第3部 第5話 §8 レイオニーのリベンジ
翌夕方。ドーヴァは一つの寝室。ベッドの上で、静養している。
彼の考えていることは、自分に自爆を仕掛けた者達のことだった。ドーヴァの部下は恐らくドーヴァの身より、そちらの方を捜査しているはずだ。
ドーヴァは陰で動くと同時に要人の警護もすることも多い。だが、殆どのケースは、彼の部下が隠密に処理する。彼の立場は、ボディーガードであり、裏部隊の長である。彼自身の立場には、それ以上の価値はない。
狙われるべき人間は、オーディンやシンプソンである。
今回その目が自分に向いた。恐らくオーディンと接触したときに、自分が目を引いてしまったに違いないと、考える。
〈たぶんイーフリートの時か……俺が狙われてるとすると……〉
ドーヴァもまた、自分達全体にその牙がむかれている事に気づく。
ドーヴァは不意に起きあがる。
「っつう!」
あのとき自分と同じ場所にいたエイルとミールのことを思い出したのだ。
「ア、アカン!あのガキ共も狙われる……」
ドーヴァのそれは、現実には先走った判断だった。だがエピオニア十五傑のすべてが表舞台に居るわけではない。もし狙われているのならば、それに近しい人間も、当然標的になる可能性がある。それが彼の判断だった。
「なに、焦ってるのよ」
寝室の扉が開かれた音にも気づかなかったドーヴァだった。そこにはトレイをウェイトレスのような持ち方で立っているローズがいた。トレイの上には、暖めたばかりのスープが、スープ皿に入れられ、湯気を立てている。
相も変わらずせっかちなドーヴァだ。ローズの表情はそう語っている。
「姉御……」
ドーヴァは、どうにか起きあがった体制のまま、室内に入ってくるローズを眺めたままだった。
「そや!ガキ共どこや!俺とオーディン、サブジェイ達とイーフリートとの戦闘でおったあのガキ共、危ないんや!」
あわてて口を動かすドーヴァだった。
「おちついて!相変わらずね……」
ローズは、ベッドの縁に座ると、トレイを自分の膝上に置き、暖まったスープをスプーンに載せ、ドーヴァの口元に運ぶ。ローズは左利きのため、右側にあるドーヴァの顔にそれを運ぶのは、少々窮屈そうだ。
ドーヴァは、右手が思うように動かせない状態にも気がつく。このままでは食事もままならない。
「ん?熱いかしら?」
すぐに飛びつかないドーヴァに、ローズは、息を吹きかけてスープを冷ます。
相も変わらず艶めかしい唇をしている。ドーヴァは少々照れてしまう。
ローズはもう一度、ドーヴァの前に、スープの入ったスプーンから滴が零れないように、右手を下に添えて、を差し出す。
ドーヴァは、口をしめらせるようにして、それを口に含む。
「で?」
一呼吸入れたドーヴァに、投げかけられたローズだった。
「ああ。どうもエピオニア十五傑に関わってる人間が、狙われてるみたいなんや」
「ええ、サブジェイがそういっていたわ」
ドーヴァがピクリと眉毛を動かす。
「そうか、もう伝えとったか。俺は偶然の可能性を否定したかったけどな……それに確証がほしかったし」
ドーヴァは、タイミングよく差し出されるスープを飲みながら、事実の認識をローズに話す。
ローズは、あえてその先を訊かなかった。不安や混乱から自分を遠ざけるためではない。ドーヴァの発した言葉は、唐突だが明快だ。つまりそういう可能性があると言うことで、それに対して十分警戒をしたほうがよいと言うことである。
だが、この家から動くことも出来ない。ここは、娘が育った大事な家だ。
「セシルも来ているわ」
愛妻がこの家に滞在していることを知ると、ドーヴァはきょろきょろとし始める。壁に仕切られた狭い室内から、その向こう側の彼女を捜すことなど、到底不可能だが。セシルを捜す仕草をする。
「クス……、ごめんね。今彼女に、子供達のアイテムを作ってもらってるのよ。今は四つほど……」
そう聞くと、ドーヴァは探すのをあきらめた。セシルがそういう状態にあるということは、殆ど外気に反応できないということでもある。
「ふん……」
でもやはり、こういう状態の時は、愛する者がそばにいてくれた方が、より心が落ち着くというものだ。残念そうなドーヴァのため息だった。
夕刻。
リバティー、イーサー達が学業を終え、サヴァラスティア家に戻ってくる頃だ。
だが、イーサーとリバティーは、戻ってきてはいなかった。彼らは彼の家に向かっていたのだ。サブジェイ達も、サヴァラスティア家から出払っている。理由はイーサーの家の謎についてだ。破壊された端末とレイオニーのプライドは、どうやら元に戻ったようである。
場所は、イーサーの家が隠れている、ヨークスの街、南に位置する森の中。
「さぁイーサー君!準備いいわよ!」
張り切っているのはレイオニーである。一人すでに戦闘態勢に入っている。その気合いの入りように、イーサーが自然と、その張り切りの理由を訳を視線にして求めたのは、リバティーだった。
当然リバティーも、キョトンとしたまま、クビを左右に振る。
「丸裸にしてあげるから……」
ぼそりと意味深に不気味につぶやくレイオニー。悪女のように舌で、上唇を軽くなでる。
さすがのサブジェイも、これには引き気味になる。だが、難関が彼女を燃え上がらせているのは確かである。
「開け」
イーサーが、キーを差し出し、そう叫ぶと、彼の家の入り口が姿を表して、扉が開かれる。彼のテンションは、普通だ。自分の家だから当たり前だ。
彼らは当たり前のように、前回立ちはだかった難関の前までやってくる。
「えっと……」
レイオニーが、黄色と黒の斜線の枠で、縁取られたその扉の前で、何かを探し始める。
「あ~、鍵穴だったら、ほら……右の方に、あるっすよ」
「よしよし……、サブジェイ、キーを貸して」
レイオニーは、鍵穴を見つめながら、イーサーの持っているキーではなく、サブジェイにそれを要求した。そして、サブジェイが取り出したのは、イーサーの家と同じ形をした鍵だった。
「セシルさん特性の、変幻自在のダミーキーよ」
簡単な説明を入れるレイオニー。二人は、なるほどと、納得せざるを得ない。
そのキーには、例の端末につながるケーブルがついている。
「さて、ここからは地道に解析だから……」
レイオニーが、落ち着いた様子で端末を床に置き、キーをたたき始める。
「また、この前みたいに、なるんじゃない?」
やけに自信に満ちあふれているレイオニーに対して、イーサーは、リバティーに向けて、ふとそんな疑問を投げかけてしまう。別に悪気はないのだ。だが、その刃は、十分にレイオニーのプライドを傷つける。ずーん……と、レイオニーの周囲の空気の重力が増す。
サブジェイも思わず吹き出しそうに、なってしまう。今ではプロフェッサーとして持て囃される彼女に対して、その殆どが媚び諂った態度を見せる中、一青年がさらりと流す一言に、うなだれるレイオニーが新鮮でならない。
話を振られたリバティーが、レイオニーの状態を見て、慌てふためく。
「もう!君はどうして、唐突にそんなこというのよ!そうだ!ホラ!この前案内してくれるって言ったじゃん!ね!」
リバティーは、それ以上イーサーがよけいなことを言わないうちに、彼らの部屋がある方向へと、引っ張って行く。
サブジェイは、腹を抱えて、笑いをこらえている。
「サブジェイ!!」
とレイオニーの一喝が飛ぶと、急に背筋をシャンと伸ばし、まじめぶった顔をする。
「はいはい!っと……」
だが、直に顔をほころばせながら、自分に背中を見せているレイオニーに向かって微笑みかける。
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