第3部 第4話 調査対象
第3部 第4話 §1 某国
某国――――。
ドライ達の住んでいるヨークスの街から、凡そ二万キロメートル離れた場所にそれはある。
世界との国交を好まない政治体制を取り、オーディン達の求めている世界連盟にも応じない、民族国家の一つであった。
そこで、ドライ達の知らない不穏な何かが動き始めていた。
その国に属する研究機関の一室で、その会話は行われていた。誰もが白衣を身に纏っており、周囲の壁面は、その場所は、潔癖なほどな白に壁面に包まれ、室内には、この時代では見られない大がかりな装置が並んでいた。
「やはり、精神制御プログラムに、多少の問題があるようだ」
頬の痩け気味の背の高い、黒髪をセンター分けした、黒縁メガネを掛けた男が、バインダーに挟まれた、複雑な術式の書き記されているノートを見つつ、そう呟きながら、室内を徘徊する。
十数歩歩いては、壁に当たらないうちに、右へ向き、思案にふけっている。
「しかし……上位精霊のイーフリートの召還とは……驚いたね」
一人の背の低い中年が、少しの感動と驚愕に声を震わせながら、打ち出されたデータを確認しつつ、技術の余韻に酔いしれている。彼もまた黒髪で、多少白髪が見られるが、丁寧に頭髪を七三分けにしている。
「精神制御プログラムが、完成していない以上、召還とはいえないですがね」
やせ男は、中肉中背の男にクールな視線を送りながら、未だ残る問題点の一つに不満を示す。
「召還位置の誤差は一キロメートル未満に修正出来ているが、空間が瞬間的に歪曲する問題も残っているし、やはり召還できる生き物の種類が、今は二種類だ。不定型でグロテスクな化け物と、魔神。一時妨害工作にもあった」
やせ男は、更に山積する問題を述べて、ノートをペンで叩く。
「サトウ博士……、プロフェッサーのご機嫌は?」
次に彼は、思い出したように、それを口にする。
「お休みになってますよ。もう少し協力を仰げれば、いいんだがね」
中年の博士は、彼とは別の不満を口にする。
「仕方がない。その点は我々の力不足ですからね。二つのシステムの連携もあの方無しでは、あり得なかったのだ。それにしても……、軍部の過激な命令には少々辟易しますね」
「帝の命と言われれば、我々研究班は、従わざるをいない。尤も君にも私にも、道徳心があるとは思えないが?カムラ博士」
中年の男は、含みのある笑いを見せる。毒々しい視線はない。ただ常識と道徳を廃した神経的に受け付けない目の輝きを持っている。それは、カムラと呼ばれる男も同一だった。
彼等の言う軍部では、記録映像が公開されていた。それは極一部の上層部が集まる密室である。右胸に四つ星以上の階級章をつけたオリーブ色を基調とした軍服を着込んだ、初老の男達が集まっている。暗がりの中で、公開された映像は、望遠で捕らえられた、銀色の目をしたオーディンである。
一人の男が指示棒を振りかざしながら、今回の情報を分析している。
「エピオニア十五傑オーディン=ブライトン。恐らくこの男が、尤も我々の障害になると思われたが、諸君、次の映像を見てくれたまえ」
そこには、イーフリートの脳天を貫いたエネルギー弾、そして映像はパンして、上空にいるブラニーを映し出す。そして、消えゆくシヴァも映し出されている。
周囲にざわめきが起こる。研究部が総力を尽くしても、なし得ることの出来ない召還を、瞬時に行いイーフリートを撃破したのである。
「ドラグマスターと呼ばれる召還師、ノアー=セガレイはホーリーシティーを離れないと聞く。だとすれば、それ以外に、召還師がいるのならば、我々の予想外の障害だ」
ブラニーの情報は、極めて入りにくい。なぜなら、彼女はあの戦いから第一線を退いているからである。もっともその容姿から、ノアーと血縁関係であることは、容易に想像できる。だが、その能力は未知なるものである。
現在第一線で活躍を見せているのは、ホーリーシティーでは、シンプソン、ノアー、ルーク。エピオニアでは、オーディン、ザイン、アインリッヒ。レイオニーは、学者として、サブジェイは、名だたる剣術家として、名を馳せ、シードは、北限の名医として、名が知れている。
次に、映し出されたのは、写真であるが、サブジェイ、レイオニー、ドーヴァが映し出される。
「レイオニー=ブライトン博士、天剣のサヴァラスティア、そしてこの男だ。恐らく、我々の考えていた不確定要素だと思われる。不確定要素とのファーストコンタクトでは、魔法の痕跡が無いことから、物理攻撃と限定とするが、間違いなくエピオニア十五傑であると思われる。であるなら、この男も警戒せねばなるまい」
ここで、映像は消され、室内に通常の明るさが戻る。
この会議で、ドライの名が出されることはなかった。彼の存在はまだ知られずにいる。その代わり、ドーヴァが矢面に立たされてしまう。
映像を見つめていた一人の初老の男が、唐突に口を開く。
「他にも二名、いたようだが?」
オーディン達と、一緒に映っていた、エイルとミールのことである。
「彼等も不確定要素ではあるが、状況から判断し、他者との力量の左は、歴然と低い位置にいる者と思われます。軽視して良いわけではありませんが……最重要課題でない事もまた事実です」
説明をしていた男は、少し言葉を和らげながら、謙ってものを言う。どうやら初老の男の方が、階級が上のようである。
「確かに、エピオニア十五傑をを消さねば、世界を制することができない。研究部に召還システムの完成を急がせるように、通達しろ!」
彼等は慌ただしく、席を立ち、各々の配置へ向かうのだった。
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