第3部 第4話 §12 兄と妹

 それからすぐに午後になる。

 レイオニーはオープンにされたシールドのクーガシェルの中で、破壊されたノート型端末の修復に取りかかる事にする。

 その傍らにサブジェイはしゃがみ込んでおり、その横にはリバティーがいる。

 「おに…………い……ちゃん??」

 不慣れな発言に違和感と照れくさいむず痒さを感じながら、漸く発せられたリバティーの一言である。

 ただ彼女は、その存在に対して親近感が沸いている訳ではない。そういう存在が自分にいたことを認識し意識して話しかける自分が恥ずかしいだけだ。

 「ん?」

 サブジェイには、彼女が妹だという認識がある。壊れそうに思いながら両手に抱いたあの赤子が、今は人格を持った一人の少女となって、目の前にいる。接し方は判らないが、返す言葉は自然と優しくなる。

 「お兄ちゃんは、パパがすごい人だって知ったとき……どう思ったの?」

 それは、リバティーの中にある不安の一つである。

 「ん~……俺がガキの頃は、オヤジは警備隊でバリバリやってたし、オーディンさんとやり合うことも、始終だったからなぁ。俺も自然と、それが当たり前だって思ってた」

 リバティーから見れば、サブジェイは本当のドライを見て育ったのだという事になる。それはリバティーの聞きたい答えではなかった。急に彼に話しかける言葉が無くなってしまう。

 「この環境を見て、判ったけど。オヤジはあんまり剣とか握ってなかったみたいだな」

 「うん。朝から晩まで畑仕事して、夜はママとお酒を飲んで……、小さい頃は一緒に遊んだ気もするけど……」

 いつの間にかドライと壁が出来てしまった。

 サブジェイの場合、適当で大ざっぱに見えるドライが、何年経っても高いハードルであり続けたことと、あの子供じみた性格のため、すぐに衝突してしまうことがあった。

 リバティーは、住環境の不便さと、本音の見えない父親の姿にイライラが募ったことで、嫌悪感を剥き出しにしていた。

 「あの性格だからな……。意外に言いたいこと言ってるようで、言葉に出来ないんだよ……」

 サブジェイは、自分達の前から姿を消した時のドライの事をふと思い出す。鬱に陥りそうに影のある覇気のない瞳の色。あの壊れてしまいそうな状態を思うと、今のドライは昔に戻って見える。

 それは、サブジェイにとっても安心できることだ。

 「パパの目、銀色になるんだよ……。パパはその時の自分は好きじゃないみたい……」

 リバティーは、断片的に思い浮かぶドライの様子を思い出しては、サブジェイにそれをぶつけてみる。

 「オヤジ達から、伝説の魔導師の戦いは聞いてる?」

 リバティーは首を横に振る。

 サブジェイは、段取りの悪さに、ふっとため息をつく。

 「伝説の魔導師の話自体は?」

 「シルベスターとクロノアールの?」

 「ああ、俺達はいわばその子孫で、ブラニーさんがいうには、人に近くて遠い存在なんだって」

 サブジェイは、ドライが話し倦ねていた尤も根幹の部分をあっさりと話す。リバティーはある意味その意味を理解する。だが、まだ半分は理解できない。それは時間の流れだけが教えてくれる答えなのかもしれない。

 彼女が理解できたのは、現実的に見た光景だ。

 見えない部分は、自分が将来どうなるかである。そこから生まれるものは、漠然とした不安だけであった。

 全部を呑み込み咀嚼することは出来ない。

 「レイオの夢は、マリー=ヴェルヴェットのような偉大な学者になること……だった?」

 サブジェイは座り込んだ状態で、シェルの縁に手を掛け、その内側で、修復作業を淡々と進めているレイオニーの顔を見る。

 「大きな夢を叶えることは、それに見合う満足と成果と責任が伴うわ。夢を野放しにした瞬間。それは遠くに飛び、自分の手に負えない怪物になることもある。私は学者を辞めた訳じゃないけど、知識をひけらかすのは、やめにしたの。今はこの異常な事態を少しでも早く収めるために、サブジェイと世界を走り回ってるわ……」

 淡々と今の心情と行動を語るレイオニーの集中力は、やはり壊されたノート型コンピューターに集中している。

 「まぁ、何だかんだ言って此奴も、チカラを持て余してる一人ってわけさ……」

 サブジェイは、再びリバティーの方に向き、気軽に微笑む。

 「俺さ……オヤジと喧嘩ばかりしてて、最後の方は歯がゆくて仕方がなかったよ。オヤジはずっと自分の中に抱え込んで、吐き出そうとせずに藻掻いてるんだ。俺がオヤジのことを一つ知るのは、いつも何か終わった後だった。話さなきゃって感じてたはずなのに、いつもオヤジは後手にまわしてさぁ。なんでだ!って、何で俺に何も教えてくれないのか?!ってイライラしてた。お袋は、何もかも知ってて、オヤジの側にいて……俺はなんだか仲間はずれにされた気になってたんだ」

 サブジェイは、あの時のイライラを噛みしめつつ、眉間に皺を作り、目を細めて、覇気のないドライの顔を思い出す。

 その感覚は、リバティーとは違った感情だった。

 尤もサブジェイが子供だった時期は、ドライは既に街の有名人で、人を束ねる存在だった。その違いがあるためだろう。それに、嘘を教えられたとも思っていない。一つ違うことは、リバティーが疎外感を感じている訳ではないことだ。

 ただ、その事実を隠していることが不思議でならなかった。彼女が実感できていない現実の一つである。

 その理由は先日ドライが説明してくれている。



 抗えない宿命と必死に戦うつもりだったはずが、それは現実から逃げているだけに過ぎなかったのだと。

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