第3部 第5話 §4  養子縁組

 爆発が起こった通りを、上空から眺めている一団がいた。


 彼等の乗っているのは飛空挺で、定員十人ほどの小型艇だ。それに船というより、飛行船のような形状をしている。ただ気球のように浮力を利用している訳ではなく、形状がそうであるというだけの乗り物だ。

 船体の色は白い。

 「手順が狂ったな。だが、あの反応速度、間違いあるまい」

 黒服の一団である。仲間の一人が死んだことに対して、無反応である。精神面で訓練の行き届いた者達であるといえるだろう。

 「死体の確認をとりますか?」

 飛空船のパイロットが、狙撃用のライフルを抱え込み、立ち上る火炎の方角をみている男に、そう尋ねる。

 「いや、我々の存在に気づかれただけでも、リスクが高い。深追いはやめよう。実験の成果も得られた。暫くは静観する。この街からも撤退……以上だ」

 飛空挺は、旋回し西を向き、一気の速度を上げ、そこを立ち去るのであった。

 事件現場の周囲が、駆けつけた警備隊と、野次馬の騒めきで埋め尽くされる頃、熱と煙で立ちこめる瓦礫の山から、一人の男が立ち上がる。


 ドーヴァである。


 苦痛で顔をゆがめながら、右腕を押さえている。

 力無く垂れ下がった右腕からは、おびただしい血がしたたり落ちており、折角のスーツもぼろぼろになっている。

 「かなわんな……最近は、力のない奴も火力をもっとるさかいに……つぅ……。ブラニーみたいにわかりやすいやつやったらええのにな……」

 だが、台詞回しは、とぼけている。

 漸く立ち上がったと思ったら、その場にすぐに座り込む。

 ドーヴァは、震える右手でようやく携帯電話を取り出すが、すでに壊れて、画面もボタンもボロボロになっていた。

 ドーヴァは、再び立ち上がる。

 「部下に、距離取らせといて、正解やったな……」

 そして、すっと姿を消すのだった。


 街が事件で慌ただしくなる。新聞やテレビの見出しは、テロ活動の疑惑で綴られている。ただ、この街でそれに繋がるような事柄は何もない、宗教的な思想も、国家間の摩擦もである。不可解な事件に市民の不安が募るばかりであることを、あおる紙面が多い。

 ローズは、どうしたものか?と、テレビをぼうっと見ている。そして、その横には、リバティーがいる。時間はすでに夕刻になっていた。イーサーたちは、軽く表で汗を流している。


 サブジェイとレイオニーは相も変わらず、クーガで、何やらをしている。ただし今度は、イーサーから預かったキーの解析である。今度はOSを破壊されないように気をつけなければならないとのことで、相当ぴりぴりしている。

 ドライはというと、ローズの代わりに夕食作りだ。それには、それなりの理由がある。

 一汗流したイーサー達が戻り、順序にシャワーを浴びてくる。その間に誰もがローズをちらちらと見る。

 なぜなら、食事前に話があると、ローズが一言彼らに振っていたからである。それがあって、彼らは、稽古に集中しきれなかった。

 「で?姉御の話ってなに?」

 本当に食事の前だった。全員がテーブルのつくと、イーサーが何気なくそう切りだした。

 玄関を正面にして向かったローズの両側、左にフィア、右にミール、正面に彼女に向かってグラント、イーサー、エイルである。リバティーはフィアの横から顔を出している。

 「うん。アンタ達これから、生活どうしていくのかな?って思ってね」

 急に思える。だが、ローズはいつもと同じ、いやいつも異常に冷静に思える目をしている。しかし決してクールだというわけではない。

 「ん~……俺たち一応孤児支援金、推薦での学童支援金もらってるから、どうにかなるかなって」

 「馬鹿いえ!IHの払いもあるんだ。新しいバイトも探す!」

 すかさずエイルが、イーサーの甘さに、突っ込みを入れる。

 「だからね。こういうのがあるんだけど……」

 と、ローズが珍しい気の使いようで、静かに彼らの前に一枚の紙を提示する。

 それは、養子縁組規約に対する説明の書かれた書類だった。それは、契約書ではない。あくまでも手続きに関する書類だ。

 「養子縁組?」

 イーサーは、何気なく書類を手に取るが、細かい文字がたくさん書かれすぎている。すぐに読みたくなくなるので、何も言わずにエイルに回す。

 エイルが取ると、フィアもミールも何も言わない。後できちんとした説明をしてくれるのが、彼だからだ。グラントだけが、少し遠い位置になってしまっている。

 「ママ?」

 ローズは、少しだけ不安そうな笑みを浮かべてリバティーと視線を交える。

 「アンタに、メリットないだろ?」

 エイルは簡単に書類を手前に投げ出してしまう。そして、ローズに疑心に満ちた目を向けている。

 「メリットとかじゃないわ。私も小さい頃に両親亡くしてるし、巧く言えないんだけど……そうしたいの」

 ローズが照れくさそうにする。言葉にすればするほど、理屈ばかりになってしまう。ただ心のままに従っただけである。そしてそれを形にしたかっただけだのだ。

 「えーん!姉御ぉ!」

 と、一番最初に抱きついてきたのは、フィアである。フィアには間違いなく心が震えるものがあった。

 フィアの反応は正直だ。

 「ん~~。俺パス……なんかわかんないけどパス、姉御の気持ちはうれしいけど……」

 イーサーは簡単だった。

 「俺もパスだ。折り合いがつかないなら、出てく」

 エイルは席を立ってしまった。

 「保留……させてくれませんか?」

 グラントはローズの反応を見ると、ローズは静かに頷くのだった。

 「あんたはどうするの?」

 「ん……」

 ミールは、ローズの顔をのぞきながら、そっと腕に抱き付いてみる。

 「朝起きたら朝ご飯がちゃんとあって、家にいるんだよね?」

 普段燥ぎがちな場面の多いミールが急にしんみりしてしまう。それと同時に、妙に安心しきった笑みを浮かべて、目を閉じてその感触に浸っている。

 今までが別に苦難の連続ばかりだった訳じゃない。だが、ここには暖かいベッドと風呂やご飯以外に、生活感がある。日常の中でほっとする空間があるのだ。何よりローズが頼もしい。

 「二人は決定ね?」

 とローズが確認をとると、フィアは首を横に振る。

 「ゴメン……私はならないよ。でもしばらくは、いてもいいでしょ?」

 「もちろん……いていいわよ。ずっとね」

 リバティーは、その光景を見ていたが、不思議と嫉妬や苛立ちはなかった。それよりもローズの胸の内の熱が伝わってくる気さえした。そういう女性が自分の母親なのだと、認識するのである。

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