第3部 第6話 §6  リバティーの変化

 浴室での一時、ミールは未だに湯船を叩いて悔しがっている。

 「あ~~!棚ぼただったのにぃ!くやし~!」

 「しゃーないよ。お金を出してもらうのもイヤだし、ジャンケンにも負けたし。二回生になったら、うち等で、クラブのやり方変えたらいいよ」

 ミールと違い、フィアはのんびりとしている。

 「なに……それ」

 サヴァラスティア家の三人娘最年少リバティーが、フィアのその一言を気にかける。

 「ん~~あ~~……っとね。セントラルカレッジじゃ、一回生は基礎鍛錬中心。例外を除いて大会に出ることは、禁止なのよ。なにせ真剣を使ってるでしょ?止める留める見切るをきちっとしないと、怪我もするし怪我もさせるし。ハイスクールみたいに、レプリカじゃないしね。二回生にあがった時点でテストがあって、合格したら、いよいよ大会。ちなみにうち等は、例外……のはず……だったんだけどね」

 「例外……やっぱりみんな、強いんだ?」

 「そりゃ、ハイスクールの時点で、師範の資格持ってるのって、うち等だけだよね」

 「初耳!じゃぁイーサーも?」

 「まぁね。だから、普通は、二回生の時点で受けたテストの結果で、武具所持許可証をもらえるんだけど、うち等は、入学試験が、一部一般科目に加えてそれだったからね。あの頭の悪いイーサーでも、セントラルいってんだよ?」

 「うぷぷぷ……頭悪いって。確かにアイツ、そうだよね」

 さらっと毒気をはいたフィアの発言にリバティーは、思わず笑ってしまうのだった。勉強で四苦八苦しているイーサーの姿を思い出すと、リバティーは可笑しくなってしまうのだった。

 「でもでも、そんなアイツと、熱い時間を夜な夜な過ごしているのは、誰かなぁ?」

 ミールが、リバティーにすり寄り、きらきらとした詮索の目をくべるのだった。

 「信じらんないよね~。熱血馬鹿のアイツがねぇ~」

 フィアもリバティーにすり寄り、リバティーは二人の好奇の視線に晒されてしまう。想像されると恥ずかしさで顔から火が出てしまいそうになる。

 「そうそう、アイツ結構学校ついた後でも、お嬢のことばっかいってんだよ?メールこない?」

 「ん~くるよ。適当に返すけど……そうか、そうなんだ……」

 何故か、フィアのつっこみに満足するリバティーだった。機嫌が良くなって行くのが見た目に解るほどだ。

 「うりうりうり……うれしそうじゃん?」

 ミールが、リバティーをつつきだす。そんなミールの二の腕が酷く鬱血で滲んでいるのが、リバティーの目に入る。照れ笑いでまんざらでない様子を見せていた表情が、心配そうに一変する。

 「それ……ひどいねぇ」

 「ん?ん~、昨日思い切り打ち付けたからね。フィアなんか全身アザだらけだよね」

 「あはは、組み手とか手合いなんかも、結構アザ作ってるからね。日常茶飯事だよね」

 フィアは、手の甲や腕を湯面から覗かせながら、アザの状態を確かめるのだった。

 確かに、とても女性が作るようなアザではない。だが、それに関しては、二人とも何とも思っていない。今となれば、ジュリオとの戦闘は貴重な実戦である。彼らの感じていた限界に対する価値観が一つ伸びたのは事実だ。

 「っと……」

 フィアは、不意に立ち上がり、少しのぼせかけた頭をさますために、体を外気に晒す。暑さが少々けだるさに変わったからだ。

 フィアは長身だ。その手足もスラリと伸びて長い。腰の位置も高い。

 「うわぁ、やっぱフィアさんて、大人のスタイルだよねぇ……腰とか結構エッチだし……」

 リバティーが見ているのはフィアの後ろ姿だ。引き締まった背筋とヒップラインは、間違いなく大人の女性のスタイルである。

 「急になにを……」

 と、フィアは、危険な視線をしているリバティーに気がつき、振り返りつつ湯に体を沈め腰を引く。

 「どうせ、私はオコチャマ体型ですよーだ!」

 ミールは、拗ねてしまう。だが、チラリとフィアに視線を向けると、それはリバティー以上に危険なきらめきを見せている。

 「そんな奴は、こうしてやるのだ!!」

 ミールは身軽である。はしゃいで一気にフィアに飛びかかり、押さえ込みに掛かる。

 「わっぷ!やぁめぇろぉ~!!揉むなぁ!」

 ミールはいつの間にかフィアの背後を取って、彼女をいじめ始めるのだった。

 「加勢するぞー!」

 リバティーも羽目を外してフィアに飛びかかるのだった。広いサヴァラスティア家の風呂ならではの、遊びだった。

 夕食時に、アンニュイな表情のフィアが、吐息混じりのため息を、何度も吐いていたという。二人は少々やりすぎたようである。

 食後、大量の食器をローズが片づけていると、珍しくリバティーがそれを手伝っていた。

 「あのさ、ママ。あたし編入試験受けようと思うんだ。大学の……」

 「飛び級?ずっと、しないっていったてたのに、また……どういう風の吹き回し?」

 「うん。みんなに刺激を受けちゃったっていうのかな……明日、数学のリチャードに掛け合ってみる。やな奴だけど。そっち方面では確かみたいだから」

 「そう……、間に合うの?手続きとか」

 「わかんない。無理かも……」

 「まぁ、そう言う無茶なら、頑張ってみるのもいいかもね」

 ローズは、皿を洗いながら、涼しそうな笑みを浮かべるだけだった。確かに何のリスクもない話だ。合格しなくても進級は出来る。尤もそれは、彼女の期末試験の結果如何によるだろう。


 月曜の朝。彼女の通う高校の職員室。風紀担当の教師リチャードの朝はこの場所が定位置である。朝のホームルームまでの僅かな時間に、すこしリラックスをする。

 だが、このときには、問題児のリバティー=サヴァラスティアがいて、少々不機嫌気味だ。

 さらに、編入試験の話が出ると……。

 「はあ?な、編入試験を受けたい!?なんで、もっと早く言わない!締め切りは、とっくに過ぎてるんだぞ!?」

 「お願いします……」

 リバティーはいつになく丁寧に頭を下げた。

 リチャードは唸る。理由はいくつかある。その一つにリバティーの学力テストの異常な成績がある。はじき出される答えはまるで精密機械のようだ。それは、彼も知っている。数学のテストの答えを見れば、解ることだ。授業中でも、懲らしめに出した、学年一つ上の問題を、彼女は説いてしまうほどなのだ。

 すべてにおいて、リバティーには刺激のない狭い世界だった。

 恐らくそれは、大学に編入したとしても、変わらない答えだろう。

 リチャードは、デスクにおいている編入試験用学力考査のために、抜粋していた問題集のプリントにチラリと目が行く。

 「これをやってみろ、今だ!今!」

 机のプリントの山の中から、一枚ひったくり、それを隣のあいているデスクの上に、置く。他の教師のデスクだが、誰も座っていないところだ。

 「ホームルームまであと五分。それがリミットだ」

 リチャード自身問題を見ていたわけではない。ただ、通常の問題より遙かに難易度の高い問題だということは、彼自身も十分認識している。簡単に言えば、彼女の知らない学年の問題であるといえる。

 リバティーは、遠慮なしにプリントの置かれたデスクにつく。それからリチャードの差し出した鉛筆で、問題を解き始める。

 四分だ。リバティーがそれを書き終えるまでの時間だった。

 「はい」

 「ふん……」

 リチャードは、いくら何でもと思う。リバティーは一度も筆記を止めることなく、また修正することもなく、思考した様子も見せずに、それを渡したのだ。だが、リチャードは、並べられた公式を、目で追って行くにつれて、口に銜えていた、火をつける前のたばこを、ぽろりと床に落としてしまうのだった。

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