第3部 第5話 §2 ローズの思い
セシルは、午前中の適性検査のため、疲労困憊のためと、トランス状態に入っているため、殆ど部屋から出てくることはなかったし、イーサー達も、ドライとサブジェイの扱きで、早い就寝となっている。リバティーも、宿題があるなどの理由だ。それに彼等には、学業がある。それに備えてのことだった。
サブジェイは、オペレーティングシステム復旧のための缶詰状態を終えたレイオニーと共に、別の缶詰状態になっている。
リビングに残っているのは、久しぶりにベッドの上以外での夫婦の時間を楽しみ、微睡んでいるドライとローズがいるくらいなものだった。
普段なら、映画などを見ながら、ワインとチーズという定番の嗜好品で時間を過ごす二人だったが、この日は街の復旧作業が報じられているニュース番組に目を遣りながら、コーヒーの入ったマグカップを持ってボウッとしている、ドライがいた。ローズも、何も考える様子もないようで、だらしなくテーブルに肘を突き、頬杖をついて、同じようにテレビを見ている。二人の位置は、テレビのほぼ正面であるが。ローズの方が、僅かに右のわきに寄って、斜に構えるようになっている。
「なぁに、考えてる?」
ドライの口から不意にそんな言葉が出る。
ローズもドライもただテレビを見ているようだったが、実はそうでなかった。お互いに思うことがあるのだ。無論それは自分達にも関わることだが、ローズの考えていることは、直接自分達のことではなかった。
「うん?うーん……」
二人が隠し事をすることは、ほとんどない。今更隠すことなど何もない。また言わなくても判ることが多い。まれに、はしゃぎすぎて気づいてやれないこともあるのだが……。
何となくさえないローズの返事だった。
「ドライは?あの子のこと?」
「ん?ああ、セシルが言ってたことが、気になってる訳じゃねぇんだ」
「気にしてるんじゃない」
「あ……」
ドライが間抜けな自分に気づく。テレビから視線が外れ、コーヒーカップの中の波紋を見つめる。照明がユラユラと動いている。ローズは相変わらずテレビを見たままだ。
「そーいうおまえは?」
「ん?んー…………」
ぼんやりしたローズの返事だ。そのうち頭の中が痒くなったのか、後頭部をかき始める。赤く美し頭髪が、柔らかく動く。ドライはついつい、そんなローズに見入ってしまう。
決して気品あるオーラのあるローズではない。だが、自然のままの彼女のすべてが美しく思えてしまう。ただだらしなく、テレビを見ている、なんと言うことのない姿だ。見ていて飽きない。ローズの口が開くまで、しばしまつ。
そして案の定、ローズは口を開き始める。考えがまとまらなくなったこともあるし、自分一人で決められることではなかったからだ。
「あの子達、学費とか……どうするのかなぁって思ってさ」
「そうじゃねぇだろ?」
「……うん……」
「言えよ……」
「私もさぁ、結局学校出てないじゃない?姉さんのことも、私自身のこともあったし。子ども達には、やっぱり……ちゃんと学校くらいは出してあげたいって思うのよ……」
「だぁから……それだけじゃねぇだろ?っての」
「引き取っちゃおうか……あの子達」
彼等が幼子(おさなご)なら、ローズもさほど考えることはなかったのだろう。彼等はそろそろ自立へと向かって歩いていてもおかしくない年齢である。まして出会って日が浅い。それはローズのエゴであり、身寄りのない彼等に共感した部分が多分に含まれる。不思議に愛おしく思える。
「賑やかなのは……いいよな。オメェにとってそれがそうなら……俺にもそうだよ」
ローズが愛おしいと思える存在は、自分にとっても愛おしい存在だ。ドライは、どうしようもないローズの衝動を愛おしく思う。抱き寄せて、その頬にキスをする。
翌朝の出来事。ローズは、鼻歌交じりで台所に立っている。外ではイーサー達の賑やかな、特訓の音が聞こえる。だがややもすると、その音も静まり、彼等がリビングに戻ってくる。その中でエイルが、台所に姿を現し、調理しているローズの真後ろを通り過ぎる。
「おはよう御座います」
愛想のないエイルの挨拶。彼は冷蔵庫の中から、スポーツ飲料をとりだし、ボトルのキャップをねじ開け、一口飲む。
これを見ると、時代に順応性のあるローズでさえも、時代は変わったものだと思う。昔はガラスの瓶しかなかった。加工技術の激変といえるその産物を気軽に手にして、その内容物を飲み干す姿を見ると、若者だと感じてしまう。
「おはよう……気合い入ってるわね。アンタとイーサーが一番声出てるわね。尤も、アイツは叫んでばっかだけど」
ローズは、それをおかしげに聞いていたのだ。エイルは喉が渇いているのだ。
「そっちも気合い入ってますね」
エイルは、いつも以上に色々作り込んでいるローズの様子を指す。キッチンテーブルには、すでにいくつもの単品が皿に分けられて、テーブルに並べられているのを待っているかのように見えた。
「ん?んん。はい、あーん」
ローズは、皿の中の、よく焼かれ、一センチ角程度に切られた肉の一切れをフォークで突き刺して、エイルの口元に突き出す。それが味見をしろという意味だと言うことを、彼は理解する。
「良いんじゃないですか?」
エイルは口の中に広がる味を分析するが、具体的に何が足らないなどの意見は言わない。決してグルメな食生活をしてきたわけではない彼等にとって、ローズの料理は、どれも一級品だ。尤もただの家庭料理にしか過ぎない。
「そかそか……」
エイルは、ご機嫌にテキパキと動くローズを見ている。
するとローズは、用意されたランチボックスの中に、次々と詰め始める。大きさは区々だ。どうやらあり合わせらしい。
「朝飯……じゃないんすか?」
「ん?何言ってるの。あんた達のお弁当!」
「は?」
「栄養満点!愛情満載!質実剛健!」
「いやいや、意味違うだろう、それ……」
妙に何も言わせないオーラを持っているローズに、エイルは彼女の動く方だけを見ている。
それからローズは、弁当のあまりを皿に盛り始める。どうやらそれが朝食になるらしい。むしろ余っている方が多いような気がする。
次に洗顔したフィアが、エイルと同じように冷蔵庫の前までやって来て、自分のドリンクを飲み始める。
「姉御!なにそれ!」
フィアは興味津々だ。声が弾んでいる。彼女はローズに対して実に従順である。何をしていても疑いはなく、好奇心を持って接してくる。
「アンタ達のお弁当よ」
「まっじ!?やった!」
フィアは、一番大きいランチボックスを持って目線まで上げる。それはすでに中身が込められており、ずっしりと重い。出来たてのため、少々湿気を払うために、ふたは開いている。
「ほら、ご飯よ。残り運んで!」
ローズは、間髪入れず指示をする。
妙に張り切っているローズについて行くフィア。エイルだけがキッチンで、呆然と立っている。
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