第3部 第4話 §6  教育指導 Ⅱ

 ローズの横に、ブラニーの席が用意され、ブラニーは静かに腰を掛けるが、こちらも足を組む。ブラニーが足を組んで座ると、一流商社のキャリアウーマンのようだ。

 リバティーのことがなければ、こんな煩わしそうな所に来るものだろうかと、少々不機嫌な顔をしている。目の前で吠えそうなリチャードがなを鬱陶しい。あまり吠えると、魔法で往してやろうかと、物騒なことも少々考える。

 「異性とIHで、登校したあげく、神聖な校門前で不純性行為。十分な問題行動です」

 それが、どれだけ重大のことか?リチャードは、声を重くして、テーブルを軽く握った手で叩く。

 「不純……性行為?」

 ローズはドキドキしてしまう。

 リチャードは、母親の共感を得たような勘違いをしていたが、そうでないのは、両隣の二人がよく知っている。

 今ローズの頭の中では、彼女が考える事の出来るあらゆる淫らな行為が想像されている。

 「それは、バイクの上で?」

 ローズがズイと前のめりになって、更に下からリチャードの様子を窺う。だが、ブラニーもリバティーも呆れたため息を吐く。

 〈この女は……〉

 ブラニーの心の中の呟きだった。それは、リバティーも同感である。

 「バイクの上であろうと、無かろうと!不純性行為には、代わりありません!良いですか?お母さん。この年代の教育は非常に重要で、倫理的道徳的観念を育てる事も、また教育の一環なのです!」

 リチャードは、更に力説をする。

 ローズの想像から、バイク上の何やらが消去される。

 「あと、アイテムとしては、壁よね……」

 ローズは、ぼそっと呟いて、首を捻って考える。

 「ママ……壁ってなによ……壁って……」

 リバティーが母親に向かって、更に冷たい視線がある。ブラニーは、ローズの読んでいる三流小説を共有している。壁でローズが想像しそうな、事を思うと、赤面しそうになる。

 「あんた、公衆の面前で、そんな過激なことしたわけ?!」

 それが、ローズの行き着いた結論である。声は大きく音が半分ひっくり返り気味になっている。ローズは、ま愛娘の両肩をぎゅっと掴み、彼女の正気を確かめる。

 「ママ、絶対違うこと想像してるでしょ!!」

 笑いながらも怒りが吹き出るリバティーだった。ローズの頭の中で、リバティーは既にいいように、弄ばれているが、それはとても公言できそうにない。

 「それで、彼女が何をしたのでしょうか?」

 ローズに話を任せていては、全く話が進まない。ブラニーが積極的に仕切る。

 それは、ローズがここに来る前に、言った一言であった。

 親の仕事は、躾もあるけど、守ることもまたそうである。と。無論彼女にもジャスティンという一人娘がいる。ジャスティンは本当に利口な子供で、逆に自分達がずいぶんと助けられてきた。彼女は子供の恵まれていた。

 だが、全ての子供がそうとは限らない。リバティーは少々自分の環境を持て余している状況にある。何をしても物足りないのだ。サブジェイは激動の余韻に巻き込まれて育ったため、自分の力を持て余すことも少なかったが、リバティーは自分の存在に気づけずに育ってきている。その余波があちこちに出ているのだ。

 無論それは、ドライやローズの責任でもある。しかし、二人には、彼女から荒々しい世界から遠ざけたいと願う気持ちがあったからである。それがリバティーの物足りなさを、生み出している要因である。

 これはリバティーの生活の一端である。

 「せ……接吻です。校門前で、IHで娘さんを送ったその男と!」

 リチャードの興奮は隠せない。もう一度机を叩く。ローズの教育方針を疑って止まない。

 「アホクサ……」

 ローズは、ため息をついて、どっと溢れた疲れに苛まれる。余計な想像に頭をフル回転させていたためだ。

 「キスって、イーサーでしょ?」

 ローズが、改めてリバティーに訊ねると、彼女はこくりと頷く。

 「つまらない男……」

 と、リチャードを冷徹に見つめて、強烈に吐き捨てられたブラニーの言葉。

 不要な部下をばっさりと切り捨てるキャリアウーマンの視線である。ここにもまた、一般人とはかけ離れた、空気をもつ人間を、リバティーは見つけてしまうのだった。

 「う……うんん!」

 リチャードは、一度咳払いを入れて、妙に追いつめられた感のある空気を、振り払った。

 「サヴァラスティアさん。そちらのお方は?」

 話題を一度、別の方向に振る、リチャードだった。普通両親が顔を揃えることはあっても、明らかに、血縁とは思えない人間が同席していることは、珍しいケースである。それに堂々と彼を非難できる、立場なのかどうかである。

 「彼女?」

 ローズは、その対象がブラニーであることを、確かめるため、一度ブラニーの方を向き、もう一度リチャードの方を向くのだった。

 すると、リチャードは、掌を指しだして、ブラニーだというジェスチャーを取る。荒い言葉で言えば、誰なんだ?そいつは……という具合になる。

 「ああ……彼女は、二人目の母親みたいなものなの」

 「と、おっしゃいますと?」

 「出産時、この子を取り上げてくれた人。来るのは当然でしょ?」

 それはローズの理屈であって、戸籍血縁関係からいうと、他人であることは覆らない。だが、ローズの気持ちは本当であり、リバティーに知ってほしい事実なのである。

 この一日は、流れを自然に任せていたが、ブラニーは少しもそれを口に出そうとしない。照れくさいのである。だから、ローズはそのきっかけの一つとして、この場に彼女を連れてきたのである。

 ブラニーには、ジャスティンという娘がいる。彼女に学歴はない。彼女には普通の子供が過ごすした経験がない。また、ブラニーも普通の親として過ごした経験がない。

 ローズは、素行の悪い子供がいると、こういう事もあるということも、見せておきたかったのだ。

 「で?この子を停学にするの?しないの?それは任せるけど?」

 ローズは、リバティーに謝れとも言わないし、最悪の事態を免れるための願いでもしない。生死を彷徨う人生を背負ってきた彼女にとっては、本当につまらない問題だ。一つの小さな過ちで一年を棒に振るかもしれないという事態でも、それは変わらない。

 逆に、つまらないことをしたばかりに、身をもってその処罰を受けることも、また生きていく上での良い経験である。

 その間リバティーは、大事な事実を一つ聞かされて、ポカンとしていた。なぜ、そう言うことをもっと早く言わないのか?と、唖然としてしまう。そうならば、リバティーはブラニーと埋めなければならない、時間の空白があるのである。

 「サヴァラスティア君……、今回の不祥事について、反省する意志があるのかね?」

 要するにリバティーの態度次第だと、言いたいのだ。

 ローズは何も言わない。リバティーが決めることである。

 意識が、この場に戻ったリバティーは、ローズの方をチラリと見るが、ローズは、視線のキャッチボールをしない。全く反応してくれないのである。

 続けて、ブラニーに視線を送ると、ブラニーは視線を合わせてくれる。だが、どう助けてやって良いのかが判らない、軽く肘でローズを突く。

 一番簡単なのは、ローズが無理矢理リバティーの頭を下げさせて、謝らせることである。

 「自分のケツは、自分でふく!」

 ローズが目をつぶったまま、大きく吐きだしたのは、その一言だけだった。

 「はぁ……、場所を撒き舞えず破廉恥な行為をして誠に申し訳御座いませんでした!」

 リバティーは、ヤケクソ気味に、大声を出して、乱雑に頭を下げて、謝る姿勢を取る。

 学校には友達もいるし、何よりもうすぐ期末試験である。停学の日数によっては、試験そのものが受けられなくなる可能性が高くなる。リバティーの謝る姿勢がないと、懲罰として重くなる可能性がある。

 「ま、そう言う事ね」

 ローズは、クスリと笑う。

 頭を起こしたリバティーはあからさまな不服顔だ。頬が目一杯にふくれあがっている。だが、リチャードを睨んだりはしない。反抗的な態度を取ると、問題が蒸し返される可能性があるからだ。

 「じゃ、親はこのあたりで帰らせて頂きます」

 ローズが、すっと立ち上がり、軽い一礼をすと、娘すら置いて出て行く。ブラニーも遅れて立ち上がり、ローズの後を小走りに追う。

 あっけにとられた教諭達は、ローズの足を止める言葉も出ない。娘のリバティーですら、制止できずに閉められた扉に、手を伸ばしただけだった。

 「気に入らない!社会的権力を行使して、個人の行動まで、規制するなんて!立場上貴方に譲歩したけど、納得いかないわね!」

 と、廊下でブラニーが、ローズを責める。少々見損なっているとも言いたげだった。それは歩きながらの会話になる。

 「そうね。でも、それが現実。あの子には、納得できなくてもそうするだけの理由があった。最初から分別が付いてれば、問題も起きなかった。彼処でかばうことは、甘やかす事になりかねないからね。貴方だってジャスティンを甘やかしたりはしなかったでしょう?」

 「そうだわ!でも、それは生きて行くためにしたこと!彼女の行為はそれらになんら、支障のない他愛もないことだわ」

 「ばっかね~、あの子絶対挑発したんだよ。判っててあの馬鹿教師の前で、イーサーとキスしたのよ。私もアイツはぶっ飛ばしたかったけどねぇ。挑発するなら、逸物握りつぶして、泡蒸かせなきゃね。結局中途半端だったのよ」

 「だけど!」

 たたみかけるような、二人の会話だった。学校の廊下を小急ぎに、歩き、あっという間に歩いていってしい、バイクに跨る。

 ブラニーは、反撃をしたかったが、言ってもきりがない。それにローズは、目が届いていなくても、リバティーの心理状態、リチャードとの関係、イーサーとのキスの原因をきちんと把握していた。出鱈目な所はあるが、やはり母親である。

 ブラニーは、自ら休戦し、ため息を吐き、ローズのバイクの後ろに、身軽に跨る。

 ローズは、クロの革手袋を穿き、バンダナで髪を縛り、サングラスを掛け、アクセルを全開にして、タイヤの焼け跡を残しながら、一気に駐車場からバイクを走らせ、学校を出て行くのだった。

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