第3部 第4話 §8  出生

 サブジェイ達が出かけようとしている頃、家に戻ったリバティーは、テーブルに着き、目の前にローズと、ブラニーを揃えている。

 ソファーの傍らでは、フィアがイーフリートの炎に魔力を与えている最中だった。どうやら、ブラニーの方もこれに対して、まだよい対策が生まれていないようだった。

 率直に自分が生まれた状況についてだ。

 「貴女が生まれたのは、エピオニアの王城。私の貴方のつながりは、貴方がお腹の中にいたときの、数ヶ月と、生まれてから一年よ。貴方の顔を見るために、ホーリーシティーと、エピオニアを幾度往復したか、数え切れないわ」

 ブラニーは、ほっと一息を着くようにして、紅茶を飲みながら、目の前のリバティーに、そう語り出した。

 「貴女の名前ね……私の娘がつけたのよ」

 人の名付け親になる。それは一つの責任である。ドライという男はいい加減な男で、自分の責任も他人の責任に対しても、無頓着なところがある。そうだと判っていても、自分の娘が信頼され、生まれくる一つの命に対して、その命を受けたことは、「人」として、大切な事柄である。

 「ドライね……、すごい大けがしたの。内蔵の三分の一が吹き飛んじゃうくらいの……、よく即死じゃなかった……って、シンプソンの家に担ぎ込まれたときは、もうダメかと思った。その時に、彼女の娘……ジャスティンが、ドライを助けてくれたのよ」

 ローズが、話の補足をする。つまりそれが、ブラニーの娘が、自分の名付け親になった理由であり、リバティー誕生秘話である。

 「貴女はね……多くの人に愛されて生まれてきたのよ」

 まだ、蟠りが消えたわけではない。ルークとローズの蟠り、彼女とセシルとの蟠り。だが、この先刃を向け合うことはない。ルークはあれ以来、剣士としてのみの執着を無くしているし、ローズも復讐をすることに苦痛を感じている。

 リバティーはその起点に生まれた子供である。ブラニーが彼女の執心なのは、このためでもある。

 自分について語るローズと、ブラニーの表情が、本当に安らいだ表情をしている。

 リバティーは、和んでいる二人の空気と同調すると同時に、また一つ胸の内側が騒ぎだしていることに、気が付く。自分にはまだ、合わなければならない人間がいるということを、知ったためだ。

 少なくとも、ジャスティンという人物には、会わなければならないことだけは、確かだった。

 「そうだ!彼女どうしてるのよ、元気?」

 ローズは肝心なことを一つ思い出す。それは当然のことだ。リバティーのことばかりを語っているが、何度も言うように、ブラニーには、大事な一人娘がいるのである。ブラニーは、それを忘れる愚かな女でない。

 「ええ、上手くやっているわ……それに……」

 「それに?」

 「七つになる双子がいるわ、男の子がホーネスト、女の子がアフィ」

 「うっそ!マジ?!双子?アンタおばあちゃん??」

 ローズは至近距離でブラニーを指さし、信じがたい事実を目の当たりにしたような驚きを示し、声をひっくり返す。

 あれから十六年以上も経っているのだ、何ら不思議ではない。むしろサブジェイとレイオニーが結婚もせずに、探索に明け暮れている方が、世間一般的に問題がある。

 「まぁ、シードならねぇ良いパパになりそうだけど……」

 どういう父親ぶりを示しているのか?ローズは想像してみるが、あまりピンと来ない。ブラニー、ルーク、ノアー、シンプソンの血の掛け合わせの結晶である。どの性格が遺伝的に強いのかも楽しみだ。

 「姉御!言われたの、取ってきたけど?」

 姿を現したのは、ミールである。彼女は奥の廊下の勝手口から、リビングにやってきたのだ。勝手口の向こうにはハーブ園がある。

 「ああ……、それそれ!」

 ミールの持ってきたのは、細い毛のような葉の束である。松葉のように見えるが、長い物では、二十センチを超えている。

 「それは……」

 と、敏感に反応したのはブラニーである。その間にローズは小走りにミールの側により、ハーブの具合を確かめる。

 ブラニーが、それに反応するとローズは、薄気味悪くニタァっと笑うのだった。

 「もう、今晩絶対これになること、請け合いだからね……フフフ……」

 ローズはミールの耳元でそう囁きながら、拳を作った腕を腰あたりに構えて、力強く振るわせている。

 「出た……謎のハーブ……」

 リバティーがそう呟く。

 「アレは、超獣界に生息する野草の一種で、葉を五枚ほどすりつぶして、煎じて、スパイスにするの。著しく生殖能力を増強させるのよ。どこに手に入れたのかしら……」

 相変わらずだ……と、ブラニーは冷めたため息をつく。それを誰に使うのかが言えば些細な問題だ。

 「おーい。飯ー」

 ドライが、何気にゆったり戻ってくる。続いて、グラントが入り、最後にふて腐れたエイルが戻ってくるのだった。


 「んふふふ……ドライ、あ~んして」

 ローズは駆け寄ると同時に、唐突にそういって、ナマのままその怪しいハーブをドライに食べさせる。味としては青唐辛子に似ている。

 「どう?」

 「ん?ん~、いいじゃねぇの?」

 ドライは、火照るような辛さを口の中に感じながら、それの出来映えを確かめる。

 「生はもっと酷いのよ……」

 ブラニーがぼそりと呟く。その効能はあまりに過激すぎる。ドライがそれを知っているか知っていないかは、定かでない。恐らくこのこの状況を見て、知っているのはローズだけだろう。

 「ペペロンチーノに使えるでしょ?」

 まさか、全員にそれを食べさせる気なのだろうか、怪しげなローズの笑み。特にエイルの方をじっと見ている。どうやら、それが標的らしい。

 「ん?サブジェイ達は?あと、あの子……」

 ローズが、三人ほど足りないことに気が付く。リバティーとの対話に集中していたため、サブジェイ達が居なくなったことに気が付いていなかったらしい。

 「ああ、彼奴等なら、イーサーの家に行ったぜ」

 ドライが、浴室に向かいながら、そういう。

 「ああ……俺達の家は、遺跡だからな」

 エイルが、彼等が出かけた経緯を端的に説明すると、ローズは、なるほど……と納得すっるのだった。レイオニーの探求心が動いたのだろう。

 「あっそ、アイツそういう奴なんだ……へぇ……」

 急にリバティーは無理な平静を保った様子で、一人で納得するのだった。頷きがやけに大きい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る