第3部 第5話 §17 着信
ドライとローズは、久しぶりのデートだ。映画館でロマンチックな映画を見ながら、恋人気分である。今も昔もその深き愛情に変化はない。久しぶりにそういう時間を過ごしていると、心の奥が情熱で焦がれそうになってくる。自然に握りあった手と手で、互いの体温を伝えあっている。
「いいわねぇ……」
映画の内容は、有り触れたといえば、そうなってしまう。小さな一つの恋の物語だ。偶然であった男女に芽生える暖かなストーリー。壮絶な旅をしてきた、二人の心には、そんな小さな一つ一つに一喜一憂している二人が、羨ましくて仕方がない。
やがて映画は、ハッピーエンドで終わり、エンドロールが流れ始める。
エンドロール中、早くも立ち上がり始める人たちもいる中、ドライとローズは、余韻に浸っている。
「Fin」の文字が出た後、ローズがゆっくりと腰を上げる。そして、ドライも腰を上げる。
帰り際にパンフレットを一枚購入し、もう一度コーヒーを飲みながら、余韻に浸るのだ。
そんなローズが、パンフレットを手にし、二人が館外へと出たときだった。
「っと、電源いれねぇとな……」
ドライが携帯電話を取り出し電源を入れ、再びポケットにしまい込もうとしたときだった。
着信である。
「んだ?リバティーからだ」
ドライは、着信メロディーで、誰かを判断し、気軽に耳に当てる。
「どうした?」
と、応対に出たドライの顔がみるみる硬直してゆく。
「ドライ?!」
一気に猛り狂うドライの血の気に、ローズも気がつく。
「ローズ!飛べ!!帰るぞ!!」
ドライが、周囲の状況も判断せずに大地を蹴り、一気に飛び立つ。信じられない光景に周囲がざわめく。
「何!どうしたの!」
「ガキ共が殺られる!!」
ドライの尋常ではない焦りように、ローズはすぐさま彼にしがみつき、瞬間移動の呪文を唱え始める。
ブラニーと彼女の瞬間移動の違いは、ローズの場合、移動するまでに準備がいると言うことである。スペルが必要だということだ。
ローズが唱え終わると、二人は瞬時に家の前に姿を現す。着地すると同時に、家の前まで駆け寄ると、イーサーを含め、動けなくなり力尽きている彼らと、デッキに腰をかけた黒髪の青年と、その横で震えているリバティーがいた。それはちょうどサヴァラスティア家の入り口の前だ。
彼はリバティーの携帯を持っている。ドライが来るのを見ると、彼は携帯電話を閉じて、それをリバティーに返す。リバティーは恐怖に捕らわれ、殆どの感覚を失っている。
降り立ったものの、ドライは動けずにいる。歯ぎしりをして状況の悪さに苛立ちを募らせる。
「電話に出るのがもう少し遅かったら、一〇分ごとに一人ずつ殺してた」
座りながら、ゆとりを持って、彼は上目遣いでドライをチラリと見る。
次の瞬間ローズが姿を消し、次に彼の横をすり抜けるようにして、リバティーを救い、家の中に転がり込む。
だが、彼はそれに目もくれずにいる。
次にローズは、再びドライの横に姿を移す。リバティーは室内のようだ。その代わりに、二人の剣を両手に持っている。
ドライは、ローズが右手に持っているブラッドシャウトを手にする。そのときの顔は、すでに怒りで爆発寸前になっていた。
ドライが戦闘態勢に入ると、彼もゆっくりと腰を上げ、両方の剣を抜く。
「ドライ=サヴァラスティア……だね」
「ウルセェ、ぶっ殺してやるから、掛かってこい!!」
超重量のブラッドシャウトの矛先を、彼に向けると、ぴたりとそこで止める。まさに死の宣告である。それに対して彼は、不敵な微笑を浮かべるだけである。
だが、その一方でローズは、何かが引っかかるものがあることを感じていた。戦闘の準備を整えたのは彼女であるが、それは備えである。だが、ドライのように動くことが出来ないでいる。
それは彼の横を通り過ぎた瞬間から始まった疑問である。
その瞬間にはすでに、二人の戦闘は始まっている。その中、ローズが視線で追うのは、ドライではなく、彼だった。
イーサー達を倒した彼だが、ドライを相手にするとまるで、子供のようにあしらわれつつある。自慢の二刀流も思うように使えない状況にあるようだ。漸く距離をとり、ドライに弾き飛ばされないようにしていうる。
それでも、ドライと初めて対戦した人間とは思えない動きだ。明らかに何かを得てドライと戦っている。
「まさか!あの男……」
ローズが、それに気がつき始めたころだった。
「テメェ、オセエよ!」
ドライは、シルベスターモードこそ使っていないものの、力に全くの歯止めをかけていない。本当に殺す気でいる。
ドライは、さらに深く彼の懐に飛び込み、まず左手の剣を内側から外に弾き飛ばし、次に右手の剣を叩き落とし、もう一段飛び込み、回し蹴りで青年の腹を蹴る。
「ぐ!!」
内蔵自体が飛び出てしまいそうなほど、強烈な蹴りである。一瞬で呼吸すら封じられてしまう。蹴られた勢いで、体勢を崩し、背中を大地にぶつけ、滑り、漸く止まった瞬間その視界に入ったのは、矛先をまっすぐ自分の方に向け、飛び込んでくるドライだった。
内蔵が傷ついたらしい。彼は、咳と同時口から、血を吐く。が、すでに腹の据わった穏やかな眼をしている。先ほどまでとは違い、澱んだ暗さはない。
「ダメ!ドライ、殺しちゃダメ!!!」
慌て取り乱し、張り裂けそうなほどの叫び声をあげるローズ。ドライのブラッドシャウトが、彼の心臓を貫かんとするまさにその瞬間だった。
ローズは、ドライの真横から駆け込むと同時に、ブラッドシャウトの面に、両手の平を当て、魔力を爆発させる。
不意に攻撃を受けたドライは、体勢を崩し、青年を飛び越え、回転しつつ、右腕を下にして、大地に叩き付けられる。そして、その衝撃で、ブラッドシャウトを落としてしまうのだった。
ローズも衝撃で跳ね返され、後方に転げる。
「痛!!」
砕けそうなほどの激痛が彼女の両手首に走る。だが、それでも立ち上がり、二人の戦闘を止めさせるために、ドライと彼の間に割ってはいる。
「何してんだ!頭おかしいんじゃねぇのか!テメェは!」
「取り乱さない!!鈍感!!そっちこそわかんないの!?この子をよく見て!!」
ドライが立ち上がるなり、今度はローズと激しい口論になる。
「はぁ!?」
全くそこを動こうとしないローズが、ドライには理解できなくなる。
「ゴホ!やっぱりドライは強い……、父さんやオーディンが言ったとおりだ」
息苦しいはずなのに、明るい声で思いの丈を叶えたような彼の言葉。穏やかな声色だ。
「ドライ!この子、ジュリオよ!」
「だったら、何で俺の家族に手ぇかける真似すんだ!」
「落ち着いて!みんな倒れてるけど、命に別状はない!違う!?」
ドライはキョロキョロと周囲を見回す。そうだ、確かにローズの言うとおり、全員倒れてこそいるが、手足を折られるでもなく、身体的に戦闘不能というわけではなく、荒稽古を終えた後のように、疲労困憊になってしまっているだけなのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます