第3部 第5話 最終§ 混乱と挫折の後に……
「バッカヤロウ!なんでだよ!マジか!おい!しっかりしろ!」
ドライは、彼の言った一言が気になり、すぐに詰め寄り、ジュリオの体を起こす。
「大丈夫、これでも寸前で引いたから……死なないよ」
そのとき、子供の頃のジュリオのような穏やかでおっとりとした瞳が、ドライを捉える。懐かしいダークグリーンの瞳だ。息苦しそうだが、笑って答える。
「何も知らずに、テメェの甥っ子殺してどうするんだよ!俺は!!」
ローズがあと一歩遅れていたのなら、間違いなく手遅れになっていただろう。
「ドライに殺されるなら、それでもいい」
ジュリオは、ゆっくりと体を起こす。内蔵には響いているようだ。
「ごめんなさい。一度全力の貴方を見ておきたかったんだ。どんなことをしてでも……どんな結果になったとしても……」
座り込んだジュリオは、口から流れる血を拭きながら、深くドライに謝る。
「デカくなったな……おい……」
ドライは、今までの状況を忘れ、危うく殺しかけた甥っ子をギュッと抱きしめた。頂点に達した怒りで我を忘れたことに気がつき、自分を取り戻しほっとた事が、彼にそうさせた。
「父さんより一寸大きいだけだよ」
ジュリオは、クスクスと笑い始める。
「頼むからもう、こんな馬鹿なことすんなよ……」
ドライには、本当にショックなことだった。勿論それはジュリオの想定の範囲内で、ドライという人間の性格を十分に理解した上での行動であるため、実のところドライには差ほど非があるわけではないのだ。
だが、長い年月もう一つの大事な家族を放り出していた報いなのかもしれないと、ドライに思わせるには、十分な衝撃だった。
ジュリオにとっても懐かしい感触だ。体中の緊張が緩む。
「大丈夫か?立てるな?」
ドライにそう言われると、ジュリオは頷く。
そして次にドライのした行動は、エイル達を起こすことである。
「おい、ガキ共、大丈夫か?」
「大丈夫も何もない……体中が軋んで言うことをきかない……」
どうにか声を絞り出し、まず起こされたのはエイルだった。
「すみません……俺たち家、守れなかったです」
まだ状況を把握しきっていないグラント。
その間ローズは、フィアとミールを抱き起こす。
「ミールは、私が連れて行くから、姉御……イーサーの奴頼むよ」
フィアは、他の誰よりもダメージが低い。だが、精魂果てている状況には代わりない。ただ空気が落ち着いたため、どうにか動けるようになったのである。
「ほら……しっかり!踏ん張るの!」
ローズが次に起こしたのはイーサーだった。
「いてててて……」
イーサーの小さな声。こちらも相当無茶をしたようだ。尤もそうせざるを得ない状況だったというのが、正しい。
「なんでよ!なんで、みんな殺されかけたのに、そんなに冷静に戻れるのよ!!」
震えの止まらないリバティーが、家の中から飛び出してくると同時に、ありったけの声を出してドライとローズに叫ぶ。
「みんな殺されかけたんだよ!!二人とも変だよ!!」
大声を出して泣き崩れるリバティーであった。確かに二人は通常の感覚を持ち合わせていないのかもしれない。だが、ドライも怒りに我を忘れ、ローズも肝を潰しかけた。だが、それは二人がそれなりの場数を踏んでいるからである。家族の心配はしており、彼らを助け出す最善の方法も十分に頭に描いていた。
ただ、相手がジュリオだと言うことを知り、その危険性は回避された。
そして、彼が何らかの理由をもち、彼らを倒しドライの心に火をつけたのである。
その理由は、じっくりと聞くつもりだった。ジュリオが意味もなく彼らを傷つける訳がないと、ドライは信じた。先ほど交わした彼の瞳は昔のままだったからである。
だが、リバティーにそれが解るはずもなかった。彼女にはなんの経験もない。
「リバティ……」
予想以上に神経が恐怖で逆なでされている娘を見てドライは、動揺を隠せない。ジュリオが目的のために、家族を傷つけたことには何ら変わりない。
「すまねぇ……」
グラントとエイルは、どうにかドライから離れる。ドライがその両腕で、まずしなければならなかった娘の抱擁だった。無事である彼等を起こすのは、その後からでも遅くは無かったのだ。
ドライの胸でリバティーが取り乱した状態のまま泣きじゃくる。
ドライは家族が愛おしいと思う心と同時に、それと同じくらい友や仲間と過ごした時間を懐かしみ、愛していた事を再度知る。
きっとここ数日の自分は、浮かれていたに違いない。年を取らないことは、時間が流れないことではないのだ。子共だったジュリオは、青年に成長し自分の知らない人間となって、現れた。彼だと解るまで時間が掛かった。
再開に喜ぶことは、時間を埋めることとは、似て非なるものなのだとドライは痛感する。
暫く、泣きじゃくるリバティーを、ドライが宥め、それを見守るという時間が続く。
懐かしさに甘えたくはあるが、自分の仕掛けた茶番で、リバティーを傷つけてしまったと思ったたジュリオは、そこを去ろうと考えた。だが、その前に一つすべきことがあった。そしてそれが本来の目的なのである。
「ローズ……これを。オーディンから、預かったんだ」
ジュリオは、ジャケットのファスナーを降ろし、懐の中から、一通の手紙を取り出す。それはしっかりと封がされ、宛先は子供達になっている。「サヴァラスティア家の子供達へ」と。
そして、去ろうとしたジュリオだったが、先ほどのダメージのために、膝を崩し、そこに座り込んでしまうのだった。
「やっぱり、ドライは強いな……」
ジュリオは動けなくなってしまうのである。
やがて、彼らの心の動揺が収まらないまま、夜を迎える。イーサー達が来て、食卓が沈黙に等しいほど静まりかえっているのは初めてだ。
というのも、ドライとローズそしてドライの腕の中のリバティー以外そこには、誰もいないからである。
フィアもミールも、エイルもグラントもイーサーも、そしてジュリオもベッドの上で沈黙の時間を迎えている。
食事も軽食に近いものばかりで、それぞれの寝室で取ることになる。イーサーは、数日ぶりにグラントの横のベッドで眠ることになるのだった。
やがてローズも寝静まり、深夜が訪れる。風の鳴き声だけが漸く聞こえる静寂の中、イーサーは、デッキに立、月夜を眺めていた。
思案深く遠くを眺めている彼は珍しい。だが、眺めずにはいられなかった。
暫く眺めていると、グラントもエイルも姿を現す。
「なんだ……眠れないのか?」
「お前らも……か」
三人は、目を合わせることなく同じように月を眺めるだけだった。
「ふがいねぇ……」
イーサーが、ぽつりと呟く。それはエイルも同じだった。
力の差をありありと見せつけられる場面は幾度もあったのだ。魔物との戦い、ドライとローズの手合い、オーディンとドライの手合い。魔物との戦いは危険を感じていたが、体にたたき込まれる前に、ドライやオーディン、ブラニーが、それを倒している。
今度は死に直面した。状況を把握することが得意なエイルですら、その余裕さえなかった。
納得の行かないまま、朽ち果てる寸前だった。
死ななかったのは、ジュリオに生かされたからだ。彼はそもそも自分たちを殺す気など毛頭なく、最高に戦意に満ちたドライと直面するために、自分たちをその踏み台にしたのである。
エイルが、そのことに気がつく。少し把握するのが遅れすぎた。
尤も、あの時点でそれを把握したところで、ジュリオは手を緩めなかっただろう。
ドライに倒された直後のジュリオは、ドライに殺されることを半ば本望かのように、穏やかな眼をしていた。何故そういう意志に駆られたのか?彼らには解らない。
ただ、ジュリオにとってドライはそれほどの存在だということだ。
「俺……お嬢を守れなかった。守ってやりたかったのに……」
結果だけに生かされている自分に失望すら感じている様子だった。
「二人とも、体動く?」
グラントが、エイルとイーサーに、そう尋ねる。動かないと言えばそれは嘘になる。二人は何気なく頷くのだった。
「んじゃさ!寝れないし、特訓しよう!俺たち、天険を目指してんだろ?な?」
グラントが、一歩先に踏み出し、地面に降り立ち、両手を広げて残った元気を奮い立たせる。
そのグラントの頭の中には、ドライが言った「たまには二人より先を歩いてみてはどうだ?」というその言葉が、ずっと繰り返し呟かれている。
「そうだな……、悔やむだけなら誰にでも出来る。俺たちは殺された訳じゃない、やろう!」
「んだよ!なんかずるいぞ!俺だって別にへこたれてた訳じゃないんだぜ!?」
二人に先を越されたイーサーは、少しだけ嫉妬心にむくれてしまう。すぐに追いつこうと、慌てて自分の気持ちを主張するが、明らかに先ほどの彼は凹んでいた。
三人は、リビングの窓から漏れる、漸くの光に、照らされながら、思うように動かない体を引きずりながら、より鮮明なイメージを脳裏に浮かべながら、一晩剣を降り続けるのだった。
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