第3部 第5話 §15 黒髪の青年

 二人が長い休憩に入って暫く時間が経つ。


 エイル達は、心地よい汗をかいていた。

 特にエイルとフィアは、武器の個性が変化したために、そのバランスに馴れるために、より基礎的な訓練に余談がなかった。

 特にエイルは、二つの形状を使いこなさなくてはならなかった。

 通常の状態は、ロングソードであるが、魔力を込めることにより、彼が本来求める170センチを超えるグレートソードになる。物質化した大気で補われた刃は薄く強く鋭く、尚かつ重量がない。以前の剣よりより高度な扱いが出来るのだ。

 ただ現状では、魔力を消費し続けるという、欠点もある。フィアのように守護精霊を見つけなければならない。尤もそれは、ノアーに会えば良いことなのだが――――。

 「俺のは、変化ないなぁ。なんでだろ……」

 グラントは、色々試してみるが、どれもピンとこないらしく、剣から特殊能力が発せられることはなかった。

 「私も~。なんでだろ~」

 ミールもふくれっ面をしている。

 「グラント。お前は、それ以前に強烈な技持ってるだろ?ミールは魔法が得意だしな、二人とも剣にこだわりすぎてるのかもしれないな……」

 それがエイルの会見だった。


 「イーサーの奴、勉強進んでるのかな?」

 少し集中力を欠いたフィアが、額に手をかざして、家の方角を見る。

 「お嬢は頭いいらしいよ。イーサーの奴が言ってた。教科書見て一発で問題を解いたって」

 この辺りから、それぞれ少しずつ休憩に入り始める。一段落といった様子を見せて、厳しい表情が和らぎ始める。

 「今頃絶対別のコトしてると思うよ、絶対」

 ほぼ鋭いミールの発言だった。少しその時間が羨ましくも思える。

 「エイルぅ~♪」

 と急に思い出したように、エイルの腕にしがみつき頬ずりをして、愛想を振りまく。

 「ば……馬鹿……人目があるだろ!」

 エイルはすっかり照れてしまっている。だが、離れろとは言わない。

 こちらも負けず劣らずだと、グラントとフィアが目を合わせて、呆れてクスクスと笑う。

 「フィア、相手しくれよ」

 「珍しいじゃん。自分からなんて」

 「まぁね」

 このグラントの言葉には、多少ドライのいっていた言葉が耳に残っているためだった。いつもは同意を求める形で、差し伸べられる彼の言葉だったが、今回は希望が明確に出ている。

 グラントの剣は、現在のエイルのそれより、緲に重みがある。エイルはグレートソードという、物理的質量で、それを補っていたのだが、新しい剣は、それがない。必然的に、得られるエネルギーが少なくなる。

 エイルの剣よりさらに質量の軽いフィアの剣は、自然と手数が多くなる。元々彼女の剣は手数勝負になる傾向がある。

 「魔力込めてる?」と、フィア。

 「ん?ああ……」グラントが答える。

 フィアの剣は、振るうたびに炎が棚引く。地に振れれば大地を焼き、大気に振れれば大気を焼く。

 グラントは、手数の多いフィアの剣を凌ぎながら、一度距離を開けさせるために、バスタードソードの長い柄を、順手逆手と持ち替え、風車のように振り回す。

 するとどうだろう、距離を置こうとしたフィアの足が、ズルズルと大地を滑り、グラントに引き寄せられる。

 「え!?」

 強力な重力場の発生である。

 「グラント!アレやってみろ!」

 エイルの声が、飛ぶ。

 「アースシェイカー!!」

 グラントが叫ぶと同時に、剣を大地に突き刺すと、平衡感覚を失うほどの、激しい上下の揺れと同時に、エイル達は吹き飛ばされる。集中した重力場の解法である。

 一番近くにいたのはフィアであるが、守護精霊の作り上げた防御壁により、どうにか無傷である。だが、体中が衝撃に、痺れている。

 「いたたた……」

 エイルは、ミールを庇いながら倒れたため、あっという間に小石や砂埃にまみれてしまった。

 「ご……ごめん!不意にやったから、方向を決められなかった!」

 オロオロと、全員の無事を確認するグラントだった。幸い誰にも怪我はないようだ。

 「あぁ……、地面ぼこぼこになっちゃたったね」

 重力場を操る力は、水や比を扱うよりも遥かに高等だと言われている。理由は存在するその規模の大きさ、質量の高さも関わる。非流動的であることも挙げられる。だが、発動できれば、そこから得られるエネルギーは非常に大きいものであるのだ。

 重力係数を変化させることは、尚複雑な作業である。意識下で数式を組み上げるわけではないため、元来の資質がそれを左右する。いわば先天的な才能である。

 「一撃必殺だよ……ホントに」

 エイルは、立ち上がりながら、そう呟く。そして、その破壊力に呆れるしかなかった。さらに、それは今までの比ではないことを知った。

 そのとき、「ザ……」と、いう地面の土をする足音が聞こえた。それは人の足が止まる音である。

 その音に、全員が耳をピクリと反応させる。

 それはエイルの背中側で、サヴァラスティア家の前にあるバス停付近だ。本来なら気にしなくてもいい生活音である。そして、距離的に聞こえるような位置でもない。だが、耳に届く。

 一つは、前後の流れから考え、全く脈絡のない音だったためである。そして、もう一つは、その存在感。

 自然と振り向いたエイルの視界に入ったその人物は、髪質の堅い黒髪を持ち、全体がおおざっぱな寝癖のように、整わない状態で、どうにかヘアスタイルと呼べる状態である。頭髪は額まで掛かっており、あまり陽気な雰囲気ではなさそうだ。


 しかし、それはなにも、ヘアスタイルためだけではなかった。

 彼の口元がすでに何かを起こそうと言わんばかりに、不適に微笑んでいるのだ。


 彼のその他の特徴は、鋭く流れるような眉と、ダークグリーンの知的な瞳の色といったところだ。

 顔立ちはスラリとしている。全体的に知的さを感じる。


 背丈は百七十センチ半ば程度で、ローズと比較するとほぼ同じ身長だ。

 スタイルも線の太さがない、タイトな黒ジャケットに黒いズボン、黒いブーツ。

 特徴的なのは、両方の腰に据えられている、やや短めの剣である。一見してそうだが二刀流であることが解る。


 エイルがそれ以上に気になっていたのは、彼から放たれる、獲物を探すような張りつめた空気である。血に飢えたピューマのように瞳だけが、茂みの中からひっそりとそれを探し続けるようにも見える。

 「この辺りに、達人がいるって聞いたんだけど?」

 青年の声は、思ったより柔らかい。声の音も僅かに高い。やはり線の太い感じのものではない。何かのゆとりから、それが生まれているのは、間違いない。

 こういうときは皆、自ずとエイルにその役目を廻す。そしてエイルも、それを引き受ける。

 「ここは農夫の家です。場所を間違えられたのではないですか?」

 エイルの声も静かだったが、それには棘がある。彼とは異なり、エイルには柚鳥がない。自分が言葉を発して尚解ったことだが、重圧がある。呼吸の分だけ、息苦しさが増す。

 黒髪の青年は、すうっと、エイルの握っているものを。指さす。

 それは通常の状態の彼の剣だ。それを持って、そう言う彼に対して、可笑しげにクスリとほほえむ。だが、視線は全くゆるまない。二人の互いへの観察は終わらない。そして、譲らない。

 エイルもそんな言葉で、追い返せるような相手ではないということは、雰囲気でとうに察していた。

 だが、彼が譲るか譲らないかが知りたかった。

 現実的問題で一つ、エイルが把握していることは、彼の目的は、明らかに自分ではないということである。

 ましてや、フィアやグラントでもない。間違いなくドライを指しているのだ。

 エイルが危惧したこと。それは、この街で度々起こる事件である。ドーヴァにしてもオーディンにしても、エピオニア十五傑であるということ。今までの事件はそれに関わっていると言うこと。だとしたら、そこを出入りした彼らや、それに関わる自分たちの足跡をたどりやってきた人間が、それをつけねらう人間である可能性が否めないと言うことだ。

 もう一つは、その力を欲している人間がいるかもしれないという可能性である。

 「君の眼……怖いよ」

 黒髪の青年が発した、その一言の方がよほど冷気のような冷たさを含んでおり、背筋を凍らせた。

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