第3部 第5話 §16 技量の差
「主は不在だ。素性の解らない者を、訳もなく通すわけにはいきません。後日改めてお越しいただけませんでしょうか?」
エイルの顔から緊張の色は消えない、無表情のままで、言葉だけを繕うのがやっとの状態だ。すでに解っていることだが、彼との戦闘はすでに不可避であるようだ。
「残念……」
そう言った、彼の表情は一瞬ゆるんだが、次の瞬間ぎらりとした野生の眼になり、それと同時に、彼の両刀が引き抜かれ、左右から挟み込むようにして、同時にエイルを斬りつける。
エイルは、左手で空気で出来たシールドを張り、右手の剣で、もう片側の剣を防ぎ、時間差を作ると同時に、間合いをあける。
「はぁはぁ……」
よく防げたものだ。エイルは自分でもそう思う。習慣的な判断力の良さが彼を助けた。しかしすでに、重圧に息が上がる。
エイルが引くと同時に、四人が横一線に並び、それぞれ剣を構える。
「私がやる……」
フィアが言う。
今の状態で防御力が最も高いのはフィアである。これに反対することは出来ない。
普段穏和な語尾を持つフィアの言動が、凛々しく明確で、決意に満ちている。
フィアは、馴れたフェンシングスタイルで、矛先を相手に向ける。非常に広い間合いだ。たとえ二刀流であろうとも、その隙を狙うのは難しい間合いだ。彼女の長身が、さらにそう思わせる。
「NO.2が相手をしてくれる訳じゃないんだ」
黒髪の青年が発したその一言。別に彼は、彼らの関係を知っているわけではなかった。ただ、エイルからそんな雰囲気が漂っていたのである。無論その中に彼が感じているNO.1が不在であることも、何となく解っていた。ただ、誤解をしてはいけないのは、腕力や剣術といった意味合いではない。
エイルは自分がそう言われていることを理解する。その言葉にも腹が立たない。何故なら彼の鋭い視線とは裏腹に、その言葉には、邪念や悪意、蔑みや嘲りがないからだ。
ましてそれを感じている余裕がない。
フィアが、切っ先で、ヒュッと空気を掻くと、炎の糸が棚引く。リズムにノットフィアのフットワーク。眠たげな眼だが、その瞳の色は鋭く相手を見据えている。相手が自分に飛び込み、確実に隙を作る一瞬を待っている。
「エイル!」
グラントも構える。
「まて!フィアの邪魔になる……」
それが正確な判断だった。
それにしても、黒髪の青年は、フィアが炎を操る剣を持っていたとしても、全くそれに驚く様子がなかった。彼はすでに、その世界を知っているようだ。
黒髪の青年は、ゆらりと動いたと同時に、一気にフィアとの間合いを詰め、二つの剣を駆使して彼女を攻め立てる。二刀流で厄介なのは、連続攻撃ではなく、別方向からの同時攻撃である。どちらを防ぐべきか?その、瞬時の判断の鈍りは、まさに陽動である。そして、時には片方の剣で、壁をこじ開け、もう一つの剣で、敵を斬る。変幻自在の流れだ。
フィアの防御壁が発動しないのは、まだ彼女がそれを見極めている証拠である。防戦一方にこそなっているが、危機的状況ではない。それに、体が後方に仰け反っているわけでもない。前で相手の剣をさばきながら、上手に後方へと足を運んでいる。
「グラント……、隙を見て俺も出る。相手の足が止まったら、アレをぶちかませ。いいな」
エイルが静かに呟いた。グラントは頷く。エイルはフィアが作ってくれる好機を、見定めている。まずは相手の動きを知ろうとしている。
「いくら炎の剣を持っていたとしても、攻撃に転じることが出来なければ、ただの飾りだ。解るかい?お嬢さん」
彼は瞳のぎらつきとは対照的に、冷静にフィアを見つめ、彼女との戦いを楽しんでいる。
一方フィアには、それを楽しむゆとりなどない、言葉を発すると一気に攻め寄られてしまいそうだった。
黒髪の青年が、フィアに語りを入れた瞬間だった。エイルが、フィアの真逆、つまり、青年の背後から斬りつける。
彼は、両手でフィアを攻めるのを止め、左手をエイルの攻撃をエイルのために割く。
「なんて奴だ!」
エイルは、その常識を越えた反射速度と攻撃力に、度肝を抜かされた。それは左右に二人を挟みながらも、彼の攻撃力、防御力が全く落ちていないからだ。
「なるほど……NO.2の人は、大気の刃か……」
二人を相手にしながら、回転しつつ、まるで舞うようにして、戦い続ける黒髪の青年。見事な足裁きと手さばきである。
あと一手足りない……。ミールが、それを見て思う。そして、その一手を築けるのは自分だけである。つまり、グラントが大技を仕掛けられる状況に持って行くのが、エイルの考えである。
ミールは遠方からの魔法攻撃も考えたが、下手をして仲間にも当たってしまうコトを恐れる。それだけ彼の等の動きが素早いということである。
「グラント、待ってて出番つくったげるから!」
走り込んでくるミールが、青年の視界に飛び込む。彼は、回転するのを止め、踏ん張り今度は体をねじった力を大きく放ち、二人を弾く。
エイルを弾くことは出来るが、フィアは、直接狙われすぎたために、防護壁は発動し、彼の動きは止まる。
衝撃で、右手の剣を放してしまう。僅かなミスが、計算を狂わせる。
ミールは深追いをせずに、急ブレーキをかけ、右方向に大きく飛ぶ。まさにそれが一手だった。
「アースシェイカー!!」
グラントが叫びながら剣を大地に突き刺すと、地響きとともに荒れ狂った大地が裂け目を作り、地面を掘り返しながら、黒髪の青年めがけて一直線に走る。その破壊力は分散していた先ほどの力の比ではない。
だが。
「相殺!!」
彼は残ってる剣を大地に突き刺し、そう叫ぶ。すると、彼の方からも、大地の亀裂が走り、二人の中間地点で大爆発を起こす。
「風神!!」
そして、くるりと一舞しつつ剣を振るうと、暴風が放たれ、四人とも吹き飛ばされてしまう。
さすがの大爆発に、ベッドの上で甘い時間を重ね続けていた二人にも、その衝撃が伝わる。
イーサーは思わずリバティーの頭部を抱きしめ、万事の衝撃から彼女を守る体制をとる。
「イーサー……今の何?」
「やな……
現実に引き戻された彼は、その危険な空気を読まずにはいられなかった。
だが、イーサーは今一度リバティーの腰を引きつけ強い密着間を求める。
「あ……」
それに震えずにはいられないリバティーだった。
それからイーサーは、頬を重ね、耳元にキスをした。
「ごめんよ……行ってくる」
だが、次の瞬間イーサーは、躊躇いなく彼女から離れ、身支度をして、急いで部屋を出て行く。
表に出たイーサーは、セシルに作ってもらった剣と、まだ何の変化も見ることが出来ない銀の円錐を握りしめそこに立つ。
「みんな……」
酷い光景だった。激しい起伏を作った大地の上には、ダメージを受けた四人と、剣を拾い上げた黒髪の青年が、立っていた。
イーサーは、一番近くのフィアにまで走り寄る。
「私は平気。勢いで倒されただけだから、でもみんなは、ダメージ酷いよ」
やっと出てきたイーサーに対してフィアは非難の言葉は浴びせない。元々は、彼を呼ぶ間もなかっただけの話しだったのだ。
「状況わかんねぇけど、許せねぇ!。俺が相手してやる!」
イーサーは威嚇程度に、右手で剣を一降りして、鈍く重い風切り音を立てる。
「無理だよ!四人がかりでだよ!?」
「関係ねーよ!」
イーサーは、完全に頭に血が上った状態になっている。残るのは意地だけである。そうと決めたら後には引かないイーサーの悪い部分がそこに出る。
「イーサー!」
それは、リバティーの声だ。彼女は、玄関から漸く顔を出している。着替えてはいるが、上に羽織っているのは、カッターシャツ一枚である。
「パールピンクの髪……」
黒髪の青年は、ふとそんなことを呟く。そして心の中にある何かを探っている。それから、口元をふっと微笑ませるのだった。
「お嬢!出てきちゃだめだ!」
イーサーは、無意味に気合いの入った叫び声を上げることが多い。だがこのときの叫びは、それまでの者とは全く異なっている。重く悲痛な感情が含まれている。彼自身今の状況がどれほど危険なものであるかは、十分に把握していたのである。
彼女だけは危険に晒してはいけないという感情が、ありありと現れている。
「やるっきゃねぇ!!うおおお!」
ガムシャラなイーサーは、鎖の通された円錐を首にかけ、両手で剣を握りしめ、一直線に彼に突撃をかける。だが、イーサーの実力は、エイルと僅差である。思いの丈だけが、力を倍増させることは、あり得ない。
ほんの少しずつ実力に微力を貸してくれるだけだ。
だが、速く強いイーサーの剣は、確かに一つ飛び抜けたものを感じずにはいられない。でたらめに見える太刀筋だが、思いの外隙がない。
「ダメだ……あれじゃ……ダメだよ……」
唯一動けるフィアが、イーサーを見て悔しそうにそれを眺める。
どうにもならないと解っていながら、フィアも構え直す。イーサーだけではどうにもならないのは確かなことだからだ。
「そうだ!パパに、電話しなきゃ……」
だが、リバティーの願いは空しく通じることはなかった。
「ダメだ……パパ、電源入れてないよ……、ああママもだ……」
リバティーは、懸命に願いを込め、携帯電話を握りしめるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます