第3部 第6話 §9  稽古

 ドライは、シルベスターに向き直し、軽く拳を握り、肩幅ほどのスタンスで、軽く腰を落とす。

 そして、体を緊張させることなく、身軽に地面を蹴り、呼気と共にシルベスターモードに入り、彼に殴りかかる。シルベスターは、ドライの攻撃を難なくいなしたり、受け止めたりする。

 まるで稽古をつけているようだが、早すぎてエイルには見えない。いや、前日のドライとオーディンの戦闘よりは、微かに動きが見える回数が増えているような気がする。

 ただ、音が障壁となり、容赦なく体と鼓膜を叩く。聴覚からすべての感覚器が、狂わされそうな衝撃波だ。

 ぶつかり合うとそこから、飽和状態になったエネルギーが、高温の青白い光となって、火花を散らす。実際には、シルベスターがドライの拳を受けているだけなのだ。

 これは力を得ただけのドライと、力を使いこなす事の出来るシルベスターとの圧倒的な差である。

 ドライには爽快感はなかったが、確かに遠慮無くフルの自分をぶつけられるシルベスターに対して満足感を得ていた。

 スパーリングのように、ドライの攻撃を受けているばかりのシルベスターだったが、次の瞬間、彼のパンチを右にスウェーして躱し、左のパンチを顔面に見舞うのだった。

 ドライは、弾き飛ばされ、地面に転がりかけるが、すぐに体制を整え倒して、シルベスターに殴りかかる。

 ただ、彼らが地面にぶつかると言うことは、大爆発が起こるほどの衝撃であり、エイルは飛ばされそうになってしまう。実際には数メートルも、退くことになっている。お気に入りの場所は、時期にむき出しの大地へと変わって行く。

 おおよそ一時間ほど、その状況が続くと、ドライもさすがに息を荒げ始める。そして、ついには集中力が切れ、シルベスターモードを保てなくなり、力尽きて座り込んでしまう。体中アザだらけだ。顔も随分腫れ上がっており、口の中を斬っているせいか、口の端しから、血が滴り流れる跡がついている

 「はぁはぁ……くそ……」

 ドライは一発もシルベスターを殴ることが出来ずに、そのざまである。そして、大の字になって疲れ切って転がる。

 シルベスターは、軽くため息をつき、それでも、笑みを浮かべつつ、地面をさらりと撫でると、傷ついた大地が、元の状態に戻るのだった。ドライは放りっぱなしである。

 「力を使うことと、使いこなすのは、意味が違うのだ。解ったか?」

 依然優位性が変わらないシルベスターは、上からドライを覗き込む。ドライは、もう勝手にしてくれと言いたげに、顔を背けるが、シルベスターはそれ以上彼を立たせる事はなかった。

 悔しいがシルベスターが何を言いたいか理解するドライ。恐らくそれまでの間に力をコントロールすることを覚えておけと言いたいのだろう。そう、何かが起ころうとしている。いや、実際には起こり始めている。

 それは、ドライ達から見れば小さな出来事だが、世界にとっては大きな異常なのである。

 対処できるものと出来ないもの差と言うべきだろうか。

 「終わったら、さっさと行けよ!」

 ドライが敗北を認め、腹立ち紛れに、シルベスターを追い返す。指先すら動かさない。酸欠になった体を回復させるための強い呼吸を未だ続けている。呼吸の間に、漸く言葉が出るような状態だ

 シルベスターは、クスクスと可笑しげに笑いながら、静かに姿を消すのだった。

 「おい!」

 二人が放っていた威圧的なオーラが消え去り、エイルは漸くドライに近づくことが出来る。

 「何者なんだ?アイツは……」

 「ん?ああ、アイツがシルベスターだよ……伝説のな」

 ドライの全く敬いのない発言に、エイルはその耳を疑った。古代史に微かに記されているだけの、その存在が、動き回っているのである。千年以上も前に世界を救った伝説の魔導師と呼ばれている男が、たった今まで目の前に居たのである。

 ドライ達が、その子孫であり、因果に縛られている存在だと言うことは、すでに聞いていることだが、唐突すぎる。

 「よく……会うのか……」

 「冗談じゃねぇ……あんな鬱陶しい奴、そんなに会ってたまるか……」

 漸く、言葉の間に呼吸をするようになったドライだが、全く立つことが出来ない。

 周囲は騒音から解放された静かな風の音だけが流れ、それが耳をかすめている。そして、上がった体温を冷やしてくれる。

 エイルは、ドライに肩を貸す。力の入らないドライの体は、尋常でない重さだった。それでも、エイルは剛剣を振り回す腕力と足腰を持っている。多少もてあましながら、ドライを支えながら、バイクに近づく。だが、運転出来る状態ではなさそうだ。

 エイルは、電話を取り出し、すぐさまイーサーに電話を入れる。

 「参ったな……騒ぎになるぜ……ったく」

 ドライには、すぐに全員で押しかけるのが、目に見えていた。シルベスターが現れて、とことん殴られたなどという話をローズが聞けば、間違いなく驚きと同時に、パンチよりキツイ説教をし始めるに違いない。

 それは案の定で、数台のバイクの明かりが見え、二人に近づき、フィアの後ろに乗っていたローズが、ドライに駆け寄り、さんざんな、愛情の籠もった文句の嵐だ。

 「ちぇ!そんなすげーの見たのかよぉ。俺も見たかったなぁ」

 と、イーサーは、残念がる。発言の軽さは相変わらずだ。女性陣から非難の嵐に晒されたことは言うまでもない。

 確かに、シルベスターがドライを殺す気がないのは、明白な事実で、ローズの表情にも悲壮感はない。しかし、シルベスターがドライに接触してきたと言うことは、それなりの理由があるというのは、ドライと同じ見解だった。一波乱の幕開けを予感せずにはいられない。

 だが、すべてを知っているようで、何も感じないまま、無機質に、日常は当たり前のように流れる。

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