィー……、お前にもアイツを会わせてやりたいよ……」

 オーディンは還らぬ友と、今ある友との両夜で酒を酌み交わすという、叶わぬ夢を望んでいる。悲哀に満ちたオーディンの横顔。ニーネはただ黙って、見守ってやるしかない。

 しっかり者のセルフィーだ。自分以上にドライに説教をしているに違いない。熱心で情に厚い男だった。

 初夏の良い陽気の中、無言にままに、墓碑の前にしゃがみ込むオーディン。それを何時までも眺めているニーネがいた。

 「長居すると、迷惑がかかる。行こうか……」

 「ええ」

 オーディンが立ち上がると、ニーネは、ニコリとしてくれる。オーディンの気持ちはよくわかっているのだ。それに、セルフィーとは、幼なじみの二人である。その心中はニーネも同じなのである。

 オーディン達が静かに礼拝を済ませることが出来るようにとの、墓園の気遣いである。

 オーディンは、ふっと息を吐き立ち上がる。持続する暖かさに緩急をつけるかのように、風が顔を洗う。夢見がちな心が、ふと現実に引き戻すような、そんな感じさえする。

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