第1部 第4話 §7 妹 Ⅱ
「さ、急に動くと良くないわ」
ローズが再び彼女をベッドに戻す。
「ありがとう」
彼女はもう警戒はしない。ローズの好意を素直に受け入れた。安心した彼女は、様々な疑問を残したまま、眠りについてしまう。強制的な眠りとは違って、顔が安らかだ。
訳は分からないが、何だかこれで一頻りついたように思えた彼等は、それぞれの部屋で休む事にする。ドライに対する疑問も、彼女に対する疑問も、また翌日に、解きほぐすことにする。
だが、休むと言っても、彼等は睡眠に入ることは出来なかった。理由は、ドライとローズだ。此処四日ほど、互いに触れ合っていないので、その夜は爆発的に燃え上がっていたのである。妙に気怠い疲れと、バートに対するやり切れなさ、雨の鬱陶しさも、憂さ晴らし気味に二人を自棄に熱くさせた。
揺れが、隣の部屋まで伝わりそうなほどだった。
「うん……もっとぉ……」
「ローズ……う……ん」
「ああ……」
この声を聞いた、隣の部屋の二人は、たまったものではない。毛布にくるまろうが、耳を塞ごうが、聞こえてしまうのである。二人の恋路を邪魔するわけにも行かない。雨で、外へ出ることもできない。
「ああ、迷惑だ!」
それでもオーディンは、毛布を頭に被る。
翌日。
「ん、しょっと……」
寝起きに、ベッドの横で、お尻にピッタリくるズボンをつま先立ちになりながら、履いているローズの姿があった。それから自分のお尻を、気合いを入れて、パン!と叩いて、乾いた音を立てる。
「よし!寝坊助を起こすか……ほら、ドライ、朝だよ。チュ……」
と、呑気な顔をして、熟睡しているドライの唇に、軽くキスをする。ドライを目覚めさせるには、これで十分だった。そのかわりこれでないと、起きてくれないときが多々ある。
彼は眠い目を擦りながら、目の前にいる愛すべき女(ひと)を、寝ぼけ眼で、見つめている。
「ホラ!起きた起きた!朝よ!」
ローズは妙に上機嫌だ。声が、シャキシャキとして、踊るように弾んでいる。一晩前とはまるっきり違う態度だ。勿論、機嫌が悪いわけがない。ドライは夕べ、それだけの仕事をしたのだ。
「……んだよ。まだ朝かよ……」
「何言ってるの、出来れば今日中に、此処を出て、黒の教団の追跡を、振り切らなきゃなんないんだから、それに、あの娘が昨日言いかけたことも知っておきたいし……、ついでに言えば、今寝てるのなんて、ドライくらいでしょ」
ローズは、朝から口がよく廻る。今時多い低血圧ではないのは確かだ。ドライはこれ以上、ベッドの上で横たわっていても、寝ることが出来ないので、少しでも静かになるよう、ローズの言う通り、大きな欠伸をしながら、面倒臭そうに、頭を掻きながら、足を重そうにして、歩き出す。義足が、ガツガツと床を叩く音がする。なんと彼はそのまま、部屋の玄関まで歩いて行こうとする。
「一寸!服!服!!」
「あ、いっけねぇ……」
ローズとは対照的に、ドライは頭の方が、全く起きていない。
ドライが、何とか服を着ることが出来ると、早速、少女の部屋に行く。部屋の中には、ベッドから上半身を起こしている少女と、そちらの方を向いて、椅子に座って、テーブルを囲んでいる、オーディンとシンプソンが居た。ローズから見えるのは二人の背中だけだ。
「お早うございます」
二人が入ってくるのを確認すると、彼女は、軽い落ち着いた声で、ニコリとし、ベッドの上から頭を下げて、挨拶をする。
「オハヨ!どう?身体は」
「ええ、少し良いみたいです」
少しとは言っているが、体の調子としては、かなり良い方のようだ。夕べとは違い、顔に赤みがあり、表情もハッキリとしている。
「ふあぁぁ……おあよっす」
シャッキリとしている二人の会話とは対照的に、ドライは間抜けなほど大きな口を開けて、大欠伸を一回する。だが、欠伸をしたのは、ドライだけはない。オーディン、シンプソンも、彼に連鎖するように、だらしなく欠伸をした。
「あら?珍しいわね、健全な二人が、朝から欠伸だなんて……」
ローズがそう言うと、二人が、どんよりした眼をして、ローズの方に振り向く。何だか不機嫌だ。眼の下には、黒々と、クマが出来ている。二人がこうなっているのは、理由を語るまでもない。
二人は、ローズに文句はなかったが、ドロリとした眼が、そう言う錯覚を覚えさせただけだった。
「いや、別に……、ドライ、ボタンを掛け違えてるぞ」
オーディンは、眠いながらも、几帳面に細かい指摘をする。頭の方は、しっかりとしているようだ。ドライは相変わらずシャキッとしていない。
「それじゃ、ドライさんが、どうのこうのと、言う辺りから話を始めますか……」
「ド・ラ・イ?ドライさんて、誰ですか?」
シンプソンが、昨晩の話の続きを始めようとしたときだった。彼女は、「ドライ」の名を聞いて、それを誰かと訪ねる。これには、誰もが目を丸くするしかなかった。彼女の話そうとしていた内容に出てきた人物は、唯一「兄」として、出てきた彼しかいない。
三人は、知っていながらも、ドライが誰なのかを、アイコンタクトをして、確認する。そして最後の到達したのは、寝ぼけ眼で、掛け違えたボタンをそのままにして、欠伸を連発している男だった。
「ドライが、誰って言われても、私ローズだし」
「うむ、私は、オーディン、オーディン=ブライトンだが」
「私は、シンプソン、シンプソン=セガレイです。から……、やはりドライさんは、彼ですね、うん」
それぞれ自分に指を指しながら、自己紹介気味に、自分が誰なのかを、確認する。彼女に彼等がドライではないということを理解させるためでもある。
「ん?俺?俺がどうした?」
「あんた、もう少しシャキッとしてよ!ドライ=サヴァラスティアは、誰か!って事!」
「ん?俺以外誰が、ドライなんだよ。他にいるのか?」
此処で彼の目つきが、漸く鋭さを取り戻す。相変わらず欠伸をしているものの、掛け違えたボタンを整え、空いている椅子を引いて、椅子の背に腕を組み肘を付き、その上に顎を乗せ、一度にやりと笑い、少女の方を、向いて座る。
「でよ、小娘、オメェん名、なんてんだ?」
どうやら、彼はまともに話をする気になったらしい。
「セシル、セシル=シルベスター……」
彼女の名前からして、どうやら、シルベスターの血を引いているのは、間違いないようだ。オーディンが、一寸眼を丸くして、驚いたくらいで、特にそれ以外の反応はない。
「ふぅん、で、俺が誰だって?」
彼のこの言葉は、明らかに彼女を茶化したものだった。極端にだらしなく語尾を上げ、にやけた顔をして、彼女の顔を、上から下、また上へと、何度も観察している。意味無く足でトントンと、床を叩く。
「何冗談言っているの?兄さん。私のことを覚えていないのは解るけど、自分の名前は知っているでしょう?」
彼女には、ドライの言っていることが、タチの悪い冗談に聞こえたのか、首を傾げ、顔は不安げに笑っている。だが、タチの悪い冗談に思っているのは、ドライも一緒だ。「記憶」にないことを言われても、理解できるはずがないのである。
「そう言えば、私、ドライが賞金稼ぎで、姉さんの元恋人だったって事くらいしか、知らないわね」
と、突如ローズが、ドライの存在に疑問を持った。人差し指を唇にあてがいながら、視線を上にして、他にドライのことについて知っていることを、挙げようとしてみる。だが、思いつくのは、やはりそれくらいだ
「おい!マジかよ」
ドライは椅子から立つ。それからローズの腰を、自分の方に引き寄せ、指の先でこめかみの辺りをなで始めた。
「夕べあんたけ熱くなったのに、そいつをもう忘れちまったのかよ。ん?」
芝居かかった寂しさを混ぜながら、上から眺め下ろして、互いの鼻の頭をすりあわせる。今にもキスをしそうな体制だ。
「バカ、そうじゃなくって、ドライが何処で生まれたのかとか……、どうして賞金稼ぎになったのかとか……、両親の話とか……」
ドライのとんでもない勘違いに、一つ一つを柔らかい言葉遣いで言葉の端々を、曇らせながら、近づきすぎた彼の唇に、人差し指と中指をそろえて当て、ゆっくりと遠ざけた。
「兄さん賞金稼ぎなんかしているの?」
これはどう取ったらよいのだろうか、ただただ驚き一辺倒だった。それ以外に、不実さだとか、軽蔑心などの感情は、いっさい含まれてはいない。
「しつこいぞ、俺はテメェの兄貴じゃねぇ」
一応彼女が少女とあってか、ドライは目線で冷ややかに怒りながらも、言葉は、柔らかくしていう。
「まぁまて、ドライ。貴公の話、私も大いに興味がある。聞きたいな」
「そうですね、今後の参考にも……」
何をどう参考にするのかは解らないが、ドライへの疑問は、より浮き彫りになった。
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