第3部 第4話 §7 レイオニーの頼み
時間は進む。
サヴァラスティア家の庭先には、フル装備されたクーガが停車していた。クーガシェルの中では、レイオニーが、先のイーフリート戦で得られたデータを整理していた。シェルのフロントガラスは、その名の通り貝のように、大きく口を開いている。
「相変わらず、召還プログラムは膨大な量ねぇ……」
シェル内で、ディスプレイを眺めているレイオニーの表情は憂鬱だった。普段はシェルを閉ざして行っている作業のため、疲労感も強いが、解放された空気が流れているため、多少はマシな気配だった。
「レイオ、コーヒーだぜ」
サブジェイは、陶器製の白いマグカップを二つもち、家の中から姿を現し、腰をかがめて、シェル内のレイオニーに、マグカップを渡す。
「サブジェイ。見て……今までのコードより随分長いの」
「イーフリートだったから……か?」
「多分……、それに異なる点もかなり増えているわ……、本当なら一つ一つ実証していきたいところなんだけど……」
実証すると言うことは、実際にコードを変更して、変化をその目で確かめなくてはいけないと言うことである。つまりそれを行うということは、街で起きた騒動を自分達で起こすということになる。
「他は?」
「他は、ダミーコードもあるみたい。その辺は、解除プログラムで処理できるけど、それを取り除いて尚これだもん……やんなっちゃう。問題はデュアルアクセスね」
表示されているのは、人間的な文字列ではない。無機質な文字列である。
「お前意外にこんな事出来る奴って、何者なんだ?」
「さぁ……シルベスターとクロノアールの子孫だったとしたら……最悪よね」
レイオニーはため息をつく。別に同じ血族であるからといって、そこに仲間意識が生まれるわけではない。だが、一例があるということは、それは氷山の一角であり、同じ事象が繰り返されるケースが多いということだ。あとは、確率論である。少数であっても目立つ物は目立つ。
「オヤジー!エンシェントメカニカルトランゲージ判る?」
サブジェイは、畑で働いているドライに、大声で話しかける、その側には、エイルとグラントがいる。
「さぁな!見ないとわかんねーな!マリーの手帳に載ってないのか?」
「あの手帳はエンジニアリングについては、抜群だけど言語関係は皆無なの!」
レイオニーが、大声で言う。
その間にドライが、近づいてくる。そしてクーガシェルの中のディスプレイに目をやる。
「あ~~……、こりゃ。命令語でも、完全にあっちよりだな……、これが判る奴は、キチガイだよ……」
ドライが渋い顔をする。だが、そう言ってのけるドライの頭も、正直宇宙のように思える。だが、どういう物なのかを理解できることと、その内容を理解することは、また別の次元である。
「もっと、サンプルがあれば判るんだけどなぁ~多分……」
と、レイオニーがぼそっと呟く。つまりレイオニーはその次元の人間だと言うことだ。十八年前より、更に奇才ぶりに磨きがかかっているようだ。
そうしている間に、一台のIHが、クーガの横につける。
イーサーと、リバティーである。
「すっげぇ……」
世界に数台しか生産されていないクーガを目の当たりにして、イーサーが少年のように目をキラキラさせて、あちこち触り始める。
「んだ?飯無いぞ?」
ローズがどういう性分か、理解しているなら、帰ってくることは間違いである。
「今日は、帰らないとだめなの!」
リバティーは、腹立たしさを思い出して、バイクから降り、苛立ちを足音に表して、家の中に戻って行く。
「アニキ、お嬢の呼び出しの話、聞いてないの?」
それでもイーサーの、悪戯小僧の行動は止まらない、クーガのあちこちを覗いて、触り放題である。サブジェイもレイオニーも、なにも注意はしない。触られて拙いのはコンソールと、クーガの操縦席だけである。
「ああ、聞いてるぜ。頭下げてOKだったんだろ?」
ドライも、ディスプレイを覗いている状態でイーサーと視線を合わせない。
「当分真っ直ぐ帰らないと、停学なんだってさぁ。結局俺ん家に遊びにも行けなかったし……、お嬢と約束したんだけどさぁ……」
イーサーの口は、自動的に動いている。意識は完全にクーガに傾いたままだった。だが、ドライはそのイーサーの一言を思い出す。
「ふ~~ん……おい、イーサー、お前の家って確か……あれだよな」
「アレって?」
イーサーは、ドライと反対側から、ヒョッコリと顔を出す。
構図としては、広い座席にレイオニー。左側側面にイーサー。その正面に、サブジェイとドライと行った感じだ。同じような顔が二つ並んでいる。
「遺跡だろ?」
その言葉に、レイオニーの耳が敏感にぴくぴくと動く。
「此奴等連れてってみないか?」
イーサーは、家であると同時に隠れ家であるあの家を、内緒の楽しみにしている。あの家に入ることが許されるのは、自分達と兄貴分と思っているドライだけであると、彼は思っている。
「まさか……ヨークス周辺の遺跡は、俺とレイオで全てチェック済みのはずだぜ」
サブジェイは、ドライの耳を疑う。一般人のイーサーが遺跡一個を所有し尚かつ、平穏な生活を送っているのだ。普通なら、彼の家には学者が群がって今頃は、生活圏を別の居住地に移さなくてはならなくなっているはずだ。
「その遺跡ってのは、せいぜい文化的技術に即した面での、遺跡だろ?『ホントの遺跡』ってのは、もっと根深くて、後ろ暗い歴史を背負ってるはずだぜ、そんな物がヒョイヒョイ、地表で判る程度のものじゃないだろ?…………っと、これは俺の解釈だがな」
イーサーは、レイオニーの向こう側でコンソールをのぞき込んでいるドライが、普段畑仕事をしている時とは、全く別人を見てる気がした。解釈や推理、思慮などから、到底かけ離れた人間に思えたからだ。
「言い切れるか?」
それでもサブジェイは、相変わらず直感的な判断を下すドライに、少々疑問があった。なぜなら彼は、十年以上レイオニーと遺跡を巡り探検してきた自負があるからだ。彼女の傍らで、その研究の成果を見ている。解析されたシステムは、衛星通信技術、映像投影技術。記録媒体技術、動力技術などがある。それらは、彼女の人生において、既に二十代前半で行われた物で、彼女はその一切の基礎技術を公開をしていない。
特にクーガに搭載されている動力炉は、IHとは比較にならない。クーガの最高速度は現在、時速3060キロメートル毎時に及ぶ。それ以上の速度では、消費エネルギーが激しく、増殖炉そのもののエネルギーが減衰してしまうために、彼女自身が使用を禁じている。また、機体の安定上、それ以上の速度も望ましくはない。
現在はシェルを連結させているため、その速度は半分程度である。
「俺がマリーと、遺跡を回ってたってことは、知ってるよな?」
ドライは、ただの勘ではないことを、サブジェイに印象付けさせるために、語尾を強めにして、そういった。
つまりそれは、レイオニーとサブジェイでもまだ見つけることが困難である遺跡があるということである。目と鼻の先の土地に遺跡があるというのに、それを見つけられないでいた。認めざるを得ない事実だ。
「君……、いい?案内してくれる?」
レイオニーがイーサーの方を向き、彼の様子を窺いつつ、青く綺麗な瞳で、じっと見つめる。経験を積んだ知的さを持つレイオニーの表情。見つめるだけで何かを物語っているように思える。
イーサーもドキッとしてしまうが、それとこれは別の話である。
「ん~~……アニキのお願いでもなぁ~」
イーサーは、考え込む。レイオニーも無理強いはしたくない。他の学者達がごり押しをして他人の研究や利益を奪い合う様子は何度も見ている。彼女はそうありたくないのだ。押すことには代わりはないが、それは、もっと自分のことを知って納得してからでも遅くはないと思っている。
「なぁ、君の家を荒らすような真似はしないからさ、俺達を助けると思ってさ……頼むよ」
サブジェイが、ドライの横からイーサーを見ながら、申し訳なさそうな表情でイーサーを見る。助けるとは、その遺跡で今回の事柄と繋がる何かを発見できるかもしれないという、推測の元で成り立った言葉だ。それはドライも思っているところだ。それに、レイオニーの学者としての活動をサポートしてやりたいと思っていることも、一つある。
「え?!天剣の頼みっすか?!!」
そうである。イーサーにはその弱点があった。憧れの男が、自分の家に上がりたいと言っているのだ。こんな名誉なことがあるだろうか?イーサーの表情ががらりと変わる。
「おい!あんた!人をこき使っておいて、自分はさぼっていいのかよ!!」
畑の方向から、小うるさいエイルの声が聞こえる。彼の反発の態度はまだ変化がないようだ。彼自身は畑仕事を面白いともなんとも思っていない。そう、これが終わらないと、ドライに剣を教えて貰えない。ドライの実力は、認めているのだ。
「うっせぇな!今、大事なんだよ!手動かしてろ!」
ドライは、開いているシェルのフロントに手を掛けながら、屈めていた身体を起こして、エイルに叫び返す。
「ねぇ。ダメなの?」
じれったいイーサーに対して、結論を求めるレイオニーだった。
「天剣の頼みを断るわけには、いかないないっすよ!」
イーサーは、調子よく自分の胸を叩いて、大役?を引き受けるのだった。
「じゃ、決まりだな。君の家の位置は?」
「俺ん家は?んと、街の南の外れの、森の中っすよ」
イーサーは、大ざっぱに南の方角を指す。正確に言うと彼の家は、サヴァラスティア家から、盗難の位置に当たる事になる。
「じゃぁ、街中を通ることもないな……。クーガは目立つから、迂回して行こう」
サブジェイは、そういいつつ、クーガのフロントを開き、本体に乗り込む。その光景はまるで戦闘機のコックピットに乗り込むようだった。
レイオニーは、シェルのシールドを閉じる。
事は決まった。
イーサーは、小走りに自分のバイクに跨り、早速エンジンをかける。燃焼系動力ではないため、四行程の音はない。静かなエネルギー的な機動音が聞こえるだけだ。
「んじゃ、着いてきて下さいよ」
イーサーは、クーガの様子を窺うこともなく、IHを一気に走らせるが、サブジェイはそれを見て、何となく彼の青さを感じるのだった。ふっと息を漏らすように笑いたくなるのだった。
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