第3部 第4話 §15 少し昔話といこうか……

 少し早いが、ローズがセシルをお供に、朝食を作り始めた頃合いだった。

 ドライとリバティーが、デッキのテーブルで、眠気覚ましのコーヒータイムをとっていた。

 サブジェイは、サヴァラスティア家に居座った五人に、剣技指導をしている。最初は教えるつもりもなかったろうが、やはり上達を目指す彼等の姿を見て、心が疼いたのだろう。ただ、イーサーとエイルはひたすら、筋力トレーニングと体術の訓練である。

 「パパとセシルさんて、微妙に似てない……よね?」

 「アイツは、お袋に似てるからなぁ……俺はオヤジ似だな……」

 この土地の昼夜の気温差は少し幅がある。昼が二十五度程度だとすると、深夜は一〇度ぐらいだ。コーヒーの湯気が日中より白く沸き立ち、風がそれを撫でる。熱気の残った吐息も少し白い。

 「俺が賞金稼ぎだったってことは、言ったよな」

 「うん」

 「実は、俺の名前……ドライ=サヴァラスティアって名は、その頃に付けられたんだ」

 ドライは、自分の名前の由来をリバティーに話し始めた。彼の「ドライ」の名付け親のこと。サヴァラスティアという苗字の由来。自分には、シュランディア=シルベスターとうもう一つの名前があるということ。

 リバティーは、先ほどサブジェイが語った、自分達は、シルベスターとクロノアールの子孫であるという事を思い出す。そう、その名前には確かに、シルベスターの名が残っているのだ。

 「マリーが殺されたのは、知ってるな?」

 「うん。探検中での、事故……。盗賊に殺された……とか、敵対するグループに殺害されたとか、いくつかの説が、流れてる……て。近代史で習った」

 「彼奴の死ってのは、俺達の争いの原点……いや、一端だった……」

 「俺達?パパ達の?」

 「ああ……俺達の戦いだ……」

 ドライは昔を思い出しつつ口を開くが、重苦しさはなかった。良い思い出ではないが、そんな時間が昔は存在して、絶えず互いの命を狙っていた。寿命を削りそうな緊迫した衝突もあった。今はそれが信じられないくらい穏やかな一時だ。

 ドライは、シルベスターとクロノアールの子孫達の戦いのことを、かいつまんで話した。

 彼とローズの出会い。オーディンとシンプソンの出会い。先日までいたブラニーと争っていたこと。

 結論はシルベスターがクロノアールを封印することで決着が付いたこと。

 そして、その直後シルベスターが自分達の生活を脅かそうとしたことも話す。

 「その戦いで、俺もアイツも一度死んでる……」

 話は前後するが、ドライがそれを話の区切りに、持ってきたのは、ドライ=サヴァラスティアという存在が、生命の営から生ずる法則を無視しているという、彼自信が尤も割り切れないでいるためだった。

 サブジェイもリバティーも、その存在から生まれている。それは彼等の存在の否定でもある。

 ドライ自身がそれを否定しているわけではない。

 「俺のこの躰は、シルベスターによって創られたものだ。古代の力によって、漸く繋ぎ止めた俺としての記録を持った、絡繰り人形が、シルベスターの力によって、生物へと生まれ変わらせた生命体だ」

 それは事実であり現実だ。変えることは出来ない。

 それを話す理由はただ一つ。これからの彼女の人生を考えた上でのことだ。彼女が自分の異常に気が付いたとき、その事実を自然と知りたくなるだろう。また知らなければならない。

 その時期が少々早まっただけのことだった。

 リバティーが、思いの外ショックを受けなかったのは、ドライが人外の力を持ち合わせていることを、その目に焼き付けていることが、挙げられる。

 あの時のドライの想いは、共に戦った者でなければ、判らない。

 そして、リバティーには、ドライがいるということが、何より真実で現実なのである。

 「私も、パパみたいになる?」

 「さぁな……、それでも、そんな不安以上に、俺もアイツもお前が欲しかった……」

 先に残る不安は沢山ある。だが、それでもドライ達は彼女が生まれてくることを強く望んだ。

 今まで全てを知らされなかったリバティーは、やはりそれは、自分を平穏の中で暮らさせたいという、ドライの願いが、込められたものだと言うことを知る。

 その切なる想いがあったのは、彼がシルベスターの力を手に入れたからだ。サブジェイが生まれたときは、平和を願っていたに過ぎなかった。それは漠然と、ゆったりとしていた。このまま続けばいいと、時間という大木に身を委ねて、過ごす日々だったのだ。そこに大きな違いがある。

 「私……パパより早く死んじゃう?」

 「わかんねぇ……」

 ドライは、首を横に振るしかなかった。それはあらゆる確率論からなる。一つは彼女の覚醒の具合だ。もう一つはこれからの成り行き。だが恐らく、後者の方が要因は強いだろうと、ドライは何気に思っていた。いや、ほぼ確信に近かった。そう言わなかったのは、人間として過ごす一生がある可能性を少し信じたかったからなのかもしれない。

 一つの疑問がリバティーの中から消えたのだが、また一つの不安が生まれる。

 それは、ドライやローズが持つ同じ不安である。自分達はこれからどうするのだろうか?見えない先に、途方に暮れそうになる不安ばかりが見え隠れする。

 だが、ドライ達のその不安はすぐに日常にかき消される。日々リバティーの成長があるからだ。

 リバティーは目の前にいる、何事に対しても無頓着でいい加減に思える父親が、思いの外大きな悩みを持っていることを知る。

 「パパには、オーディン大使も、シンプソン市長も、お兄ちゃんも、ママも私もいるよ?」

 リバティーは、痛みを分かち合える仲間がいることが励みになるということを、ドライに言いたかった。それは同時に、自分も同じで孤独ではないということを自身に言い聞かせようとしている結果になる。

 「そうだな……」

 リバティーの言っていることは正しいのだと思う。

 ただ、漠然とそれに寄りかかるのは、何も生み出さずやがて空虚なものになってゆくのだと、ドライは思う。

 穏やかで割り切ったようなドライの返事は、寧ろリバティーの中で渦巻いている小さな不安の数々を、少しずつだが鮮明にさせてゆくのだった。

 「さぁてと、中からいい匂いがしてきたぜ」

 ドライがいち早く、ローズの作る朝食の香りをかぎつけ、席を立つと、サブジェイも何気にフィア達の訓練の手を止め、家の方向を見る。

 日曜日の朝食が始まる。兎に角イーサー達はよく食べる。それでも尤もよく食べるのはドライだ。だが、それを眺めるローズは、幸せそうだ。

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