第3部 第4話 §4  リバティーの挑発

 実際聞き耳を立てる者はいない。そこでローズが話し出す。ブラニーは、シナモンの香りのきいたアップルパイと、深みのあるストレートティーを、少しずつ嗜む。

 大ざっぱな女が作ったとは思えない、絶妙な味わいである。リンゴは甘くしっとりして、パイはさっくりとしている。そして、シナモンの香りが口の中で広がり味を纏めてくれ、後に飲む紅茶の味を更に引き立ててくれるのだ。

 ブラニーはこれが大好きなのである。

 「あの子も、他のことで忙しそうにしているし、特に私と話すこともないでしょう?」

 それがブラニーの表だった見解だった。パイと紅茶で落ち着きながら、さほど時間に焦りを感じていないような、様子を見せているが、それがそうでないことは、ローズはよく知っている。

 「リバティーが、どう!とかじゃなくて、貴女はあの子と話がしたいから、一泊したんでしょう?私のパイは、いつでも食べれる……違う?」

 ローズは少し苛ついている。身振り手振りが少しオーバーになりつつある。棘のある発言で、人をバカにした言いまわしのあるブラニーが、内向的な性格であることは、よく知っているつもりだ。

 「ないのよ……、何にもなかったわ……考えたけど……掛ける言葉がないわ……」

 ブラニーは、諦めたように寂しげでさっぱりとした笑みを浮かべて小さく笑う。紅茶とパイが心を落ち着けてくれている。

 しかし、確かにブラニーの言うことは、正しいのかもしれない。赤子だったリバティーが大きくなり、そこにいる。二人には空白な時間があって、リバティー時間には、ブラニーの記憶がない。どのような会話が成立するのだろう。

 だが、今は何が好きなのか?生活はどうか?楽しい毎日か?そんな小さな他愛もない疑問でもいいのだ。

 しかし、ブラニーはそれを聞く勢いを無くして、タイミングも逸してしまったのだ。気が付けば今朝の騒動である。

 「確かに、これからいつでも遊びに来てくれていいし?時間はあるだろうけど?なに?私の作ったパイを食べて、ドライと遊んで……椅子に座って本を読んで終わり?それでも、いいけど。お陰様で、夕べのアイツ生き生きしてたしさ……、人生たまにアクセントは必要だし。この先ずっと……そうする?」

 「バカ言わないで。彼とは『会話』をしただけ、そう何度もあり得ることじゃないわ。それに、あの子の事と、それとは無関係のはずよ」

 ブラニーは、ローズの突っかかりに対して、部分否定をする。だが、特に声を荒げることもない。だが、それ自体は、否定していない。本を取り上げられたブラニーは少し手持ち無沙汰になってしまう。

 「ぶっちゃけて言うけど、貴女は、サブジェイも好きだし、レイオニーも好き。私のことも好き。ドライのことも好きになりかけてるし、リバティーのことも好き。一緒にいれば情は沸くし、互いの悪い面も見えてくるけど、今は良い面も見えてるから、それに戸惑ってるんでしょ?サブジェイの時と同じように、いつも時間が全てを埋めてくれるとは限らないのよ。ドライと過ごした時間は、貴女なりに時間を埋めようとした行動だった。違う?」

 良く口の回る女だ。ブラニーはそう思う。しかし言っていることは直感的だったが、確かにその通りである。

 「ただ、赤ん坊のあの子に、愛着を感じてただけなら、それでも良いけどね。時間は気持ちを熱くするけど、逆に、冷たくもするわ。貴女はあの子の成長が気になっていただけ。親は私たちなんだし……。でも、あの子を取り上げてくれた貴女には、そうであってほしくないのが、私の本音ね」

 「姉御!片づけ終わったよ!」

 キッチンの方から、フィアの声がする。結局洗い物を彼女一人に任せてしまったようだ。

 「もたもたしてると、ますます時間がなくなっちゃうわよ」

 ローズはそう言って、席を立ち、再びキッチンに向かうのだった。

 その頃、リバティーと、イーサーは、彼女の通う学校へと向かっていた。そして正面門にバイクを乗り付ける。外壁は、白く落ち着いた上品な色合いの土壁で、腰の高さほどまであり、残り半分は厳めしい鉄格子で、守られている。校舎までは石畳を歩き、数分ある。厳めしい格子の向こうには、割と木々があり、ゆとりの空間が広がっている。

 そして、門の前には検問のガードマンが立っていて、一人教諭らしき人物も立っている。背も高いし、割としっかりした体格で、スーツの中の筋肉が伺えそうだ。横に細いインテリジェンスを漂わせる上品な眼鏡を高い鼻に掛け、生徒達に軽蔑の視線をくべている。

 〈やば……数学のリチャードじゃん……〉

 「リバティー!」

 数学教師リチャードに、気を取られていると、正面からは、同じようにバイクで、送迎されているシャーディーが、黒いスーツを着崩した、眠そうな表情のキザなブロンドのオールバックヘアの男の後ろから、ヒョッコリ顔を出して、数日ぶりの友人との再会に、歓喜の声を上げている。

 学校は右側にあるため、イーサーのバイクは、学校の門を少し通りすぎた後、小気味よくUターンをするのだった。リバティーは一瞬振られそうになったが、イーサーにしっかり抱きついていたため、バイクから放り出されずに済んだ。

 「シャーディ。元気だった?」

 それは、ほぼ校門前での、やり取りだった。二人は、互いのバイクから降りるとハイタッチをして、ごたごたの巻き添えになっていないことを、喜び合う。数学のリチャードは、無視される形になる。

 「やぁ、リバティーちゃん」

 彼は、リバティーの手を取ると、その手をさりげなく両手で握る。

 彼がシャーディーの兄で、リバティーに目をつけている男である。名をグロスという。リバティーもそれをよく知っている。彼はあわよくばリバティーと二転三転を願っているのだ。その気持ちが、取った手の動作に良く現れている。

 「あれぇ?その男って、この前の酔っぱらい?」

 シャーディーは、イーサーの存在を思い出す。その時グロスも、イーサーの存在に気が付く。それまでは全く無視だった。

 「あ~、知ってるぜ!イーサー=カイゼルだろう?」

 グロスは、一寸した有名人を見つけた様子で、少し眠気が覚めたような眼で、彼を指さしながら、納得しつつ、彼の存在を確認する。

 「アニキ知り合い?」

 シャーディーは、珍しく人に興味を示した兄に、彼の存在を確かめる。

 「知ってるもなにも、剣の交流試合で、うちのガッコのレギュラー、一年の此奴にボコボコにされたんだぜ」

  ふーん……、という、関心の空気が流れているが、当の本人は、キョトンとしている。もう四年ほど前の話である。

 「へぇ……君すごいんだね」

  リバティーの関心は、シャーディーの兄より、平然としているイーサーに行く。

 周りに騒がれることなど、何の関心も寄せていないようだ。

 「確か、その後、指導のセンコーも、潰した!って噂だけど、アレ、マジ?」

 グロスは、色々手足の着いた話の真相に興味がある。学校時代の謎であった、思い出の一つだ。

 「ホント??あいつ?あの、体教のトロイ?ねぇ」

 リバティーは、グロスの手をほどいて、イーサーを揺さぶってみる。

 「ん~。まぁ……指導してくれるって、すごく期待してたんだよなぁ……」

 イーサーは、随分昔の事を思い出しながら何となく、視線だけで空を見る。

 「う!うん!……」

 リチャードの咳払いが入る。一同現実に引き戻されるのだった。リチャードは、冷たい視線で、グロス、イーサー、シャーディー、リバティーの順番でじろりと睨み付けてゆく。

 リバティーも、リチャードに冷たい視線を送る。

 どうせ、この後難問をぶつけて、嫌みたっぷりに説教をするに違いない。彼女はそう思っている。一時間目の授業はこの男だ。

 「イーサー?」

 「?」

 リバティーは、季節感のないタンクトップから出た、筋肉でしまったイーサーの腕を引っ張り、片手で彼の頬を誘導して、自分の唇を彼の唇に押し当て、横目でリチャードを挑発する。キスをしたリバティーの目が、もう一度リチャードに向けられる。

 「!!!」

 リチャードは、未成年の不純行為に、言葉に出来ない不道徳感を覚え、憤怒で顔を真っ赤にする。

 「え~~!?オーマイゴット!」

 違う意味で、ショックを受けたのはグロスである。なかなか、牙城を崩さなかったリバティーが、イーサーにあっさり唇を捧げたのである。

 「て!てて!停学!停学だ!リバティー=サヴァラスティア!停学だぁ!」

 なりふり構わず出た言葉がそれである。それが完全に自分への挑発であるということは、数学のリチャードは十分知っている。

 「あっそ……」

 リバティーは、完全に無視して、門をくぐる。慌ててシャーディーがついて行く。

 二分ほどして、イーサーの携帯が鳴る。

 「メールだ……」

 イーサーが携帯電話を、ズボンの前ポケットから、引きずり出して、慌ててメールを確認する。そこには、リバティーから送られたメールが入っている。本日二件目の彼女のメールだ。一つは、送信テスト。そしてこのメールだ。

 「っと、『お昼ご飯買い出しヨロシク♪PM12:00』か……」

 イーサーは、怒鳴り散らしている、リチャードの横で、マイペースに、昼食までの過ごし方を考える。何気なくバイクに跨り、さっさとそこを去ることにする。

 残されたのは、ショックを受けたキザ男グロスだけとなってしまう。

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