第3部 第5話 §3 ドーヴァの仕事
食卓にセシルはいない。彼女は部屋に籠もりきりである。
エイルがリビングに姿を現した頃には、イーサーがせわしなく、がつがつと食べ始めている。
「ほぉら!落ち着いて食べな!いっぱいあるから!」
だがそのローズの声も聞こえずに、一心不乱といった具合だ。
休日あけのサヴァラスティア家の様子はこんなものだった。
リバティーを含め、イーサー達が学校に向かい、時間は朝のおやつの時間になる。
そしてちょうどその頃、街では、一人の男が嗜好に走っていた。
そこはカフェテリアであるが、ヨークスの街でも、ケーキが美味で有名な店だ。それでも夕時とは違い、また学生がいない時間帯ということもあり、混んでいるとしても、男一人くらい座れる場所はある。
そこにいるのは、まるでホストのように黒服を着崩した、ドーヴァだった。オーソドックスなショートケーキと、甘さの控えられた、薫り高い紅茶を飲む。かすかに苦い紅茶の味がケーキの甘さを引き立て、ケーキの甘さが更に紅茶の香味を引き立てる。絶妙なコラボレーションだ。
そんなドーヴァが、携帯電話で小声で話す。
「ここ暫く、つけられとるわ……、黒いスーツに……おまえは兎も角、俺の面が割れるってのが変や……」
電話の向こうの相手はオーディンである。
ドーヴァの任務は、異変の沈静化だ。街に何かがあれば、一番最初に対処できるようにするためそこにいる。彼は絶えず数人の部下を、周囲に潜ませて行動している。勿論この時も、自分を付け狙う人間を誰かに監視させている。
「まぁ……、締め上げたら判るやろ……」
ドーヴァは、通話を終え、携帯電話をズボンの前ポケットにしまい込み、ユラリと立ち上がり、レジで支払いを済ませる。庶民的に小銭を取り出している姿が、彼らしい。
「ごっそさん!」
カランカラン……と、艶やかな鈴の音と共に、扉は押し開かれ、ドーヴァは通りに出る。
彼がふらふらと街を歩き始めると、不自然に引っ張られるようにして動く人間達がいた。黒いサングラスに黒スーツの男達だ。彼等は、一つに固まっているわけではない。方向性も距離も区々だ。だが、視線は彼に注がれている。
時折誰かが入れ替わりつつ、彼の後をつける。現段階では三人ほどだろうか。この数日それが続いているのだ。
ドーヴァは不意に一つの路地に入り込む。しかも狭い路地だ。
在り来りだがこれは効果がある。なぜなら、そんな場所を通る人間は、殆どいないからである。
案の定彼を見失いかけた一人の男が、小走りに路地へと駆け込む。すると、ドーヴァが向こうを向いて、別の通りに抜けようとしている。
距離は十メートル程度。
ドーヴァが、路地を抜け、別の通りに抜けると同時に、忍者のような様相をした男が黒服の前に立ちはだかる。
ドーヴァの部下である。
「ち!」
ドーヴァが追跡に感づいたことに気づいた男は、慌てて胸中の銃を取り出そうとするが、ドーヴァの部下である忍者服のクナイが、稲妻のような速度で抜かれた銃をはじき飛ばす。
「手を挙げてもらおか?」
前に通り過ぎたはずのドーヴァが、いつの間にか黒服の真後ろにいる。
黒服との距離は二メートル程度。
黒服がドーヴァの指示で、手を挙げるか挙げないかまさにそのタイミングだった。ドーヴァに緊張感が走る。研ぎ澄まされた感覚が、瞬間で本能的に、ドーヴァの体を自然に動かす。黒服に背を向けることになってしまうのだが、それは彼の部下が見張っている。
彼が、掌を向けると、遙か彼方から射出された赤い針のような光線が、そこにぶつかり、跳ね返り路地裏の舗装に穴を開ける。
(そんな……一キロ以上先、飛空船からの狙撃だぞ!しかも素手で)
ドーヴァに背中を向けたままの黒服は、驚きながらもその状況を把握している。
本能的な動作のはずであるドーヴァは何の驚きもなく、光を受け止めたそのままの姿勢で平然と立っている。
「ただ者やないな。正確すぎるで……」
ドーヴァは、ポケットに両手を入れ、リラックスした様子を見せ、再び背中を向けている黒服の方へ向く。
「この前から、コソコソつけてるようやが……なんて言うても答える気ぃさらさら無いんやろうな」
相も変わらずというべきだろう、ドーヴァには少々緊張感が欠ける部分がある。へらへらとしながら、心拍数の高鳴る男の背をじっと見続けた。
それはまるで狩りを楽しんでいるようだったが、獲物としては、少々力量不足だ。
ドーヴァは、さら黒服との間合いを詰め、彼の肩に手を置いた瞬間だった。
男は突然振り向き、ドーヴァの肩をつかむ。
それと同時に、黒服に背中を向けられたドーヴァの部下が、くないを投げ、黒服の背中に突き刺す。ドーヴァの安全を守るためだ。
ドーヴァは、ただならぬ殺気を感じ、ポケットに入れていた手を出し、瞬間的に捕まれた男の腕を下から突き上げるようにして、素手で切断する。その切り口はまるで刃物のようだ。
黒服は残っている左腕で、スーツのズボンのポケットから、何かを取り出し、ドーヴァにそれを見せつける。ほんの瞬間の出来事だ、大きさとしてはボールペン程度の大きさである、彼はそれを握り込むと同時に先端のボタンを親指で押す。
そのときには、ドーヴァの足はすでに後方にステップを踏んでいた。だが、爆発の方が遙かに早く、あっという間に飲み込まれる。
それは煉瓦の壁を砕き、地面に穴を開け、男の体を跡形もなく吹き飛ばすほどの威力だ。周囲が火炎と煙に包まれる。
面していた通りでは、突如の爆発に、人々が悲鳴を上げしゃがみ込む。
狭い路地から立ち上る赤黒い爆炎とどす黒い煙。街は三度目のパニックに陥る。
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