第3部 第4話 §13 穏やかな早朝

 「最初の理由は、わかんないけどさ……今は君のためだと思う。ここで暮らしているのは……」

 「私の……ため?」

 「普通の女の子として暮らしてる君を見てると、そう思うよ」

 サブジェイが五月の温もりある日差しの中で、のんびりとした空気を感じつつ、街の喧騒から逃れた静かな空気を感じつつ、クーガに凭れる。

 何が幸せで何が不幸なのかは、人それぞれだ。少なくともサブジェイは、今の自分は幸せだと思う。世界の過去を探ることになる二人の旅だが、自分達には帰る場所があるし、何より充実している。今の課題はいかに軽率な行動をしないか……である。

 「私のため……か……」

 恐らくそういう結果になるのだろう。リバティーは、何となくそう納得できた。サブジェイと同じように、空を眺めるのであった。


 翌早朝―――。

 リバティーは、三日ぶりにその時間に目が覚める。日はまだうっすらと昇り始めた時間帯で、いつもは眠りに就いている時間である。その理由はこの三日間付き合いのあった温もりが無かったためだった。夕べはソファーはなく、彼女の寝室だった。

 「約束違反だ……」

 少々ムッとした表情をしながら、まだ眠気の方が勝った顔で、ベッドに顔を沈める。枕の方は、ベッドの舌に転がり落ちており、現在の彼女には、その正確な位置が理解出来ていないのだった。

 素肌のままのリバティーは、残された毛布を引き寄せて、寒さを覚えた肌を温める。

 しかし、すぐに外の騒がしさが気になる。

 それは金属同士がぶつけられる、勇ましい音だ。

 何事だと思い、リバティーは毛布を出躰を包みながら、南側に向いている窓の外を覗いたが何も見えない。その音の方角は、どうやら東側、つまりサヴァラスティア家の正面玄関の方角から聞こえているようだ。

 「ダッシュ残り二本!!」

 その声はエイルだった。その声は近づきながら、イーサーと二人で、彼女の部屋の窓の下まで、走り込んでくる。

 「約束反故だぞ!」

 リバティーは、窓の上から走り込んできたイーサーを見つけると、そういう。

 イーサーは声が聞こえると、少しだけキョロキョロとして、漸く上を向きリバティーを見つける。

 「お嬢!わりぃ、トレーニングなんだ!ここんとこ、さぼってたから!」

 「ラスト!!」

 イーサーは、謝りながら、エイルのかけ声と同時に、もう一本ダッシュをする。

 「バーカ……」

 リバティーはぼそりと、そういって部屋の中に戻って、ベッドの上に腰を掛けると、だらしなく横たわる。

 実は昨日目覚めたときは、自分の部屋で、イーサーの腕の中だった。疲れたイーサーが大切に彼女を抱きしめていたのだ。もう少し寝ていたい。そう思える心地よい状態だった。それが夕べの約束だったのだが、あの通りである。

 「レイオー、コーヒーだぜ」

 玄関の先では、イーサー達のトレーニングを見ながら、サブジェイが淹れ立てのコーヒーを、レイオニーの所に運んでいる最中だった。

 レイオニーはクーガシェルの中で、眠そうな目をこすりながら、一晩中作業にあたっていた。

 「ん……」

 眠気に負けそうなレイオニーの声だが、指先は動いて、ノートコンピュータのキーを叩いている。

 「作業効率三十パーセントってところだな……」

 サブジェイが意地悪を言うと、どろんとしたレイオニーの目がサブジェイを睨むのだった。

 その向こうでは、フィアがフェンシングの構えを取り、バスタードソードを構えるグラント相手に、撓る剣先を駆使して精密な動きでトレーニングをしていた。

 レイピアの矛先は、最速最短で相手を突くだけではない。しなやかな矛先は、慣性の法則に従って、正面以外からも切り込んでくる。長身のフィアは、その手足も長い。いや、身体の比率から窺っても彼女の手足は長い。のんびりとた表情をしているが、男性物のスーツを着込んだ姿は、確かにその当たりの男よりも凛々しさがある。今はトレーニングウェアだが、男性物を着ているせいか、多少肩の部分などが余っている。

 サブジェイも少々眠そうな顔をしながら、一人でイメージトレーニングをしているミールの所へ行き、愛刀のスタークルセイドを背中から抜く。

 「天剣が稽古してくれるの?!やった!」

 ミールの声は高い。興奮するとより高くなる、少々耳が痛くなるが、小柄な躰を命一杯動かし広げ、跳ねて悦びを表現している。

 「あ~~!」

 と、やきもちを妬いたのは、フィアだ。

 「隙有りだぞ!」

 グラントが、両手剣を柔らかく振るい、フィアのレイピアを退けて、すっと彼女の喉元に厚く鋭い矛先を突きつけるのだった。

 その横で、イーサーとエイルは、体術を磨いていた。二人はドライに剣を居られてしまったので、それしかできないのである。

 「煩いから、眠れない……」

 わざとらしいリバティーの声が聞こえる。彼女もしっかり着替えて、玄関先に姿を現すのだった。

 リバティーが立ったのはクーガの横だった。まだ寝ぼけ眼のまま、レイオニーの乗っているシェルの中を覗き込む。

 「ずっとなの?」

 「ええ……、」

 「美容に悪いよ?」

 「それが学者の泣き所……あふ……」

 大あくびをしながら、大粒の涙を流すレイオニーだった。その涙は少々泣きが入っているようにも思える。

 思わずリバティーもクスリと笑みをこぼしてしまう。

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