第3部 第4話 §11 サヴァラスティア家の朝

 ドライは、慌ててブラニーの前に行き、扉を開けて、彼女を通すのであった。文句が言いたくても言えない不満面のドライと、してやったりと言いたげなブラニーが、奥の一室から姿を現し、廊下を通りリビングにやってくる。

 「ねぇ。ガーディッシュ=ローゼスティングっていう、著者。知ってる?」

 リビングに現れてそうそう、ブラニーがぶちかました一言だった。ドライは転けざるを得ない。

 「ああ……良いでしょ?顔無き文豪、ローゼスティング。この街じゃ一寸した、有名人よ」

 誇らしげに胸を張るローズである。なぜ彼女が胸を張るのか?その理由は定かではないが、ドライが転けたことと、先ほどの彼の慌てぶりから、想像の範囲は絞られてくる。

 「彼は、駄作だと言っていたわよ」

 ブラニーは、後ろで撃沈しているドライに冷たい視線を送りつつ、そう言う。

 「駄作かどうかは、読めば判るわよ……」

 ローズは笑って、ドライの批判を相手にしない。

 「ところで、お嬢さんはどうしたのかしら?」

 ブラニーは、ローズの後方、テレビの設置されているテーブルの方を指さす。

 そこには、気力無くテーブルに張り付いているレイオニーの姿があった。ブラニーの方角からは、纏められた彼女のブロンドヘアしか見えない。その向こう側では、帰宅したサブジェイが、ブラニーに向かって、情けない笑みを浮かべて、手を降る。

 「ボウヤ?」

 すぐにサブジェイに説明を求めるブラニーだった。

 「アハハ。レイオの奴悄げてんだよ。このキーのデータを解析するつもりが、プロテクトに似せた、無限ループに填められたあげく、コンピュータのOSとデータを消去されたんだ」

 こういう失敗をするレイオニーが可愛い。サブジェイは愛情一杯に彼女の頭を撫でる。もちろん十分に慰めも入っているのだ。

 「笑い事じゃない!」

 ふて腐れているレイオニーだった。少しの間ショックで立ち直れそうにないが、声にはまだ負けん気が溢れている。ただサブジェイに撫でられっぱなしである。

 それを見てブラニーもクスクスと笑い出す。

 その時、二階から欠伸をしたパジャマ姿のリバティーが降りてくる。

 そこで、聞かされたのは、ブラニーがホーリーシティーに戻るということだ。昨日漸く、彼女と両親の関係について、語れるようになったばかりだというのに、その彼女が帰ってしまうのである。

 「焦らなくて良いのよ。実感を伴わない事実ばかりを知っても貴方の心が乱れるだけ……今は判らないことの方が多くて、不安な気持ちに揺れるでしょうけど、少しずつ判ってくるから……いい?」

 妙に優しいブラニーが、リバティーの頭を撫でる。これほど直接的な暖かさを見せる彼女は珍しい。リバティーには、その方向性すら見えていないが、頷いてしまうのだった。

 「あ!そうだ!携帯電話の番号教えて!」

 リバティーは慌てて自分の携帯電話を探すが、残念ながら所持していない。着ているパジャマは、おろしたてのもので、彼女の携帯は部屋にある。

 彼女にそういう行動を起こさせたのは、ローズの言ったもう一人の母親のようなものだという、その言葉からだった。

 だが、ブラニーが、知られてはいけない悪戯がばれたかのような気まずい表情になる。

 「ダメダメ!この人、俺が何度言っても携帯電話持たないんだから……」

 テーブルの方から諦め気味のサブジェイがため息をつきながらNOのサインを送る。

 「そう……なんだ」

 残念そうなリバティーの、ションボリとした表情。

 「買ったら、電話入れるわ。番号を教えておいて」

 にリバティーに向かって、照れくさそうに微笑むブラニーだった。

 「な!俺が何百回言っても買わなかったくせに!」

 リバティーの一言で、簡単に方向を変えるブラニーだった。サブジェイは完全に頭に来ている。ブラニーとサブジェイのやり取りは非常に慣れ親しんでいる。サブジェイにとってもブラニーは二人目の母親になっている。

 ブラニーがどういう性格なのか、リバティーにも少し見え始める。クールに見える彼女の内面は照れ屋で、意地っ張りな面があるのだと言うこと。その外堀を崩しているのがローズである。

 ローズは、カンカンになっているサブジェイの頭をなでつつ、宥めている。その間もレイオニーは、撃沈状態にある。

 その後サブジェイの機嫌が元に戻ったかどうかは、判らないが、ブラニーは、リバティーとローズの電話番号の書いたメモをもらうと、数冊の書物を抱えて、姿を消してしまう。

 「なぁお袋、さっきのガーディッシュ……なんとかってのは?なんかの詩人?そんな知人いたっけ?」

 サブジェイが不意にそんな質問をしたのは、やたらオーバーリアクションを取るドライがいたからである。

 「目の前にいるでしょ?」

 ローズは、不敵な笑みを浮かべながら、サブジェイの頭を撫でるのであった。そして小粋に鼻歌を歌いながら、キッチンに姿を消すのだった。ドライの慌てようからすると、その内容の過激さは十分に理解できる。十七年離れているが、それは息子の勘が教えてくれるのだ。

 「みんなは?」

 ブラニーがいなくなり、リバティーがふとそのことに気が付く。そう、エイルにミール、フィアもグラントもいないのだ。

 「大学の臨時講義だって、約一名は仮病でさぼったみたいだけど……」

 キッチンからローズの声が聞こえる。彼等は大学生だ。ごたごた続きで臨時休校だったが、彼等には彼等の本分がある。講義が入ると、ここ数日のように畑仕事をする訳にも行かない。

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