第3部 第5話 §10 見えない意思

 そのころ、エイルはドライに特訓を志願していた。借りているのはローズのレッドスナイパーである。ドライは本来の自分の剣を持っている。

 そんな彼を扱くドライの表情は実にクールだ。もう日が落ち始めて、辺りが暗くなり始めているが、エイルはやめようとしない。イーサーは放っておいても勝手に起きあがってくるのに対して、エイルには倒れることの出来ない壁が、後ろに迫っているのが、ドライにも解る。

 「お前も、こいよ……」

 ドライは、グラントにも、向かってくるように指示をする。あまり言葉を出さないグラントは、こくりと頷いて、ドライに向かってくる。彼の視線の先は慎重だ。

 「やっぱすごいよね~、アニキは……。グラントがエイルのタイミングに合わせようとしてるのに、それをずらしてくるんだもん。半歩右に揺れたりして……」

 ミールが、珍しくじっくりとした感心に浸る。

 「ふふ。伊達に、何十年も剣士やってないわよ」

 「あ~、あたしの剣まだかなぁ~~……」

 フィアは、それが待ち遠しい。腕がムズムズとしている。

 「セシル、一気にやるつもりなのね……」

 そのとき、遠くの方から、一つの明かりが近づいてくる。そして、それは庭先でやり合っているドライ達を少し回って、玄関先にたどり着いた。

 現れたのは、すっかり着替えたイーサーと、リバティーであり、荷物の入ったバッグをリバティーが担いでいる。

 「あれ?お嬢ぉそれ、イーサーのじゃん!」

 フィアがすぐにそれを見つけるのだ。タンクトップもズボンも大きいため、がギリギリではみ出しそうになっている。ズボンも絞られたベルトで漸く腰で止まっている始末だった。タンクトップの裾もウェストで縛られている。下着は全く着けていない。

 「わぁ、エッチっぽいよ!それ……」

 ミールが、少し赤面する。

 「へへ……ワイルドでしょ?」

 リバティーは、腰に手を置き、姿勢を崩して立ってみる。一寸したモデル気分だ。

 「サブジェイ達と食べなかったんだ?」

 ローズが席を立つ。

 ローズがリバティー達の夕食がまだだと思ったのは、イーサーの家からここまでの、移動時間を踏まえてのことである。

 実は本当ならもう夕食にしていてもおかしくない時間帯だったが、彼女らもドライ達を見ていため、夕食はまだであった。ある意味タイミングが良いと言えた。

 「うん。あ!そうそう、ママ!ブラニーさんから、メール入ってたよ!」

 リバティーは、ズボン後ろポケットから、携帯を取り出し、早速それをローズに見せる。

 「昨日の爆発事件で、何にもないか心配です。だって。大丈夫ですって、また遊びに来てくださいって返信したわ」

 「そう。喜んでるわね、きっと」

 女性陣は、イロイロと話をしながら、自然に室内に戻って行く。

 「あ~。俺もまぜてよ!」

 イーサーは、すぐにドライとグラント、エイルのところに加わる。

 ドライは、エイルとグラントを、一弾きで、退けると剣を抜いてすぐのイーサーに一撃を加える。

 一瞬だけつばぜり合いのようになるが、ドライの剣は強く重いため、イーサーも弾かれてしまう始末であるが、ドライはすぐに、それに迫り、もう一度、鍔を当てあう。

 「お前なぁ。人様の娘ってこと、解ってんだろうな?ええ?」

 そんなドライの笑みは意地悪だ。別段リバティーを奪われたなどと、嫉妬心に満ちた想いはない。だが、リバティーは、あからさまに、自分のものでない衣類を着用して自宅に戻ってきている。

 「え?いや!アニキ、今更そんなこといわれても……」

 二人のあられもない姿は、すでに全員に見られてしまっている。剣よりもこっちの方が彼にとって、緲に不意打ちだった。

 一瞬イーサーだけに集中しているように見えるドライに対して、その背後からエイルと少し気後れたグラントが、彼に攻撃を仕掛けてくるが、ドライは、またもやイーサーを弾くと同時に、振り返りざまに、長く想いブラッドシャウトを、時計回りに真横に振るうのだった。

 その矛先が自分たちの剣にふれただけで、弾き飛ばされそうに思うエイルとグラントだった。

 三対一になったところで、ドライはブラッドシャウトを、低い音で空気を切り裂きながら、片手で八の時に振り回す。正しくは、その長さのため、剣が地面と垂直になることはない。

 彼らは完全にドライの隙を見失ってしまう。そもそも、今まではドライが態と、隙を見せていたのである。

 それぞれの動きが、完全に次の一手を失い止まってしまう。

 その空気を動かせるのは、ドライだけである。

 彼はまず、背後のイーサーを感じた。次にエイルを見る。

 この二手で、二人の動きを封じ込めると、ドライは、左斜め前方にいる、グラントに向かって一気に走りより間を詰め、薙いで彼の剣を叩きとばし、その反動と同時に回し蹴りで、グラント自身をも弾き飛ばし、彼が体制を崩し、グラントが地面に背中を叩き付けると、ドライはそれに飛びかかり、その頭頂ギリギリの地面に、ブラッドシャウトを突き刺す。隙のない流れるような連続動作である。

 土が舞い上がり、グラントの顔にかかり、彼は思わず目を閉じてしまう。

 その隙を逃さなかった二人は、ドライにつっこむが、ドライは剣を持たずに、振り返りざま、背後に迫る二人の腹に、一撃ずつ入れる。

 二人が剣を振るう前に入れる稲妻のような一撃。ドライのそれは明らかに戦闘であり、剣の指導ではない。

 「いい感じだったが、まだまだ基礎がたりねぇな。今日はこんなもんだ。また明日だ」

 ドライは、ブラッドシャウトを引き抜いて、グラントをちらりと見る。

 「飯の後で、散歩つきあえ、いいな」

 そう言い残すと、ドライは、ブラッドシャウトを背中の鞘にしまい、ダメージでまだ起きあがれないイーサーとエイルの間を歩いて、家の中に戻って行くのだった。

 この辺りはには、町中のように街頭がない、夜になれば真っ暗だ。だが、ドライは付き合えと言う。そもそもドライがそういうこと自体が、珍しく思えるグラントだった。数日のつきあいではあるが、彼にはそう思えた。

 それに、急に自分たちを視野に入れ始めていることも確かである。尤もそれを真っ先に気づいたのはエイルだったが。

 食後、ドライは、約束通りグラントを連れ出す。

 グラントを含め、エイルもイーサーも、ドライの一撃が効いたのか、満足な食事が取れなかったようだ。それでも、ドライはバイクに乗り、空気がより冷たくなる、少し離れた丘に彼を連れて行く。

 バイクのライトを切ると、そこは、満天の星空以外なにもない、東の方には、小さくサヴァラスティア家の明かりが灯っている。

 「いいねぇ。いい天気だ……」

 少し肌寒い暗いの涼しい空気で、ドライは目が覚めたような清々しい声でそういう。普段のドライとはもう一つ雰囲気が違う。前髪をさらりと掻き上げ、より風を感じていた。

 「いいですねぇ」

 グラントは、何故自分がそこに誘われたのか?などということを忘れて、首を目一杯反らして、ダークブルーに広がる空の中に、世界中の宝石をちりばめたように煌めく空を眺めて感動に浸る。

 普段、エイルやイーサーの強い個性に埋もれがちになっている彼が、ストレートな表現を見せた瞬間だった。言葉は平凡だったが、その音は、豊かな表現力を持っている。

 「いいだろ?」

 「ええ、いいです……」

 グラントには、単純なドライのその問いかけがよく理解できた。言葉で説明すると、野暮ったくなってしまう。

 だが現実にはその夜空でさえ、旧人類の支配が散らばっている。ドライはそのことはあえて口にしなかった。史実には記載されているが、現実にそれを目にしたわけではないし、そんなつまらないことを、言いたいわけではない。

 「もったいないよな……。そうおもわねぇか?」

 ドライは、上を見上げるのに疲れ、そこにごろりと寝ころぶ。丘上には天然の絨毯が敷き詰められている。

 グラントには、ドライが何を言いたいのか、急に見えなくなった。だが、そこが落ち着く場所なのだと知ると、そこに座り込むことにする。

 「アイツと一晩中ここにいて、朝を迎えるなんて、始終だった」

 それは、ローズを差しているのだと、グラントは解る。表情はよく見えないが、愛おしさの籠もるドライのそれは、ローズにしか向けられない。

 「アニキのいってる意味……俺には、わかんないですよ」

 グラントはイライラすることはなかったが、ドライが話し出しの切っ掛けを探しているのが何となく解った。

 「まず、それだ。その『アニキ』ってのだ」

 ドライは、その言葉に彼を感じていなかった。しかしそれは問題定義のほんの一端にしかすぎない。

 「あの馬鹿は、何を思ってそう言うのかは、しらねぇがな」

 「イーサーは、ホントにアニキを慕ってるんですよ。マジ凄いって……。俺もエイルも、それに心が震えてるのは、同じです」

 グラントは、少し星空を見るゆとりをなくしていた。膝を抱えながら、俯き加減になっている。

 「イーサー、エイルじゃなくて。テメェはどうだ?って訊いてんだ」

 少しウンザリした感じはあるが、別に怒っているのではない、声の色合いは落ち着いているし、答えを性急に求めているわけでもない。

 そういわれると、グラントは口ごもってしまう。そこには確かに一つの核心があった。

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