第3部 第5話 §6 引き出される心
エイルは黙々と食べ始める。
「親はね……。子供がそうやって悩む姿が、結構つらいのよ?ああ……自分がもう少ししっかりしてたら……って」
「アンタは、俺の親じゃない……」
エイルは、その言葉が、自分自身の行動に対して、矛盾があることなど以前から気づいている。現に今こうして食事をしているのは、誰の料理なのか?である。
そこには満たしていかなければならない現実と、自分で生きてゆかなければならないという意志の葛藤がある。
「シンプソンはね。昔は孤児院をやっていたのよ」
そんな話し出しに、エイルは、ちらりとローズをみる。
「かわいい子供たちが、たくさん居たわ。賑やかで楽しくて明るくて……」
昔話をする懐かしさと優しさに満ちた目をしている。
戦いのすべてが終わったと信じていたあのころは、本当に楽しい時間だった。今では少し何かがかけている。
それは、満たされた部分もあり、同時に失ったものがあるためだろう。
「『清貧なんて、生きて行くためには何の意味もない……』彼の言葉よ。理想だけじゃ、どうにもならないことを、彼は知っていた」
ローズのその一言は、現実のさめた感情が、静かに広がる。その時のシンプソンの切なさをそのまま言葉にしたものだった。あの穏やかなシンプソンから出たとは思えない、道徳の否定を含んだ言葉に、エイルはローズが何を言いたいのかがわからない。
「もちろん。そのためには、手段を選ばないってことも、意味が違うわ」
生きるために何をやっても許されるわけではない。それだけの意味だった。
「だけど、私やドライの手は、血で汚れすぎてる……最低の生き方だわ……」
ローズは、自慢の左腕を軽く天井に向けてのばし、掌、手の甲を回してじっくりと見回す。逆に自分たちは、他人の人生を数多く奪ってきたのだ。そして、エイルをちらりと見る。
「生きるため……だった?」
エイルは、一つの答えを求める。
「そうよ。でも、違うわ……生きるためだけど。それは自分が自分として生きるためだった……。彼奴は自分を取り戻すため、私は私と姉の幸せを奪った者を殺すために……。そうしなきゃ、心にあいた穴が広がっていくばかりだった。そのために、どれだけの盗賊や、殺人鬼をこの手にかけたか解らない……。その中でしか見つけられない答えだったから……そのときは、そういう生き方しかできなかった。……今は違うけど」
だが、そう語っているローズの瞳の色には、すでにそれについての拘りはない。十分に一つの結論を得た雰囲気がある。
「生きるって……わかる?」
ローズは、再びエイルの方を向き、彼の顔をのぞき込む。厳しさはない。エイルは何を答えても許されるその安堵感に惹かれながら、自分の考えをまとめる。カレーを食べるために動かしていたスプーンが、止まる。
エイルは、一つ答えを口にしかけた。だが、それは理解している理屈にすぎない。説得力のないものだ。仕方がなく首を横に振る。
「実は、私もドライもわかってない。でもね……、ああ、よかったな……って思えたらって……死ぬときにね。そう思えたら、生きてたことがわかるのかな?って、思うよ」
ローズはそれを信じているかのようだった。だが、現実にそれはあり得ない。もちろん外敵から攻撃を受けたのならあり得る。だが、年をとらない彼らには、寿命でのそれはない。
「正しいとか、間違ってるとか……、そういうのもあるけど。納得できるか、できないかもあるし。理屈だったり本能だったり、気持ちだったり……衝動だったり……。私やドライなんて、殆ど衝動的だけどね。わかる?」
エイルは、ローズの言いたいことを半分ほど理解した。残りの半分はきっと経験して行く中でわかって行くに違いない。わかったことの一つには、彼女の申し入れを断ることに対して、気まずい思いをする必要はないということである。
求めに応じないことも、また結論の一つで、生じるべく生じた答えなのだ。
「殆どの大会は終わっちゃってるけど、ホーリーシティーの大会には、間に合う……そう思わない?」
ローズはエイルの悩みの一つを見抜いていた。彼の握っていたチラシを見て、ピンときたのだ。大会はなにも、この街だけで行われているわけではない。
エイルの鼓動が、動揺に、一瞬速い脈を打つ。
「けど……金が。俺たちには、その金がない……五人そろっていける金がないんだよ……」
エイルは、そのことについて、何度も首を横に振り、形にできない想いにジレンマを感じている。具体的には、参加費、宿泊費、交通費などだ。
「たまには『親』に甘えてみるのも、いいと思わない?」
それは、ローズの気持ちであり、彼らに持ちかけた養子縁組を強制する意味ではない。
「みんな納得しない」
ローズの言いたいことはわかっている。しかしそれはローズの根拠であり自分たちの根拠ではない。意味もなく、他人に援助をしてもらうことに、違和感を感じてならない。
「みんなじゃなく、あなたは?あなたはどうしたいの?」
この言葉に、彼の脈はもう一度、大きく打つ。
エイルの中で、一つの言葉が何度も繰り返される。「きっと来年ではだめだ」と。
そんな彼の表情に、ただ金銭的な面だけでは言い表せない、決断に悩む色が浮かぶ。それは決して未来のある若者の表情ではない。追いつめられた一人の男の顔だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます