第3部 第5話 §13 聖霊剣士

 次の瞬間だった、結界に包まれていたイーフリートの灯火が、剣の鍔に埋め込まれている水晶に、ひゅ!っと吸い込まれるのだった。それと同時に、すべてが銀色に輝いていたフィアのロングソードが、朱色に染まり始める。レッドスナイパーや、ブラッドシャウトのような、鮮血の深紅ではない。絶えず鈍く光り輝く静かな炎のように思える朱色だ。事実うっすらと光を放っている。そして、鍔も金色に色づく。

 どうやら、セシルの作った剣は、精霊の影響でさらなる変化を得るようだ。

 「さてと……」

 ローズが、リモコンのスイッチを押し、テレビの電源を切ると、重たげにゆっくりと腰を上げ、一度背伸びをして、体内に新鮮な空気を取り込む。

 「じゃぁ試してみようか、おいで」

 ローズが、玄関の横に、無造作に立てかけられている、レッドスナイパーを手に取り、ふらりと、外へと向かい歩き始める。言葉にはあまり喜怒哀楽を感じない。静かなものだった。

 「あ、うん」

 フィアはエネルギーの静まらない感じが残る、自分の剣を手に、より強く握りしめ、ローズと同じような歩幅で、表に向かう。

 デッキの上ですっかり熟睡しているセシルと、そのそばに座っているドーヴァ。

 ドーヴァは、ローズが動き出すと、立ち上がろうとする。

 「ゆっくりしてて、けが人なんだから」

 さらりと制止するローズだった。重くはないが浮かれた空気でない。それが理解できたドーヴァは、もう一度腰を下ろす。

 ぞろぞろと表に出ると、ローズは適当な位置で歩みを止める。家から少し離れた、ここしばらく彼らがトレーニングに使っている空間に足が止まる。

 それは、サヴァラスティア家の広い庭先だ。舗装のされていない路面と、家の間。その境界線は定かではない。

 ローズは、徐に右手の平をフィアに向ける。

 「え?」

 何の心の準備も出来ていないフィアに対して、ローズは、一発、赤い光の光線を放つ。ニードルレイの魔法である。

 それは、直接フィアを狙ったものではなく、微かに彼女の左頬をかすめるように狙ったものだったが、フィアは反射的に、肩を窄めて、硬直してしまう。

 だがそれは、フィアの横を通過することもなく、手前一メートルで、弾かれて消失してしまう。

 その際、赤く薄い半透明の壁が一瞬見える。そして、そこに何かが映し出されたのか、模様らしき者も見える。どうやら、それは文字などではなく何かの絵のようだ。断片的で何かは解らない。

 「ただの剣じゃないのは、解ってたけどね」

 次にローズは、間髪入れずに、しゃがみ込むと同時に、ブーツの中からナイフを取り出し、同じようにフィアに投げつけると、それもやはり、障壁に阻まれ、弾かれてしまう。

 「シェル……ね。フィア!かかっておいで!」

 ローズは立ち上がると同時に、自分に向かって攻撃を仕掛けるよう、彼女に手招きをする。

 そして、一度レッドスナイパーを八の字に降り、矛先をフィアに向ける。

 「えっと……」

 フィアは思わず、スタンスを広くとり、身構えようとするが、その姿勢はフェンシングの構えだ。

 戸惑いながら、剣を下げ、ゆらりとローズを観察するように動く。

 二人の間合いが徐々につまり始める。

 ローズも威嚇をするのをやめ、剣を降ろし、いつでも剣を振り抜けるようにする。右手は柔らかく開かれたままだ。片手、両手、どの状態でも剣をさばけるようにしている。

 フィアは、二人の間合いがつまり、自分の攻撃範囲にローズを捉えたと感じると、踏み出すと同時に振りかぶり剣を上から叩き落とす。

 ローズは右手を柄にそえ、両手で下から剣を跳ね上げ、それを受け止め、弾く。

 フィアは弾かれた剣を両手に持ち直し、今度は体ごとローズにぶつかる。鍔迫り合いで、一見すれば体格のいいフィアが有利に思えるが、その力量は逆である。歯を食いしばるフィアに対して、ローズは鋭い視線のまま、にこりと微笑みを返している。

 「ちゃぁんと、気合い込めて、振り抜かないとダメよ」

 ローズからのアドバイスである。

 フィアは、押し切れないのを感じて、ローズを押しつつ、もう一度間をあけ、今度は右手一本でスナップを利かせ、剣を真横に振り抜く。

 そしてロースは、垂直に剣を立てたまま、それを弾き、右手を離し、前に踏み込むと同時に体を捻って一度遠心力をつけ、そのままフィアの頭の上から剣を振り下ろす。

 それでも、十分彼女のスピードを考慮したものだ。しかしそれでも慌てながら剣を受け止めるフィア。速く鋭く重い太刀筋だ。それでもオーディンなどに比べれば、その質量は小さいものだ。ドライと比べると、雲泥の差である。

 ローズはそのまま上から押し切る事はせずに、一度引き態とフィアにチャンスを与える。

 彼女にとってその隙は、絶好のものに思えたに違いない。尤も、それでローズに勝てるなど思ってもいないことだ。

 「やぁ!」

 一つ気合いの声が入り、ローズの左サイドに剣をたたき込む。

 そのときに、剣本体が炎に包まれ一閃の炎が棚引く。

 ローズは内回りに剣を回転させ、右手で面を支え、レッドスナイパーで壁を作り、外側からのその攻撃を防ぐ。

 フィアは、一度態とそれに剣をぶち当て、その反動を利用して、体を逆回転させ、腕をたたみ、脇を締めつつローズの右側を攻める。その間に引かれた炎の糸は、残光となって残っている。

 それと同時にローズも、体を入れ替えるために、左回転し受け止め、押して弾き流し、素早く正面に向き直すと同時に、剣を内回りに廻し、上から叩き付ける。フィアが受け止めると、彼女の左、右と、連続で彼女を慌てさせるのだ。

 フィアが動揺を隠せない間に、ローズは大きく後方に飛び退き、しゃがみ込み、前進のバネを使って、一気にフィアに突進をかける。

 「出た!ボディーブリット!」

 ドーヴァは思わず叫んでしまう。その加速は、ドライとオーディンとの手合いに割り込んだあの技だ。

 だがここで大きく違ったのは、そのまま体当たりをフィアにぶちかましたことである。ローズはあの瞬間に防御壁を体に纏っていた。

 無我夢中のフィアとローズの防御壁がぶつかり、そこから衝突と魔法が生み出す、高エネルギーの青白い火花が散る。それと同時に、先ほど見えていたフィアの防御壁の中に、イーフリートが見える。

 衝撃が広範囲であったためだ。まさに彼女を守護しているのである。

 しかしそれも一瞬のことだった。フィアは完全に押し負け、後方に大きく吹き飛ばされ、地面に倒れ、背中をこすりつけ、滑り、漸く止まる。

 誰もが圧巻する、力業だ。

 「いったぁ~!」

 フィアが情けない声を出す。本当の戦いならば、それでも瞬時に戦闘態勢に戻らなければならないのである。その辺りが時代の差である。彼女には生き残るための自覚というものが、まだまだ足りないようだ。

 それは、他の者達にもいえる事だろう。

 「こら!受け止めるならしっかり踏ん張る!!」

 ローズは、先ほどフィアの立っていた位置とほぼ同じ位置に立っている。必要以上の力を加えてはいない証拠だ。珍しく厳しい言葉を投げかけるローズに対して、ドーヴァも久しぶりにその気合いを感じるのだった。

 ふと、サブジェイの時を思い出さずにはいられない。

 ドライとローズの違いは、恐らくここだろうと彼は思った。ドライなら、詰めより、少なくとも視線での圧力をかけ、実力の差を見せつけるところだ。這い上がってこいと言わんばかりである。

 「うわぁ……」

 と、思わず声を上げたのはミールで、普通なら死んでしまってもおかしくない状況に、少し腰が引けてしまっている。

 「さぁ次々!」

 ローズは、傍観している者達に、向ける。

 「騒がしいな……全く」

 と、一人で畑の手入れをしているドライが、と奥からでも聞こえるローズの声に耳を傾け、その方角を見やり、ノンビリとして笑みを作っていた。

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