第3部 第5話 §9 レイオニーの助言
時間が経つと、あまり生活感というものがマッチしないこの建物の内部に、リバティーも飽きはじめるのだった。本当に寝食のためだけのスペースが確保されているだけの、室内である。
部屋の広さはというと、ちょっとした室内トレーニングルーム程度の広はある。関心が向いたのは、それくらいだ。
そんなリバティーだったが、彼女は全く使われていない、三叉路の左側にある部屋の一つで、イーサーと二人で棒きれを振り回していた。
獲物はというと、箒の柄である。
「と……よっと!」
イーサーのかけ声。
「せい!やぁ!」
リバティーの気合いの声。剣の真似事のようだ。これは、ドライやローズを理解する一つの手段である。
「お嬢、筋いいじゃん!」
「ホント?でも、パパとママの娘だもんね!これくらいは……」
そういいつつ、よいストレス発散に汗を流して、爽快な顔をしている。額には髪留めと汗留めのためにバンダナが巻かれている。彼女はある程度イメージを持って、イーサーを本当に叩くつもりでいるが、彼も難なくそれを受けている。経験の差があるのだから、当然と言えば当然である。彼女に叩かれてしまっては、今まで何をしてきたのか全く解らない。
リバティーのスタミナは相当なものだ、優に小一時間は動いているが、俊敏さが萎えない。呼吸は大きく早くなっているが、楽しそうだ。
だが、そろそろ体の中の熱気に、疲れを感じ始めた。最後に思い切り、イーサーの頭をたたき割りにかかる。
しかし、これも難なく受け止めるイーサーだった。
「はぁ!気持ちよかったぁ!」
久しぶりに爽快な顔をするリバティーである。学業を営む中で、殆ど得られない刺激とは大違いである。心地よさそうに、肩で呼吸をしている。
「汗で、ベトベトだよ……」
バンダナをさらりとはずし、なお腕で額を拭く。
「俺もチョイ汗かいたなぁ」
イーサーも、ふっと息を吐く。
「君のでいいから、服かしてよ。シャワー浴びたいから」
リバティーの爽快な様子は変わらない。言葉遣いが、さらさらとしている。よほどいい気分転換になったようで、イーサーも一寸うれしい。
二人は、相変わらず、扉とにらめっこしている、レイオニーと、それに付き合いつつ、ハンバーガーを食べているサブジェイの横を、通り過ぎる。サブジェイもご機嫌なリバティーの表情を見て、思わず「へぇー」と、妙な関心を覚えてしまう。
だが、少しするとシャワー室と思える方向から、桶や、石けん入れなどが、投げつけられる音がする。両方とも金物で出来ているためか、相当派手な音だ。サブジェイは一瞬、身構えてしまう。
「いて!」
イーサーに命中したようだ。
「一緒に浴びるっていってない!!」
リバティーの高く恥ずかしそうな一言。
「ちぇ~」
と、少しすると、ずぶ濡れになったイーサーが、期待はずれだったことを残念そうに、サブジェイ達のところに戻ってくる。どうやら、シャワーもかけられたようだ。
「はは……、女ってのは、境界線がわかりにくいときあるよな……」
イーサーとリバティーは、何度も互いを許し合っている仲であり、隠すものなどない間柄だ。イーサーは、それを含めて、シャワーで彼女との一時を楽しもうと思っていたのが、その当てが外れて、少し拗ねている。
サブジェイは、昔の自分を想い出しつつ、笑っている。
「でも、無理矢理ってシチュエーションも、燃えなくはないのよねぇ、女って……」
レイオニーが、ボソっとつぶやく。
「そう……なんすか?」
「そうよぉ……、サブジェイもそうだもん……」
口だけが対応しているレイオニーのその言葉に、イーサーが自然と、サブジェイの方を向かせてしまう。とんでもない暴露話に、サブジェイが少々頬を赤くしながら、イーサーの視線を避けて、天井を見る。
「へぇ……天剣が……」
「案外、彼女待ってたりしてねぇ……」
さらに、強烈なレイオニーの一言だった。以上に平坦な言葉遣いが、妙に説得力を持たせる。
イーサの耳がピクピクと反応する。
「こ!こら……レイオ、挑発してやんなよ……」
サブジェイが、レイオニーの挑発を止めようとしたその横で、イーサーがフラフラと再びシャワールームに歩き始めるのだった。だが、レイオニーは都合よく聞こえないふりをしていて、全く答えようとはしない。
「あ~あ……」
サブジェイは、テクテクと歩いて行くイーサーをただ見送るしかなかった。
そして、今度も度派手な音を立てるが、その後は妙に静かなものだったし、イーサーも戻ってくることはなかった。
「俺、しーらないっと……」
「いいじゃん。若い時に暴走しとかないと♪」
レイオニーのクスクスと、小さく笑う声がしばらく続くのだった。
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