第3部 第5話 §11 初めての魔法

 「お前の剣には、何も見えてこねぇんだよ……」

 ドライが尤も厳しい杭を、グラントの胸に打ち込む。

 グラントにしても、まるで大きな金槌で、それを一気にたたき込まれた気分だ。

 「俺……駄目ですか?」

 グラントの悄げた自信のなさそうな声。イーサーと比較されているような気がしたのだが、それはドライの言いたい部分ではない。

 「そうじゃねぇ……」

 ドライは、少し考え込む。別にグラントを自信喪失させるために、そういったのではない。ドライの中で何度かつぶやかれる、『勿体ない』という言葉が、彼に話す順序を考えさせた。

 「俺たちの時代はよぉ。剣がねぇと、生きて行けなかった。俺もローズも、オーディンも……。理由があった。今は時代が違う……。街で楽しくやってりゃ、やってけるし……。俺たちとは、質……てのが違うんだよな」

 活きているのか、そうでないのかは別だが、ドライ達の剣は生きるために使われていた。明確に言えば、他人の血で、汚れているということだ。

 グラント達の剣は、その一歩手前で止まっている。いわばママゴトである。

 それを言いたいわけではないだろうと言うことは、グラントにも感覚的に解る。ならば別に自分だけを呼び出す必要はない、矛盾点が何らかの形で、出されるはずの彼の言葉を押さえ込んだ。

 「イーサーの野郎は、転んでも、勝手に起きてくるやつだ。目の前の石ころなんぞ、気にもとめねぇ。エイルのやつは、石をけっ飛ばしちまうだろうさ。でもお前は、そんな二人のケツについてるようにしか、思えなくてなぁ」

 「そんなことないですよ!天剣にあこがれて、やってんだ!」

 グラントが珍しく苛立って立ち上がり、力説をする。

 図星と否定。それは彼の心の中でぶつかり合う見えない戦いだ。

 ドライはこのとき別のことを少し考える。ルークのことだ。考えれば、何故黒獅子と呼ばれたほどの男が、山中で寒さに震えていた、記憶のない少年時代の自分を拾い上げたのか、である。

 きっとそれは、今ドライの中で繰り返し呟かれている『勿体ない』という言葉が、その答えなのだろう。捨ててしまうにはあまりのも惜しいという、その価値観。それが、衝動的に胸の中で疼く。

 興奮がやや冷めると、グラントはどかりと腰を下ろす。先ほどまで、同調しかかっていた意識が、とたんに不快なものに、なっている。


 少し時間が流れる、会話がない。


 会話がなくなってもグラントは、立たない。彼らしいところでもある。

 「まぁ、俺のカンだが、おめぇにゃ、剣以外の目的で、やってるように思えたんだよ。別にいいけどな……しったこっちゃねぇし。でも、もったいねぇって思ったんだ」

 ドライは、星空を眺めるのをやめて、ゆっくりと立ち上がり、バイクに向かって歩き始める。

 「たまには彼奴等二人より先に走ったっていいだろう?てな、そう思っただけだ」

 ドライは、話をまとめるのが下手だ、感覚的で断片的で、出るのは場当たり的な言葉だ。グラントの中に熾ったもやもやは、収まらないままだ。だが、ドライが何を言わんとしてるのかは、その最後の言葉で解る気がした。

 確かに、エイルやイーサーに吊られて動いている自分が始終居ることは確かなのである。

 「俺が……」ではなく、「俺も……」なのである。その中には絶えず自分以外の誰かの意志が介入しているというところは、まだ彼の深層心理で本人にも解りづらい部分であった。

 ドライは、その部分で彼に物足りなさを感じているのだった。


 サヴァラスティア家―――。


 「いってぇ……」

 ベッドの上で、仰向けになっているのは、イーサーである。腹にはものの見事にドライの拳の痕が残っている。しかも、振り抜かれた拳には捻りが加えられており、ダメージの蓄積は表面にとどまらない。

 リバティーが氷嚢をそのおなかの上に落とす。

 「つめて!」

 「煩い!ちゃんとパパの呼吸を読まないから、深く入ったんだよ?エイルさんは、大丈夫みたいだって、ミールさんが、いってたもん」

 「そりゃ、アイツはミールの治癒魔法かけてもらったんだから、俺よりましだって!いててて……」

 イーサーは相当参っているようだ。

 リバティーは、ふと何かを思い浮かべながら、上目遣いで天井に視線をおく。

 実は氷嚢を持ってくる前に、リバティーは、ローズと一寸した会話を交わしていた。

 回復魔法についてである。ローズがドーヴァにかけた回復魔法のことだ。その彼もまた、ベッドの上で養生をしている。

 彼女はその回想をしていた。それは、キッチンで明日の弁当の準備をしているローズと交わした会話だ。

 「ママ?回復魔法って、どうするの?」

 「ん?なに……どうしたの?今頃……」

 「一寸ね。興味本位……」

 リバティーが積極的に何かを知りたいと思うことは珍しいことだ。そう思わなくとも、何気なくこなしてしまうところが多い娘だからだ。だが、見本がないものはさすがに学びようがないようだ。

 ローズは、彼女のその好奇心を大事にすることにした。

 「掌だして」

 ローズは片手間に、掌をリバティーに向ける。リバティーは、それに自分の右手の平を重ねる。互いの右掌が重なると。

 「この者をいやし給え……」

 単純な言霊だった。しかし、それと同時にリバティーにその波動が伝わってくる。

 「その波動が、回復魔法の基本波動よ。スペリングによって、発動しやすくなるわ」

 ローズはしばらくそのままでいる。リバティーは何となくその波動を理解できた。

 「ふ~ん……」

 「解る?」

 「なんと……なく」

 リバティーは、ローズから受け継いだ波動を右手に留めながら、だらしなく歩いて行く。

 「何も知らない子が、相手の波動を簡単に留めることなんて、容易じゃないのに……」

 ローズは、思わずリバティーの背中を見ながら、そんなことを呟いてしまう。尤も親子という近い波長を持ち合う者同士だからこそ、それを容易にしたというのが、要因の一つである。


 リバティーは現実の時間に戻る。そして、イーサーの腹の上に、右手を乗せる。

 「この者を癒し給え……」

 その波動はまだ不安定だが、リバティーはローズから受けた波動を思い出しつつ、それを持続させる。そのメカニズムは本人にも解っていない。だがそれは、初めて難しい課題に直面したが、手探りでその答えを導き出す程度のものだった。何となく理解できる部分から、その糸口を探りつつ、周囲から解きほぐして行く。

 イーサーの痛みが、少し和らぐ。本当に少しで、ゆっくりとだった。エネルギー効率が非常に悪い魔法だ。

 「お?お?お嬢魔法つかえたんだ?下手くそだけど……」

 「一言多い!ったく!!」

 リバティーは、一度集中をといて、イーサーの怪我を掌いっぱいに叩く。

 「うぎゃ!」

 イーサーは、頭とつま先を起こして、またばたりと降ろす。

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