第3部 第6話 §12 第三のチャンス
エイルはイーサーのように短絡的に、グラントに腹を立てない。そこまで踏み切るには、それだけの理由があるからだ。グラントはもどかしい部分はあっても、決して先走ったり短絡的な思考をする男でないことをエイルは知っている。無論それは、イーサーも知っている。ただ、イーサーには我慢ならなかったのだ。
しかし今の一言で、イーサーは黙らざるを得なくなる。
珍しくグラントの周囲に、人の意見を受け付けない張りつめた空気が漂っている。
「どうしたらいい?」
グラントは、睨み付けるような視線をしつつも、呼吸を整え興奮を抑えている。
「そうじゃないだろ?」
マルコスは、再び推薦状をちらつかせる。
「どうすれば、その推薦状を譲って頂けるんですか?」
グラントは、再びそう言い直す。
「グラント君、君はそこの単細胞と違って、どうすべきか心得ている男だと、僕は思っているんだ」
マルコスは、推薦状をチラつかせながら、度々イーサーの方を見る。彼はあえて具体的にそれを口にしないのだ。勿論彼が言っているとおり、グラントが非常に義理堅く理知的な男であることを知っているからだ。
グラントは、ギュッと歯を食いしばり、一歩退き、静かに膝をつき、丁寧に地面に額をつける。
「その推薦状を是非僕に譲ってください。お願いします」
静かでゆっくりと、穏やかな言葉遣いである。それは彼の心中とは裏腹である。
だが、マルコスにとっては、それはどうでも良いことだ。煮えくりかえりながら、手出しできないイーサー達の表情が、ゆがんだ喜びに繋がるだけで、十分満足の行くショータイムとなる。
マルコスは、つまんでいた推薦状をあっさりと指先から解き放ち、グラントの上に落とす。
ひらひらと舞った推薦状は、地面スレスレにある、グラントの視界に飛び込む。
「そこまで頼まれたんじゃ、致し方ないかな?アハハハハ」
マルコスは、自分に手出しが出来ないことを承知で、あっさりと背中を向ける。
「この!」
逐一神経を逆なでするようなマルコスの声や態度に、イーサーは拳を振りかぶって、殴りかかる姿勢を見せるが、リバティーが体全体でそれを抑える。
リバティーに抑えられてしまうと、イーサーは、力以上に自分の行動を抑制される。現実に体を一降りすれば、リバティーは簡単に払い飛ばされてしまうほどの、筋力差がある。
エイルも、フィアも慌てて腰を浮かしている状態である。
「んだよ!そんなに大会に出たけりゃ、オーディン大使の推薦状があるだろう!」
グラントは、何も答えずにゆっくりと立ち上がる。
「お前にとって、天剣に近づくことって、そんな程度ものなのか?」
グラントは、静かだが真剣な眼差しでイーサーを見つめる。
そう言われてしまえば、イーサーは何も言えなくなる。軽はずみな行動ばかりが目立つイーサーだが、決して鍛錬を怠っている訳ではない。
来年がある。イーサーはそう思っていた。そこに突然舞い降りてきたオーディンの推薦状。それに浮かれて飛びついた。
グラントは、エイルとイーサーが、二つの大都市への出場をそれぞれの形で叶えつつある中、ふと、自分だけが置いて行かれるような気が、したのである。
来年がある。イーサーが何気なく思っていた気持ちに、引きずられていた中、突然降ってわいた。三つ目の権利。気が付けば形振り構わず、飛びついていた。
「ジャンケンなんて、ふざけた方法だったけど、運も実力のうちなんだろ?俺は、これもチャンスだと思う……カッコ悪いかもしれないけど……」
グラントの気持ちは揺れない。追いつめられた表情を見せている。
「俺、今から大会本部に行って、エントリー済ませてくる。今日の夕方が締め切りだし……」
そういう日付なのである。グラントはそれをしっかりと把握していた。
週明けの日曜日から、五日ほど予選が行われ、セントラルカレッジの、武道館で行われ、街の中央の多目的スタジアムで、市民枠の準決勝まで一日、自由枠の準決勝で一日、そして両決勝が、最終日に行われる、八日間のスケジュールである。
グラントは、それ以上何も言わないで、自分の剣を持ち、推薦状を握りしめて歩き始め、彼らとの距離を開けて行くのだった。
「アイツのことだから、きっと色々考えてるんだよ。あまり口には出さないけどな」
「解ってるよ……」
エイルが、苛ついているイーサーの肩を軽く叩く。グラントにいたいところを疲れところもあるため、イーサーは、素直になれてはいないが、グラントの悪口を言うことはなかった。
イーサーもまた歩き出す。
グラントとイーサー。二人の間の空気は、サヴァラスティア家に戻っても、ぴりぴりしていた。
「グラント……つきあえよ。稽古しようぜ……」
だが、先に、そう口を開いたのはイーサーだった。イーサーが許せなかったのは、マルコスに頭を下げたことだけだ。元々は彼の仕組んだ事なのだ。
グラントもイーサーが嫌いになったわけではない。悠長に構えているような彼に苛立ちを感じただけだ。そして今は、互いにそれを、遠慮無くぶつけられる精神状態であった。
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