第3部 第6話 §13 グラビティーソード Ⅰ

 もうすぐ日が落ちる。それほどの時間はない。

 二人は、時間にせかされるように、表に出た。ある意味決闘に等しい雰囲気が漂っている。

 「大会のルールに合わせて、魔法単独の攻撃は禁止。エンチャントは使用可能。また、防御魔法の使用も不可。ただし、剣を媒介にしてのシールドは、使用可能。いいだろう?」

 言い出したのはまたもやイーサーである。すべてに置いてルーズさが伺えるイーサーが、ルールを持ち出した。しかも、それは大会で決められている基本ルールである。

 グラントは頷く。

 現段階で有利なのは、グラントである。誰の目から見ても、それは明らかである。何故ならグラントの用いる剣は、彼の力を引き出すために作られた、セシルが創ったものであるのに対し、イーサーの持っている剣は、セシルが間に合わせに制作したものである。そして、首からぶら下げられた円錐は、未だ何の能力も発動していない。

 グラントが放つ最大の技。その最大の欠点は、発動中大地に剣を突き刺した状態にあることである。つまり技の解除後から次の動作に移るまでに、どうしても間が開いてしまうのだ。

 発動の瞬間、技を躱されてしまえば、形勢は逆転されてしまう。

 イーサーの動きを完全に止めてからでないと、使うことは至難の業である。

 グラントは、イーサーと向かいつつ、両手で柄をしっかりと握りしめ、矛先を彼に向ける。それだけで、周囲の塵が、矛先に引きつけられる。

 「アイツやる気満々だな……」

 全員が、観戦に表に出ている中、ドライがそう呟く。

 イーサーは、緊張する様子もなく、剣を下げたまま正面のグラントを見る。

 エイルが、二人の中間に立ち、両者に支線を配り、頷くと、二人とも頷く。

 「初め!」

 エイルの合図に反応して、二人は互いの間合いを測りながら、右回りに回り始める。

 グラントが、足を止め、大きく振りかぶった瞬間。

 イーサーは、急激な引力に引かれ、意志とは無関係に、足を滑らせグラントに引き寄せられてしまう。気が付けば、あっという間にグラントとの間合いが縮まり、高々と振り抜かれたグラントの剣が、イーサーに向かって、振り下ろされようとしている。

 イーサーは、反射的に引力に逆らいたくなる本能を抑制し、そのままグラントの横を転がり抜け、彼の背後を取ると同時に、今度は両手で剣を持ち、次の攻撃に備える。

 当然グラントも、イーサーが視界から消えたことで、剣を振るいつつも、身を翻し後方に振り向く。

 同時にイーサーが懐に飛び込む。まるで体全体でグラントにぶつかっていくように、剣を体に引きつけての攻撃だ。

 イーサーの全体重の乗った突進に、グラントも剣でこれを受け、はじき返すと同時に、今度は大きく左に振りかぶる。

 イーサーは、引力に足を取られながらも、数歩退き、その範囲内から逃れる。

 普段無駄口の多いイーサーが全く口を開かない。じっとグラントの動きを見ている。らしくない慎重さである。

 だが、次にもう一度素早くダッシュをかけ、グラントと間合いを詰めると同時に、左側に回り込み、リストを利かせて、右から左からと、片手で剣を自由自在に操り始める。

 イーサーは、間合いをよく知っている。受けに回っていたグラントが、徐々に体制を整え、受けつつ押し返し、イーサーの連続攻撃の中に、僅かなタイミングのずれを作り出すと、その間をついて、剣を振りに掛かるが、その瞬間素早く身をひいている。しかも、大げさなほど強く後方に、体を退かせている。

 しかし、グラントが大きく構えにはいると、イーサーのバックステップは減速し、前方に引き寄せられてしまうのである。

 「アイツ……やるわね」

 ローズが、リズムが崩されそうな厄介な重力場に、イーサーが素早く順応していることに、関心を寄せる。

 もちろんその分、余分な動きをさせられることになっているイーサーだが、もどかしいのは、グラントだろう。引いたり寄ったりと、間合いを一定に保たないイーサーは、やりにくいようだ。

 イーサー自信も攻撃をするために、攻撃に転じやすい間合いを取らなければならないはずだ。

 グラントもそれを狙っている。思うようにはいかないが、そのタイミングを見極めようとしている。

 剣をぶつけては離れ、互いの体勢を崩しては隙を伺うが、二人とも防御が堅い。確実に互いの間合いの一歩外を動こうとしている。

 絶対距離では、グラントの方が、遙かに有利ではあるが、手数ではイーサーの方が圧倒的に多い。

 グラントが剣を振るう瞬間になると、イーサーは素早くグラントの攻撃半径外に出る。それでもグラントが半歩ほど詰め、引力でイーサーを自分に引きつけようとしている。

 グラントの攻撃は単調に思える。明らかに新しく手に入れた力を過信しているような攻撃だ。だが、彼の表情は、それにおぼれている様子ではなかった。

 イーサーもそれが気になり始めたころだ。明らかに見切られつつある攻撃パターンを執拗に繰り返してくるのである。

 グラントが半歩だけ、さらに間合いを縮め、素早く剣を薙いで振るう。今までより数段速いスピードである。今までの状況から考えると、彼の剣のスピードと重力場の強さは、比例していることが解る。

 引くことが間に合わないと思ったイーサーは、引力が発生すると同時に、踏みとどまることを選択肢に加え、実行に移した。

 だが、グラントは、その瞬間に、力場を絶ち、素早く回転した。

 「しまった!」

 イーサーは極端な力場の変更で、体勢を崩し、後方によろける形になる。

 両手で剣を振り回して一回転したグラントは、そのまま一歩イーサーに対して踏み込み、振りかざした剣を真上から振り下ろす。

 彼の執拗な重力場を使った攻撃は、布石だったのだ。

 イーサーはバランスを崩しながらも、もう一歩後ろに下がる。

 剣が体の前を通り過ぎる。

 どういう事だろうか、その瞬間背中に鈍く尖ったもので斬りつけられるような痛みが走る。

 体が引きつけられるような感覚はない。

 イーサーの胸のあたり、タンクトップが引き裂かれ、破裂するようにして、はじけ飛ぶ。馴れない痛みに彼の顔が苦痛にゆがむが、まだ倒れたわけではない。

 怯んだイーサーに対して、グラントが、右下に振り抜いた剣を、今度は右から薙いでくる。

 その瞬間イーサーの足は自然と前に出る。

 一瞬勝利を確信したグラントの降りが大きくなり、そこに僅かな隙が出来たのである。

 グラントの剣がイーサーに届くより早く、彼は切っ先をグラントの喉に突きつけた。

 「大振りに気をつけろっていったろ?」

 そう言ったイーサーの顔にも裕りはない。苦痛にゆがんだ顔をしている。

 「いい判断……かな」

 ドライはそう言いながらも、まだ十分に完成されていないグラントの剣の甘さにも、問題はあると思った。

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