第1部 第4話 §8  妹 Ⅲ

 ドライは上を向き、口の中に空気をためながら、下唇を突き出しふっとそれを吐き出す。彼の前髪がその息でゆらゆらと揺れる。


 それから何も言わず部屋を出て行く。そしてややもすると戻ってくる。片手には椅子一脚を腕に抱え、グラスの被った酒のボトルをその手に持ち、もう片手は、グラスを4つ。グラスをガチャガチャと、テーブルの上に置き、椅子をテーブルの側に置き、グラスにに酒をつぐ。


 そして、自分が持ってきた椅子に座った。


 「いっぱい幾らで飲む?」


 「貴公は……、良かろう。百ネイ金貨一枚(約一万円)」


 オーディンが、あきれ果てて、それでも金貨を一枚ポケットから出し、テーブルの上に置く。これを見て仕方がナシに、他の二人も渋々金を出す。勿論金額は一緒だ。


 ドライはセシルには、特に要求はしなかった。だが、テーブルにはつかせた。


 「いくぜ、このドライ様が、賞金稼ぎやってるのは、うんとガキの頃からだ。それからずっとだ。つまりこの年にして、二十年以上のキャリアだ。まぁ筋金入りって奴だな」


 「それは良いから!きっかけは?」


 ローズが話をせかす。


 「慌てんなって!きっかけは、俺が賞金稼ぎに拾われたからだ。もし其奴に拾われてなけりゃ、俺様は今頃おだぶつってか?へへ、何故そんな羽目になったのかは知らねぇ、気がつきゃびしょぬれで山の中彷徨ってた……、周り見て、どっかからか落ちて川に流されたってのは解った」


 「では、何故今生きているのなら、何らかの方法で、家族の下にもどらん?」


 きっと、誰もがしたかったであろう質問を、オーディンが代表でする。


 「カンタン、俺はどっかから落ちたショックで、そのころの記憶が今でもすっぽりと抜けちまってる。覚えてたのは、歳だけ、で、何にもないそんな俺に付いた呼称がドライ、愛に飢え、食いもんに飢え、血を見ることでしか、満足できないようになっていた俺への当て付けらしい。でも俺にはピッタリだったんで、気にいっちまった。サヴァラスティアの方は、俺が初めて寝た女の名字だ。ゴロが良かったんで貰った。で、後はご存じの通りだ。俺は、マリーを見殺しにしたのは疎か、この様さ」


 ドライは、右足のズボンの裾を上げ、義足をむき出しにして、テーブルの上に上げる。自分心の過去を話しているうちに、連鎖的にマリーのことを思い出し、急に自分に対する軽蔑の念が、吹き出してきた。それと同時に、ローズのことを不安に思う。


 彼は足を投げ出したまま、皮肉に笑っている。最後の部分は、以前シンプソンが彼の義足はどうしたのかと、聞いたときの答えだ。


 ローズが、ドライの義足の上に、そっと手をかぶせる。


 「ドライが、悪いんじゃない。わたしは死なないから、安心して」


 「ああ、解ってる。って事で話は終わりだ。残念だったな、俺がオメェの兄貴ってことは、断定できそうにねぇな」


 と、自分がさもそうで無いことを主張する口振りである。セシルを、下から座った眼をして、睨み付け、それと同時に、口の端をニッと上げる。


 だが、逆を言えば、彼が彼女の兄でないことを証明することも不可能だ。いや、彼の目の特徴からいって、彼女の兄でないことを証明することの方が難しいであろう。だが、本人は否定している。


 「そ、そんな!では、私たちの使命を理解して、私を助けてくれたんじゃ……」


 セシルはがっくりと肩を落とし、落胆を隠しきれない様子だった。


 「そうか、ドライは記憶が……、だがドライの記憶が、もし完全なものだとして、何故それでも、彼が、君のことを知らないのだ?考えれば、変な言い回しだな」


 オーディンは、酒を一口飲み、セシルの方を向き、もう一つの疑問を尋ねてみた。


 「それは、私が生まれた直後にはもう、兄さんはいませんでした。兄の特長は、父の話で、それと写真で、でも両親はもう……、黒の教団に、大司教に殺されました」


 と、言って、彼女は、胸の内から、少し色あせた一枚の写真が取り出す。そこには、厳格そうなそれでも二十歳代の父親、知的な顔をした母親、そして、目の前でブイサインを突き出しニカッと笑い、銀色に燃える髪を持ち、真っ赤に燃えた瞳の、四、五歳の男の子、白い布にくるまれた赤ん坊が写っている。いわゆる家族写真というやつだ。


 その男の子には、確かにどことなくドライの面影がある。


 「ほう、写真ではないか、誰か念写が出来る者が、いたのだな」


 「ええ、父が……、兄は天才的で、この時点で、殆どの魔法学を自力で習得していたという事です。それでいて、活発で思いやりがあったとか……」


 彼女は、そのイメージを元に、ドライを兄として、見つけたのだろう。だが、会って見れば、外見、この様な男だ、話とは大違いで、ショックを隠しきれない。


 「ふん、知ったことか、いいか、テメェが女だから優しく言ってやるが、アンタは、どう見ても、一六くらいだ。俺は二七!その写真じゃ、どう見ても、離れて五、六歳。だが実際アンタと俺の年齢差は、その倍は離れている。そうおもわねぇか?」


 彼女は、ドライの言葉を聞いて、さっと青ざめる。焦点を無くし、とたんに立ち上がり、フラフラと、バスルームの方に向かう。姿が消え、バスルームの扉が閉まってから少しすると、ストンと音がする。


 「なんだ?」


 ドライが横着に、背を伸ばし、その方向を覗いてみる。が、扉が閉まっているので、何も見えない。


 ローズが、その事が気にかかり、バスルームの方へ行き、彼女を覗いてみる。すると、そこには、自らの両肩を抱きしめて、ガタガタとふるえ、眼を閉じて涙を流している。彼女がいた。そして、空間を閉ざすため、扉を閉めた。


 「今、何年ですか?」


 彼女は、ローズがその部屋に来たことを知っている。しかし質問の意味は理解できない。


 「魔導歴九九九年……だけど……」


 質問を単純に解釈すると、そう答えることしかない。質問に答えるのをそこそこに、彼女の側に同じ高さに座り込み、肩を抱いてみる。


 「ありがとう」


 少しは落ち着いたようだ。そう言うと立ち上がる。


 「私、あれから少しも成長してないんだ。本当なら、今年で、二十一なのに……、大丈夫、少しショックだっただけ」


 そう言って、ローズの方に振り向き、けなげに笑ってみせる。


 彼女は、コールドスリープの影響で、数年前から成長していないのだ。彼女が目覚めて一晩、その事に気がついていなかったのである。それにショックだったようだが、もう一つ、彼が兄であるかそうでないかを、確認できなかったことに、ショックを感じていたようだ。彼女には今支えてほしい人がいないのである。ロースにはその事が直ぐ解る。


 「ねぇ、彼奴ね、ああいう奴だから、今はあんな事言ってるけど、きっと解ってくれるわ……ん?」


 彼女を慰めながらも、扉の方になにやら怪しげな気配を感じ、そっと近づき、素早く扉を聞き開けた。


 「うわ!」


 と、オーディン。


 「イテテ!」


 次にドライが前のめりに倒れる。


 「グフ……!!」


 シンプソンは、後ろの二人に押し倒される。


 すると、男三人が、部屋の中に雪崩れ込んできた。シンプソンがオーディンとドライの下敷きになって埋もれてしまった。


 「や、やぁ、少し彼女の様子が気になって……な」


 まずオーディンが取り繕ってみせる。倒れ込んだ状態で、頭を撫でながら、はにかみ笑いをしている。


 「俺、なんか悪いこと言ってかなって、思ってよ……」


 少し罪悪感を感じたような顔をして、鼻の小脇をぽりぽりと掻いて、何故かローズの方の機嫌を伺いながら、上目使いで、彼女を眺めるドライ。


 「ふ!二人とも重いです!苦しい!」


 「おっと、済まない」


 下敷きになっていたシンプソンを、立ち上がると同時に、引き起こすオーディン。三人が、立ち上がった後は、それぞれ明後日の方向を向いて、盗み聞きしようとしていたのを、気まずい雰囲気で、打開しきれないでいる。


 「どう?旅は道連れなんだし、ドライが本当に彼女の兄かどうか、知るために連れてかない?この子……」


 ローズは、彼女の正体が、気になった。本当にドライと直接の血の繋がりのある人間であるのかだ。しかしそれ以上に彼女を、一人にしておけなかったのが事実だろう。言葉は軽かったが、思いは殊の外強いようだ。


 「ああ、私は特に構わないが……」


 「私もそれで結構ですよ」


 「え?!素人がまた一人ふえんのかよ……、ぶつぶつ」


 「多数決で決まりね……」


 もっぱら、こう言うときのドライの意見は、入れるつもりはないローズだった。


 「そうと決まれば、此処は長居は無用!黒の教団が来て、街を巻き添えにしかねないわ」


 「それは言える」


 ローズの周囲をせかせるような口調に、オーディンが納得をする。


 彼等は、街を迂回しながら、進路を北に取る。周囲は何も無い荒れ地だ。移動方向は、専らドライの足に任せることにしているのだが、そろそろどうして、何の情報もナシに、一定の進路を取れるのか、皆気になり出す。街に来るまでは、街が目標だと思っていたが、そうではないようだ。

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