第1部 第4話 §6 妹 Ⅰ
陽は暮れ、彼等は、安宿に戻っていた。
結局、バートが街の中央にいたのは、彼の目指す平等を、本当に街の中心から広げたかったためだろう。彼は純粋に平和を願っていたに違いない。
「ああ、雨うっとうしいなぁ」
ドライは窓の側に椅子を置き、椅子を逆にまたぎ、椅子の背凭れに頬杖を付き、片手にバーボンのビンを持ち、怠そうに、外を眺める。最も、周囲は暗く、景色など、ろくに見えない。ただ、雨の音がザーザーと、激しく聞こえる。ドライの様子からは、先ほどの出来事を引きずっているようには見えない。そこは彼らしいところだ。そこで、酒を喉に流し込む。
「一杯、もらえぬか?」
側にいたオーディンも、雨を怠く思いながら、ドライの方に空のグラスを向ける。それを見ると、彼は椅子ごと、オーディンの方を向き、眼分量でグラスの中程まで、酒をつぐ。氷が、ピキピキと音を立てる。彼は一口、口を付けた。それから、仮面の手入れを始める。
そこに、シャワーを浴びていた、シンプソンが、出てくる。癖毛な頭を、タオルでバサバサと、適当に拭いている。
「雨、やみませんね、はぁ」
この様な気分の時に、ますます雨で気が萎えてしまう。それを嫌って、大きくため息をつく。
「どうだい?メガネ君も、一杯」
と、ドライは、ビンをシンプソンの前に、突き出した。オーディンの向いているテーブルには、都合良く。グラスがもう一つ余っている。あいにく氷は入っていない。
「ええ、頂きます」
彼は、テーブルの上のグラスを取り、ドライの前に、遠慮気味に、差し出す。すると、意味ありげにニヤニヤしたドライが、グラスの縁ぎりぎりまで、酒をつぐ。
「ととと……」
今にもこぼれそうな、酒を眺めながら、眼を中央に寄せ、両手で丁寧にそれを支え、テーブルの上に置き直す。それを見ると、ドライは、もう一度ビンの口をくわえ、豪快に飲み、口を拭く。
「ぷはぁ……」
それから、シンプソンの方を向いて、ビンを突き出し、ニッと笑う。特に意味はない。唯の乾杯の意味だ。何に乾杯なのかは解らない。
「はぁ……」
ドライの飲みっぷりに見せられてか、シンプソンも思いきって、グラスの中身を飲み干す。すると同時に、彼の顔は、酒の火照りで真っ赤に逆上せてしまう。
「ふう……、頭がクラクラしますね」
と、飲み慣れない様子に、二人はおかしくなってしまう。
「ハハハ、何も、一気に飲むことは無かろう」
「はは!いい飲みっぷりだったぜ!!」
シンプソンは、酒の酔いで、そのまま放心状態になってしまう。だが、笑いもほんの一時で、部屋の中に伝わる雨の音で、気分が直ぐに萎えてしまうのだ。ドライは笑いに冷めてしまうと、再び窓の外を眺め始める。と、彼等が再び沈黙に戻ろうとしたときだった。ローズが部屋の中に戻ってくる。
「ねぇ!あの子起きたわよ!」
そう、ローズがこの部屋のいなかったのは、あの氷漬けの少女様子を見ていたのでだ。
「本当ですか?とっとと……」
シンプソンは、不安定に頭をぐらつかせながら、壁に頭をぶつけそうになりながら、隣の部屋の少女の様子を見に行く。
「それでは私も見にに行くかな」
オーディンも、シンプソンの後を追うように、すくりと立ち上がり、部屋を出て行く。しかしドライはあいも変わらす窓の外を眺めたままで、そこを動こうとはしない。
「あれ?ドライは、いかないの?」
「だって関係ねぇもん、ロリコンでもねぇし……」
「もう、相変わらず無関心ねぇ、ほら、立った立った!!」
強引に彼の腕を引っ張り、立ち上がらせ、引きずるようにして、彼女の所に連れて行く。
「……んだよ!良いって!」
「良いから、来なさい」
「イデデ!!」
挙げ句の果てには、耳を引っ張られ、連れ出される始末だ。
少女の様子を見に、隣の部屋に駆け込んだオーディンとシンプソンだったが、ベッドの上の彼女は二人を見て、酷くおびえていた。身体を丸め、毛布に身を包んで、毛布の端から眼から上だけを出して、彼等を観察している。こう警戒されては、近づく気になれない。緑色の瞳が、恐怖に震えていた。オーディンの顔の傷が、妙な威圧感を、彼女に与えた。
ベッドから少し離れた位地で、見守るしかない。
「安心して、私たちは怪しい者じゃない」
と、オーディンが、説得に当たって見るが、彼女の警戒は、一向に解かれる気配はない。
「うワラヒラヒハ、あやひい、モノリャ、アリマヘンろ……」
酔っているので、何を言っているか全く解らない口調で、身体を蹌踉けさせながら、それでも彼なりに、彼女の警戒を解こうとしているが、今の彼に聖人の欠片も見られない。単なる酔っぱらいと化している。彼女は、それを見て余計に警戒してしまった。
「あぁ、シンプソン、君は少し座って、酔いを醒まして……」
「すひません、オーリン」
彼女をどうするかより、先にシンプソンの方を、どうにかしなければならないようだ。テーブルの側の椅子に、シンプソンを座らせた。こう言うとき一番頼りになりそうな男がこれでは、どうしようもない。オーディンが困り果てたその時だった。隣の部屋から、こちらへと声を大きくしながら、ドライとローズの二人がやってくる。
「いいって言ってんだろうが、イテテ!!」
「ほらこっち!、あれ?オーディンどうしたの?」
ドライの耳を引っ張りながら、ローズがドアの向こうから、オーディンに声を掛ける。この時点では、少女からドライの姿が見えない。それだけにその騒がしさに、より一層警戒心を強くする。瞳を恐怖に、クルクルと色を変える。
「彼女は、どうも我々を警戒しているらしくて……」
「そう、やっぱり」
ローズはこの問いに、眉を八の字に口をへの字にして、困った顔をする。それでもドライの耳を引っ張る手はゆるまない。
「取りあえず。彼何とかしてよ」
すっかり、へべれけになってしまったシンプソンを指さし、さらに苦虫をかみ砕いたような顔をするローズだった。ローズもシンプソンに期待をしていたらしいのだが、この様では、役に立ちそうにはない。シンプソンの頭は、すでに前のめりになり始めている。
兎に角、このままでは埒が開かない。ドライを引っ張ったまま、彼女の側にまでより、そこで漸くドライから手を離し、彼女を包むようにして、抱きしめてやる。そこには、彼女自身の、身よりのない者への、共感があった。
「安心して……」
「あ、ああ……」
声にはなっていないが、少女のその声は、感情の表れがあった。
「喋ったわ!」
そこには、彼女が、ローズの好意に対する反応のように思われた。言葉にならない言葉が発せられたように思えた。だが、その対象は、ローズではなく。ドライだった。彼女は、耳を押さえて、痛そうにしているドライの瞳をじっと見ながら、それを指さし始めた。
「赤い瞳、まさか……」
今度は、彼女の言葉が明確に解る。その対象が、ドライであるという事もだ。彼女は、氷漬けになっていたせいで、自由の利かなくなった身体を押して、ローズの胸中から離れ、ベッドから立ち上がろうとするのだが、そのまま立てずに、前のめりに転んでしまう。しかしドライが反射的に、それを支えた。
「おいって、おめぇ大丈夫かよ」
この彼の言葉の意味はあらゆる意味が含まれたものだった。一つは身体の心配、それから、彼女の妙に高ぶった表情、それに、これから何をしたいのか理解できない。そういったものも含まれていた。
「に……いさ…………ん、ね」
それから、ドライの胸に、ぎゅうっと顔を埋める。彼女から発せられていた警戒心が、見る見るうちに、消え去って行くのが解った。
「兄さん?!」
彼女の言ったことを、疑いで返し、皆で一斉にドライの方を注目する。シンプソンも、驚きで酔いが醒めてしまったようだ。とたんに立ち上がり、元気を取り戻す。
いきなり注目されたドライは、首を振るようにして、自分を注目している人間の顔を眺め返す。狼狽えたようにキョロキョロとしている。
「間違いない。その瞳、その赤い瞳、嗚呼、生きていたなんて……」
さらにドライの胸の中に顔を埋める。
「お、おい!一寸待てよ!人違いだって!俺、オメェの事なんて知らねぇよ!!」
「ご!ご免なさい!そうね、兄さんが私の、事を知っている筈がないものね……」
慌てて、ドライから離れ、その場に座り込み、口元を両手で押さえ、顔を真っ赤にしている。彼女は、先ほどの表情とは違って、顔に柔らかみがある。ドライに逢ったことで、かなり強烈な安心感を得たようだ。独りよがりな行動を、恥ずかしそうに、眼を細め、舌をチロリと出して、笑って誤魔化す。なかなかチャーミングな、
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