第3章 第4話 §14 セシルの手土産

 そんな和やかな早朝をかき乱す騒動が突如起こる。

 北側から、爆煙をを上げつつこちらに向かってくる。そしてそれは異常な速度で、ぐんぐんと近づいてくるのだった。

 「なんだ?あれ……」

 のんきに額に手を翳しているのは、イーサーだった。

 「いや……てか、あれ止まるのか?」

 エイルが冷や汗を流し始めると同時にそれは、真っ直ぐ突っ込んでくる。

 形は、クーガと同じように、戦闘機の先頭部分のような、磨かれた流線型をしているが、デザインが、白と黒のラインが入り乱れている。そうデザイン的にはシマウマである。

 「うわぁぁぁ!!」

 二人は慌てて左右に飛びながら、走り込んでくるそれを躱す。と同時にそれは、横滑りになりながら、クーガの真横につける。

 車体の横には、「ZEBRA - 是舞羅(ゼブラ) -」と書かれている。ゼブラが止まると、土煙は次第にやみ慌ただしい空気は急に静けさを取り戻すのだった。

 そしてゼブラのシールドが開けられる。

 「ふぅ……」

 そして姿を現したのは、心持ち視線が中央により、頬を膨らましながら冷や汗をかいたセシルだった。彼女はライトグリーンの薄いシルクの質素なドレスを纏っている。

 降り立った彼女は、古代ギリシャ人の穿くようなサンダルを履いている。薄布がひらひらしているドレスは、じゃじゃ馬のようなローズや、レイオニーとは少し人種が違うようにも思えるが、今の突っ込みようは、大とも劣らない。

 降り立ったセシルの瞳はエメラルドグリーンの輝き、髪色も上品なグリーンに輝いている。

 「な……セシルさん……なにしてんすか……」

 サブジェイは、ミールを抱きかかえつつ、一足早く危険を回避していた。スリリングな光景に、思わず冷や汗が出る。

 「ゴホン!」

 エイルがすかさず咳払いを入れて、いつまでも軽々とミールを抱えているサブジェイに対して、注意を促す。尊敬する天剣に対して、突っ込みを入れることは、エイルにも出来ない。

 「っと……」

 サブジェイは、ミールを地面の上に立たせる。

 「サブジェイ?何をしているのか……は、ないでしょ?クーガ一隻にかかる負担を減らすべく進められた、プロジェクトの一つ、ゼブラを完成させたのよ」

 セシルは、その機体のボディーをぽんと叩く。

 「いい?ゼブラはのレーダー網はサテライトシステムを使用し、そのネットワークは世界の裏側まで把握するわ。近距離の精密なデータの収集も可能。機体重量がクーガより重いため最高速度は、大幅に下がるけど、探査能力はクーガシェルの比じゃないわ」

 セシルが、さらさらと説明するが、それはレイオニーの受け売りだと言うことをサブジェイはすぐに理解する。レイオニーの考えを形にしてくれる人が彼女だ。サブジェイを含めて、彼等は実によいパートナーである。

 「いや、俺が言いたいのはそういう事じゃなくて……、どうしてここに来たのか?ってことだよ」

 そう。お披露目の殆どは、ホーリーシティーの研究所というのが、彼等の相場なのであった。まして、音速を超えるこの機体の操縦は、容易ではない。北方向からやって来たと言うことは、街を迂回して、それなりに目立たないつもりでやって来たのだろうが、危うくクーガと衝突しそうになった。

 「そうそう。一昨々日オーディンから電話があって、兄さんが迷惑を掛けた人たちの、剣を打ちにきたのよ」

 オーディン。その一言で、事情が飲み込める。だとすれば、ドライのことも理解しているのだろう。

 それにしても、偉く早朝にたどり着いたものだ。レイオニーや、ブラニーと違って時間のわきまえのある人のはずだが、やはりドライやローズに会いたいと思う気持ちが、募っていたのだろう。ゼブラの仕上がりと同時に、ホーリーシティーを出てきたのだ。

 クーガの向こうで、キョトンとするのはリバティーであった。

 白と黒のコントラストのゼブラは、奇抜且つ派手なデザインに思える。

 セシルと、リバティーの視線が不意に合う。

 「ども……」

 流石に少し免疫がついてきた。それにセシルという名の人物が、ドライの妹だと言うことは既に認識している。少し人見知りをしながら、首だけで挨拶をする。

 「貴女リバティーでしょ?判るわよ!パールピンクの髪の色だもの!」

 セシルは、レイオニーの頭越しに、目一杯躰を伸ばしてリバティーに手を伸ばすが、届かずそのままシェルの中に、前のめりに倒れ込んでしまう。躓いてしまったようだ。

 レイオニーが下敷きになってます。

 「いたたたた……」

 珍しくドジをするセシルである。

 普段のセシルは思案にふけることが多く、はしゃぐ面があまり見られない。生真面目で静かな人である。ただ一つのことに囚われる悪い面も持ち合わせている。

 セシルの綺麗な足が、放り出され、下着が見える寸前の状態になっている。

 男一同思わず目をそらしてしまうのであった。

 リバティーから見れば、こういうところがある方が、ドライの妹として、納得できる。

 「セシルさん……はしゃぎすぎ……」

 まるで押しつぶされた、蛙のような気分のレイオニーだった。躰がくの字に曲がったまま、前のめりになっている。苦しいが笑みの消えないレイオニーだった。

 「ごめんなさい……嬉しいんだもの……んしょ……」

 セシルは、どうにかクーガの中から起きあがり、捲れあがりかけたスカートを整えるのだった。それを見て、リバティーは、クスクスと笑い出すのだった。

 「んだよ……、うっせぇぞ!ガキ共!」

 眠たそうで、尚かつ不機嫌なドライの声が、部屋の奥から聞こえてくる。

 セシルの瞳に、眠たげな目をこすりながら、ふらふらと歩いてくるドライの姿が飛び込んでくる。

 「とと……兄さん!」

 セシルは、もう一度クーガという障害に躓きそうになり、慌てて回り込み、ドライに熱い抱擁をする。

 「ああ……うん、うん」

 ドライは、吃驚しつつよろけながら、全体重を預けたセシルの背を緩く抱き寄せ、状況を整理するのだった。

 「元気だったか?」

 眠気混じりの少し枯れたドライの穏やかな声。セシルは、ローズに次ぐ長身だがそれでも尚、頭一つ低い。

 ドライはそんなセシルの頭を子供扱いするように、撫でる。

 「オーディンの言ったとおり……兄さんも元気でよかった……」

 ドライは、妹であるセシルが安堵の息をつくと、改めて、自分が仲間に心配をかけたのだということを認識する。特に口に出して言うわけではなかったが、二人の向かい合う時間が、何となく彼の言葉なのである。

 「アイツ起こしてくるよ。じゃないと、ヤキモチ妬くからな」

 ドライは、少しずつ眠気の取れた呂律の回った口調で、甘える子供を宥めつつ、距離を置くようにして、セシルと離れるのだった。

 「うん」

 当然もう一人再会の喜びを分かち合わなければならない、人物がいる。

 ローズである。

 彼女が、セシルを見て起こした行動は、誰もが予想したとおりだ。力一杯の包容にキスの嵐。ローズが落ち着きを見せるまで、少々の時間を要することになる。

 レイオニーは、相も変わらずシェルの中でノート型コンピュータの立て直しを図っている。

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