第3部 第6話 §2 一難去った後
レイオニーは、端末に映し出されたデータを閉じる。それは膨大な情報の中の、ほんの一部に過ぎない。
「イーサー君?今から君の家の鍵を返しに行くわ。ありがとう。うん?データの複写は完了したのでも、情報量が多くて、一番表層にあった、文書データを少し見ただけ。ん~、君のお父さんの事はまだよ。とりあえず帰るから、ローズに暖かいご飯をお願い♪っていっておいてね」
電話をかけ終わったレイオニーは、クーガシェルのなかで、ほっと息をついて目を閉じる。僅かに慣性の法則を体に感じる、クーガが走り始めたようだ。
この数日、殆ど簡易食ばかりだった。シャワーと寝床だけは不便することはないのがありがたいことだ。
サヴァラスティア家、寝室の一つ。そこは、先日までドーヴァが横たわっていたベッドの上だった。今度はその息子であるジュリオが横たわる羽目になった。ドライの強烈は蹴りは、殺傷能力は十分にあったが、寸前で身を引いたため、命に別状はない。
「謝って許されることじゃないのは解ってた。でも、最初から僕だって知ったら、ドライはきっと本気を出さなかったでしょ?」
「そうだな……」
ベッドの横にいるドライはそれを認める。
「僕が強くなろうと思い始めたころは、今の時代の始まりだった。物ばかりが溢れて何もない時代。サブジェイや、オーディンがいつも貴方の話をするとき、楽しそうだった。父さんも祖父も祖母もみんな。でも僕には、貴方に肩車をしてもらった想い出しかない。みんなが羨ましかった。みんな見えない絆で繋がっているように思えた……」
ジュリオは大人しくおっとりとしている。その分、心の中に募る思いは、人より多かったのだろう。
だが、ジュリオは、自分達の血を濃く継いでいるはずだ。シルベスターモードを使わないドライに意図もたやすく敗れた様は、その思いと遠くかけ離れている。
「お前ひょっとして……、剣士じゃねぇな?」
それは自分たちの属性である。ドライは元来剣士である。攻撃魔法に対する拒絶反応がなければ、魔法のスペシャリストでもあるはずだ。レイオニーのように、頭脳に傾く物もいれば、ブラニーのように強力な魔法の使い手となる者もいる。
彼らは、そのつもりはなかったが、自ずとその属性に従っている結果となる。才能と志向が一致しているために、強い抵抗感はない。
ジュリオは頷く。その表情は悲しげだった。だとすればそれを伝えたのはセシルだろう。
「母さんは、自分が決めた道を行けばいいと……」
「そうか……」
ジュリオの行動を見れば、彼の剣士としての技量はすでに限界に達している事を理解せずにはいられないドライだった。恐らく生涯でただ一度の思いを叶えるための行動だったのだろう。
「いい刀を持っていたな。大事にしてるんだろ?」
「アレは僕が造った。まだ母さんほどじゃないけど、錬金術も使えるし」
ジュリオの寂しさは取れない。微笑んでも彼の心は晴れていないようだ。しかしその表情は、誰のせいでもない。十分に周囲の優しさや暖かさに触れて生きてきた、豊かな表情を作る。
「セシルにアイテムはもらったのか?」
「うん。ブラニーさんのように、スペルレスで魔法が扱える、『ロード』をね」
ジュリオは、右手の中指に輝く、プラチナに輝く指輪をドライに見せる。彼はセシルの思いも大事にしているようだ。
「魔法はどこまでこなせる?」
「…………
ドライがピクリと体を硬直させる。
それはセシルですら使いこなせない、最上級の魔法で、その属性はすべてに掛かる、原子崩壊を招く魔法だ。古代魔法のように無属性とは、意味が異なる。放出量にもよるが、大陸を吹き飛ばせるほどの魔法である。
恐らくシルベスターを一撃で葬る可能性のある、唯一の魔法であろう。
「ロードを使って、六つの鍵を生成して、すべてにスペルを施すんだ。マルチタングで、同時進行で行う。最後に一つに束ねて、放出。鍵は原子分解を起こして、消えちゃうから、その都度生成しなきゃならないけどね」
ジュリオは、それに確信を持っている。だとすると何度も使っているはずだ。
セシルとブラニーがいるのだ、その辺りはどうにでもなるだろう。
それについてジュリオが苦労を滲ませることはなかった。
「やれやれ……サブジェイの野郎は、サテライトガンナーを使えるし、お前は究極魔法を使える。シードの野郎は、ほぼすべての回復魔法を使うことが出来て……か」
自分たちの子供たちの能力は、より強力になっている。尤も戦闘技術や、判断能力、経験の豊富さなどは、ドライたちの方が格段に上である。自分たちは、時代には必要とされないものばかりが、詰め込まれているような気がするドライだった。
「それでも僕は、剣の方がいい……、剣士として生きたい」
つまりそれは剣士として生涯を終えたいという意味でもある。だとすれば、彼が命をかけてドライに挑んだ理由も解らないでもない。だが、あまりにも自暴自棄な行動である。
自暴自棄という意味はないが、ジュリオの性質は、自分たちよりイーサー達に近いものがあるかもしれないと思うドライだった。彼らの剣は、憧れから成り立っている。
「まぁ、あんま無茶するなよ」
ドライは一度ジュリオの頭を撫でて席を立つ。そして、静かに部屋を出る。
「
次にドライは、一度一階に下りて、冷蔵庫からサンドイッチの残りを取り出す。ローズはいないようだ。
と、言うのもすっかり、フィアとミールに取られてしまっているのだ。彼女たちの疲労もピークに達している。気持ちが張りつめていたためだろう。彼女らはローズの寝室から動こうとしない。そしてローズに甘えている。
つまり、食事と呼べるものは、殆ど用意されていない。
「昼はピザでも頼むか……」
ドライはぶつぶつと、昼食の心配をし始める。
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