第3部 第6話 §3  サンドイッチタイム

 少し冷えたサンドイッチと温かいコーヒーを用意して、リバティーの部屋を訪れるドライ。彼女もまた、削り取られた精神を癒しきれずに、ベッドの上横たわっている。

 「よっ。どうだ?」

 「うん……」

 返事をするだけの元気はあるようだ。

 「あんな事があったのに……彼奴等元気だね……」

 リバティーは、外から漏れ聞こえる気合いの入った男共三人の声に耳を傾け、無神経に思えるそれが少し羨ましくもあり、理解できない様子でもある。

 「まぁ、へこたれてちゃ、何も出来ねぇさ……」

 イーサー達は、命をかけた実践という厳しさを感じ、その中ではまだまだ無力であることを知ったのだ。一つのハードルが出来る。訓練や稽古での悔しさとは比にならない、無くしてしまえば悩むことすら叶わない、極限の状況である。

 彼らは、それがジュリオだからこそ生かされたということを、十分に理解したのだ。彼らにとって、ジュリオとサブジェイの力量の差を見抜くことは出来ないが、それが彼らのレベルだということを肌で感じている。漠然と追いつくのではなく、確実に超えなければならない見えない壁が見えた瞬間でもある。

 解っていても、それが出来るか出来ないかで、全部が変わる。極論を説けば、解らずとも出来れば、その先の選択肢は大きく広がる。出来なければすべては、そこで途絶える。難しくも単純なことだ。

 「パパ、ギュッてして……」

 リバティーはいつになくドライに抱きついた。そして抱擁を求める。

 リバティーは頭のいい子だ。ドライはそう思っている。勉学などの方向性ではない。今までのドライに違和感を感じていた彼女は、絶えずドライに苛ついていた。理屈ではないがそれを理解していた。

 その理由が解けた今、彼女の中には絶え間ない不安が渦巻いている。

 それは小さな出来事の積み重ねである。はっきりとした理屈の積み重ねで、得た結論ではない。だから、その処理が出来ないでいる。不安を排除したい。リバティーがイーサーの胸の中を求めた理由のの一つである。

 イーサーは、転んでも膝の泥を払って起きあがるのだ。言葉ではないが、庭先から聞こえる彼の声でそれが理解できる。共に時間を過ごすと安心できる何かがある。それはまだまだ未熟で脆いものではあるが、その分彼女にも理解しやすいものなのだ。

 ドライの胸の中は絶えず覚悟と決断で安定している。不安定な彼の感情とは大きく異なっている。

 ドライの結論は単純だ。自分の命の価値は、彼らより遙かに低いと位置づけているのである。それは自分への蔑みではない。それよりも、遙かに大事だと思っているのだ。そのために掛ける命には、何ら躊躇いもない。

 「アイツ。逃げろ!ってそればっかりだった。でも私動けなかったんだよ。怖くて……」

 リバティーは、全く歯が立たないジュリオに対して、何度も立ち上がり、そのたびにリバティーが逃げるための時間を作ろうとしたのである。ガムシャラで前向きで純粋な思いだ。

 「一寸エッチしただけなのに……」

 イーサーが自分に命をかける理由が理解できない。赤の他人なのだから、捨てて逃げてしまえば良かったのだと思っている。自分が同じ立場なら……、などとは思いもしない。

 「そんでも、守りたいんだってよ……」

 それをイーサーから直接聞いたわけではない。だが、それはよく理解できる。

 残された者には残酷だが、惚れた者のために、命を賭け、死ぬ生き方もまた悪くないと思う。尤も本当に幸せを願うのならば、何があろうと生き抜くことが至上の覚悟だろう。

 ドライが、リバティーと一度視線を合わせると、扉の方に視線を送るようにちらちらと、視線を送る。

 実は、扉の向こうにイーサーが居たのだ。部屋に入ろうとしたときに、二人の会話が何気なく聞こえたのだ。

 「さぁて!と、一著ガキ共を扱いてくるかな!」

 ドライは態と大声でそう言う。

 イーサーは急に挙動不審になってしまう。どういう訳か、ドライと顔を合わすのが気まずい気がしたのだ。

 慌てて、向かいの部屋に飛び込む。そこは、普段グラントが寝ている部屋だ。今は誰もいない。

 ドライは大げさに扉を閉めて、足音を立てて降りて行く。

 イーサーは、ドライの気配が消えるのを感じると、こそ泥のように静かに細く扉を引き明け、周囲を伺い、誰もいないことを確認すると、そっと姿を現す。

 それから、向かいのリバティーの部屋をこっそりと押しあける。

 「お嬢ぉ、大丈夫……か?」

 何気なくドライの視線の理由を知るリバティーだった。

 そしてドライと同じように、夕べの残り物のサンドイッチを持っているのだ。

 「あ……」

 イーサーは、ベッドの上に置かれているそれを見つけるのだった。

 「いいよ。一緒にたべよ」

 何となく気恥ずかしさがあるのはイーサーである。落ち着きがない。

 イーサーのトレイとドライの持ってきたトレイの違いといえば、彼の持ち出した方は、ちゃっかり自分の分も乗っているということだ。こちらはコーヒーではなく、ココアである。

 イーサーがベッドの脇に腰をかけようとしたとき、一瞬ドライが運んできたトレイのコーヒーが零れそうになるが、イーサーはどうにか慎重に腰を下ろすことが出来る。

 直前には、リバティーがちゃんと、そのトレイを自分の膝元においていた。

 だが、いつもの図々しいイーサーはいない、何か緊張を持った表情をしたままである。視線をリバティーに合わせることが出来ない。

 「なに?」

 何か言いたげなイーサーだが、モジモジとしている。

 「そのさ……うん。あはははは!食べよっか……」

 「クス……変なの」

 リバティーは、少々元気を取り戻したようだ。作る表情が少し軟らかいものになっている。

 「あ、そうだ。ブラニーさんにメールしとかないと」

 リバティーは、彼女に送る話題を探していた。それに、パニックになった状況で、ドライとローズを呼ぶことだけで、必死になっていて、すぐに自分を助けることの出来る人物を、そのとき思い当たらなかったのだ。

 自由に空間を行き来できる彼女を呼べば、もっと安全に自分たちのみを守れたかもしれなかったからである。

 この事件で、リバティーは、いざという事態の時、自分は何も出来ない、弱い人間の一人だと痛感した。

 それは精神的な酷い落ち込みの一部でもある。

 リバティーの部屋を出たドライは、ホルダーに立てかけられているブラッドシャウトを掴み、表に出ることにする。

 そこには、エイルとグラントが居たが、フィアとミールも出てきている。

 「お、ガキ共、一丁やるか」

 ドライが軽くブラッドシャウトを振り回すと、それだけで轟風が起きる。エイル以外は、それに対してわき上がる表情を見せる。ドライの凄さはすでに承知している。

 そのとき、風を切る音と共に、クーガが戻ってくる。

 そして、真っ先にサブジェイが姿を現すのだった。

 「なんだって?ジュリオの奴が、無茶やらかしたって、きいたけど……」

 降りるなり発せられたサブジェイの一言がそれだった。

 誰がそれを伝えたか?などは、どうでも良いことだ。正しくいえば、イーサーの家から彼らが引き払うときに、イーサーと交わした中で行われた会話の一部である。

 「まぁな。俺が蹴り飛ばしちまってよ、今養生してる」

 イーサーとの会話で、ジュリオの暴れぶりはすでに、把握しているサブジェイだったが、彼の無茶に少し渋い顔をする。ジュリオは弟同然の存在である。自称兄貴分であるサブジェイにに何の相談も無いことから、イーサー達への行為が、誰の断りもなく、独断で行われたことは、容易に想像が出来る。

 レイオニーは姿を現さない、シェルの中で爆睡しているからだ。

 「成果はあったのか?」

 「ん~、膨大なデータがあの遺跡の資産で、シルベスターやクロノアールが生まれた時代のことも、書かれていそうな、文章も含まれていたけど、全貌はまだ……、オヤジは、メシアプロジェクトって、知ってる?」

 「ん……いや。爺(じじい)なら、知ってるんじゃねぇのか?」

 ドライはあっさりと首を振る。だが、それは当然である。サブジェイとレイオニーの探求は、ドライが知りうる史実のさらに深部に当たるものだ。バハムートを引き合いに出したのは、やはり考古学携わる者同士の会話であるという、位置づけから出されたものだった。

 「じいちゃんか……じいちゃん、凄くオヤジに会いたがってたぜ」

 「ふん……爺(じじい)か……」

 ドライが、少しだけバハムートのことを考える。態と煙たがるような表情をしているが、そうでないのは、サブジェイには解っている。バハムートは自分たちにとって祖父的存在である。無論ドライのとってもそうである。

 だが、サブジェイは少し、曇った表情をする。

 ドライは、それを見逃さない。そんな寂しそうなサブジェイは初めてだからだ。

 「あのさ、じいちゃん、もう生命維持装置なしじゃダメでさ、それでもみんなのことが心配で、ずっと頑張ってる。霊体で家の中をうろうろしてるよ」

 「そ…………か」

 バハムートが心配していることは、間違いなく自分たちの行く末である。バハムートと会話が出来るうちに、一度ホーリーシティーに行かなくてはならないようだ。

 ドライは動じなかったが、どこか寂しげな目をする。だがそれは当たり前にやってくる人の運命である。だが、彼らにはそれがない。バハムートの老いは、その現実を自分たちに突きつける事の一つだ。

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