第3部 第6話 §11 マルコス

 昼になる。すっかり腹を空かせたイーサー達は、ローズの作ったボリュームのあるランチボックスを、キャンバス内の、芝生の上に引かれたクロスの上に広げて、昼食を取り始める。

 「他の人たちって、なんだか動きに切れがないよね」

 リバティーが、何気なくそんなことを口にする。それだけイーサー達の動きのレベルが高いと言うことなのだが、彼女はすでにそれを明確に見分ける目を持っていると言うことになる。

 「まぁねぇ。うち等ってレベル高いんだよ?アニキ等に会うまでは、そう思ってたんだけどねぇ」

 フィアの意識は、殆ど食事の方に傾いていたが、ウィンナーで占領された口を動かしながら、リバティーのそれに答える。そこには、悔しさなどの感情は込められておらず、他愛もない会話という様子の雰囲気があった。

 彼らが、食事をしていると、彼らを睨んでいた青年が近づき、話しかけてくる。

 「やぁ。カイゼル君ご一行じゃないか」

 優雅は口調を思わせるイントネーションで、角のない言葉のように思えるが、その言葉には、十分な毒気が含まれているのが、イーサー達には解る。それに、相手が相手なのだ。

 珍しくイーサーの眉間にしわが寄る。

 「何の用だよ」

 イーサーの雰囲気が変わると同時に、エイル達の空気も苛立ちがこもり始める。

 「残念だったね。せっかくの市民代表枠の権利を失うことになるなんて……」

 「テメェ……」

 イーサーが、怒りに立ち上ろうとする。

 単純なイーサーが、立ち上がった後にすることは、目に見えている。これは明らかに彼の挑発である。

 一番最初にイーサーの次の行動を阻止したのは、リバティーである。イーサーより先に立ち上がり、彼の肩に手を置き、立てなくするのだった。

 「どうどう……」

 そう言って、リバティーはイーサーの肩をぽんぽんと叩くのだった。

 「この人誰?」

 そして、一番冷静そうな、エイルに訪ねる。

 「ドラモンド議員の息子。マルコス=ドラモンドだよ」

 「ふ~~ん……そか、それでみんな機嫌悪くなったのか……」

 リバティーは、イーサーの肩から手を離さずに、怪訝そうにマルコスの顔を横目で見る。彼の話はイーサーからすでに聞いている。

 「それで?用件はなんなわけ?」

 ミールが強気な口調で、マルコスに言う。高いミールの声だ。針のように鋭さがある。

 「ご挨拶だね。君たちに朗報を持ってきてあげたんだよ」

 と、彼はズボンの後ろポケットから、一つの封筒を取り出し、見せびらかせるように、それをヒラつかせる。だが、それだけでは、何であるのか理解できるはずもない。

 彼らの軽蔑の視線は変化する様子もない。

 互いに、良い感情を持っていないことは、すでに分かり切っていることだ。あえて接触を試みることは、そちら側に優位性が高いのだということを、感じずにはいられない。

 マルコスは、封筒の中から一枚の紙を取りだし、彼らに提示して見せた。

 「なんだと思う?」

 ここで彼は高飛車な目を細めた笑みを浮かべて、イーサー達を見下す。

 「推薦状。自由枠の?自由枠に、推薦状?!」

 そんな理屈に合わないものが、存在することに、怒りを表したのは、エイルだ。元々市民でなくとも、剣の所持を許されたものならば、束縛されることなく参加できる枠が自由枠なのだ。

 ただし、学生であり未成年であり、修学が条件で、帯刀を許されている彼らは、それに含まれない。もし、退学などを余儀なくされた場合は、その権利自体が剥奪される。

 彼らが本来参加予定をしていた、市民枠は、剣の実力だけではなく、人格面での審査がある。イーサー達は、人格面で審査に受からなかったといのが、周囲の見解だ。

 「物事には、例外はつきものなんだよ」

 相も変わらず、自慢げにそれをちらつかせるマルコスだった。

 「自由枠は、野蛮人でも出られるそうだけど、学生の参加は認められていないからね。この街じゃ」

 まさに、例外であり特例措置である。

 絶えず含みのある態度で、優位性を保とうとするマルコスから、リバティーが、推薦状をひったくろうと、素早く手を伸ばした瞬間、マルコスはあっさとそれを高く上げ、リバティーの不意打ちを躱すのだった。十分な裕りを持って対応をしている。なかなかの反応速度である。

 「ただし!」

 より強く、声を張るマルコス。

 悔しそうなリバティーが歯ぎしりをするが、イーサー達の心の奥底は、それだけでは済まない。座っている腰を浮かせてしまえば、殴り倒したくなる相手である。

 「ちゃんと、それなりの誠意を、見せてもらわないとね」

 高い位置で、推薦状をちらつかせ続けるマルコスだった。

 「誠意?アンタ馬鹿じゃないの?」

 フィアがプイと横を向いてしまう。肩に乗っているゴン太も、同じようにそっぽを向く。

 ミールもそれを拒絶する。フィアと同じように、マルコスから顔を背けてしまう。

 エイルが何も言わないのは、彼自身の方針が決まっているからだ。彼が拒絶することは意味をなさない。イーサーはそれどころではない。今にも強健のように吠え散らしそうな顔をしてマルコスを睨み付けているのだ。

 その中、グラントだけが静かに立ち上がる。

 「本当に、それで大会に出られるんだな?」

 これまで同じベクトルを示していたグラントが、思いもよらない行動に出た。

 全員がハッとする。

 マルコスは、どっちでも良かったのだ。彼らが意地を張って、拒絶するのも、頭を下げることも、結果として自分の優位性を示す結果となるのだ。

 何故なら、彼らがそれを拒絶した場合、大会で、指をくわえて見ている彼らの前で、華々しく活躍できるのである。

 もし受け入れても、そのチケットは一枚だけである。彼らの中に問題の火種を投じることになる。後の結果が見物である。しかも舞台は、市民枠とは別の自由枠である。今大会で、自分と一戦を交えることもない。

 「グラント、おまえ、何考えてんだよ!」

 イーサーが溜まらず立ち上がる。

 「イーサーは黙っててくれ!」

 「んだよ!」

 「いいから黙っててくれ!!」

 グラントは、マルコスと向かい合ったまま、背中のイーサーに対して一切振り向く様子を見せなかった。同調的なグラントが、珍しくイーサーの言葉をはね除けるのであった。

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