第3部 第6話 §10 セントラルカレッジ
イーサー達が通うセントラルカレッジの登校日のことである。リバティーも興味本位で、付いてきている。それは彼女が加代事になる大学だ。
「部活、一月ぶりだよなぁ」
キャンバスを歩きながら、背中に剣を担いだイーサーが、ボンヤリと呟いた。
「あれ以来、ボイコットしてたからな」
エイルが、自分たちの大会参加を白紙にされたあの日を思い出して言う。リバティーと出会ったあの日のことだ。
「それより、いいのかな……お嬢つれてきてさぁ」
と、おどおどしているのはグラントだった。周囲の気配を伺っているが、特にリバティーが気にされる様子はないし、当の本人も堂々としている。周囲に気を配っているのは、グラントぐらいなものだ。フィアもミールも、気軽に構えている。
「来期から、ココに通うんだねぇ」
リバティーは、広く緑の多いキャンバスに、目を輝かせている。
彼らは、まっすぐ武道館に向かう。武道館では、それぞれカテゴリー別に、剣技の訓練を行っているが、彼らのいる部は、総合剣技で、異種格闘に等しい。フィアのようなスタイルの剣士は非常に珍しいことであるが、彼女はあえて、そちらを選んでいる。またグラントのような、バスタードソード、エイルのようなグレートソードを使用する人間も少数派だ。殆どがロングソードで定着している。それも木刀である。彼らのように真剣を持ち歩く人間は、そういるわけではない。上級生の中には、真剣での訓練をしている者も見えている。
大会に出るためには、真剣を所持す武具所持許可証を持っていなければならない。
中では、数十人の部員がすでに活動を始めている。
彼らが到着すると、ざわめきが起こると同時に、余所余所しい空気に満ちる。
「なんだ……辞めたかと思ったぞ。頭冷えたのか?」
悪びれない様子で、少しミリタリー系の雰囲気が漂う、口ひげで角刈りの、グラントよりは細いが、四角い顔の男が、彼らに駆け寄り、話しかけてくる。
「まぁ、そんなとこです。ご迷惑おかけしました」
イーサーは頭を下げる。彼の様子から、別にその男が嫌いな様子ではないようだ。そしてその男は、剣技の指導教員である。イーサーが頭を下げると、彼は何度か納得したように頷く。実は彼はイーサー達が大会出場取り消しに関しては、少々意義があったのだ。
確かに上級生を脅かす存在ではあるが、それだけの力を十分に持っていることを、認めている。
ただ、力以外の力関係もこの世の中に存在しているということだ。
「ん?」
教官がリバティーのに、気が付く。
「っと、ああ。見学だ……そうです」
こういう時のエイルのフォローは早い。入部希望者だとすれば、別に場内に板としても不自然ではない。
しかし、これを面白くなさげに見ていた一人の青年がいた。顔はしゅっと長く、彫りの深い、黒髪を持つイタリア系の雰囲気が漂う青年だった。ヘアスタイルは、さらさらヘアという感じで、特に特徴的な者はない。
イーサー達は、サヴァラスティア家にいるときと同じように柔軟をこなし、ランニングとダッシュをこなし、筋力トレーニングと、順々にこなして行く。ただここには、機械的な道具もあり、効率的にこなして行くことが出来る。リバティーは、それについて歩いて行くが、彼女は、タンクトップに、お尻が見えそうなショートジーンズという出で立ちである。少々露出度が過ぎるようで、かなりの視線を受けるが、当の本人は全く気にしていない。
グラントは、ダンベルなどをガンガンと持ち上げて行く。間違いなく筋肉自慢だ。イーサーはあまり使わないようだ。だが、片手倒立で、腕立てをする。
リバティーは、横から軽そうなダンベルを摘み食いのようにいじり始める。イーサー達といることで、不満の視線はあるが、触れられる事は少ない。
「なんか。みんな、やな視線だね」
リバティーは、普通のトーンで、イーサー達に触れようとしない、周囲に対しての不平を言う。
「ま、俺たちは、入学当時から色々あったからな!……っと」
イーサーは腕立て伏せを止めて、汗を拭く。だが、そんな視線は特に気にならないようだ。
「要するに、俺たちは浮いてる……それだけのことだ……」
エイルもまた、周囲の空気には無関心である。
彼らは幼い頃からずっと、共に歩いてきた。他の者よりも強い信頼関係がある。中には、彼らを見かけて、何気なく手を振ってくれているが、どうも、近づけない理由があるらしい。
「そろそろ、訓練始めよーよ」
ミールが、時間を惜しみ始める。
「おぉ!ゴン太を鞄から出さなくては」
フィアが思い出したように、着替えの詰め込まれた鞄の中を開くと、中から赤毛猿が勢いよく飛び出し、フィアの肩に乗り、しきりに、騒々しく、鳴き声を上げている。どうやら、鞄の中に詰め込まれていたのが、少々不服らしかった。
だが、フィアが指先に魔力を込めて上質の赤熱を作り上げ、ゴン太に喰わせると、それで機嫌が収まってしまうのだった。
「今日は学校だから、暴れなくていいからね。てか、おとなしくしててね」
といって、フィアがゴン太を掌に乗せると、銀色の剣になり、炎の朱色に染まる。
それだけで、周囲がざわめく。
それは当たり前だ。この世のどこを探しても、そんな剣を持っている人間がいるだろうか。伝説の銘釼と言われるものでさえ、形状を変化させるものは少ない。史上には微かに書かれている程度で、現物を目にした者はいないのだ。
現在のところ、形状の変化を可能にしているのはフィアの剣だけだ、恐らく精霊のなせる技なのだろう。セシルがそう言う構造にしているのだ。
フィアは剣を軽く地面に向けて揺らしながら、トレーニングルームから、武道館内に姿を移す。
「張り切ってるわねぇ、フィア……」
「俺等もそうだけど、やっぱりセシルさんの創った剣が、手に馴染んでるんだろうな。うれしいって言うかなんていうか……」
グラントが、少しウキウキしているフィアの心情を理解する。
フィアを先頭に、イーサー達は場内で暴れ放題である。実戦に近いやり口はいつもの頃だ。唯一気をつけなければならないのは、武道館の床である。切れ味の良すぎる彼らの剣では、石畳も割りかねない。
そんな彼らに、誰も手合わせを願う者などいない。その辺りが彼らが浮いてしまう理由の一つである。
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