第1部 第4話 §最終 変動
街を出て、数時間が経とうとしたときだった。
「ドライ、どうして北に行くのだ?」
オーディンは、目的も無しに歩くのは苦手だ。この状況に我慢できなくなり、ドライの前に立ち、歩みを止める。
「あ、俺言ってなかったっけ?」
彼は、無造作に頭を掻き、眼で己の脳味噌を見る具合に、上を向く。
「ハイハイハイ!!私知ってるもん!」
此に対して、ローズが勢い良く手を挙げ、はしゃぎ廻る。
「んじゃ、言ってみろよ」
あいも変わらず元気なローズに、口の端でクスリと笑う。
「北には確か、姉さんが見つけた最後の遺跡があるんでしょ?ドライはそれに向かっている!」
「御名答!流石相棒!ツーカーだぜ!!俺としちゃ、あそこが黒装束との接点だ。やっぱ原点からいかねぇとな」
ドライとローズが、掌を叩き合い、息の合っているところを見せる。
「その遺跡は、ノアーの言っていたシルベスターの眠る遺跡だな、彼を目覚めさせる事が出来れば、黒の教団を、根底から壊滅できるかもしれぬ」
オーディンは、気迫の隠った握り拳を軽く腰元で握りしめる。仮面の内側から、蒼い瞳が真実を追求したがっていた。
「この男は……、まだ眉唾言ってやがる」
ドライとしては、オーディンのこういう真面目なところが、肌に合わなかった。鬱陶しそうに、嫌々顔をして、オーディンと距離を開ける。
〈兄さんは、確かに記憶を無くしている。でも、本能的に何をすべきかを知っているんだわ〉
セシルは、ドライ=サヴァラスティアの人格に近寄り難さを感じながらも、兄として、シルベスターの子孫として、成すべき事を遂行していることに、ほっと胸をなで下ろす。
その時だ。いきなりの地響きと共に、大地が激しく上下に揺れ出す。この前よりもさらに激しい揺れだった。ドライは言葉よりも先に、女二人を庇うようにして、覆い被さる。オーディンは、彼等を庇うために、剣を抜き、周囲の落下物を警戒した。シンプソンは、無意識のうちに、対物理攻撃用のシールドを張る。彼等は身を守る行動こそしているが、周囲には何もない。状況を把握することが出来ないようになっている。密かなパニック状態だ。
そして次の瞬間、目の前の地面に亀裂が走り、大地が滑り、それが一気に、迫り出してきた。まるで大きな壁だ。その光景に、腰を抜かすことすら忘れてしまう。足が地面に縫いつけられたように、ぴくりとも動くことが出来ない。ただ壁が延びて行くのを、見上げるオーディンとシンプソンだった。
揺れは十数秒続いた。強大な大地の怒りに、流れるのは、冷やせばかりだ。どうすることもできないまま、時間が過ぎた後だった。
徐々に揺れが収まり、地鳴りも止む。ドライがそれを感じ、顔を正面に上げる。すると、その前には、高さ数メートルに及ぶ大地の壁が出来ていた。
女二人の無事を確認しながら、彼女らを引き起こし、壁の方に近づいて行く。そして、それを観察する。少々上の方を眺めたりもする。時代を刻み込んだ横しま模様、それは間違いなく地層だ。
あの数十秒の内に、これだけのものが迫り上がったのだ。左右を見渡しても、延々とそれが続いていた。この様子だと、大陸を南北に裂いていそうだ。その裂け目が、足下の方で、ぱっくりと口を開いている。
「何なんだよこりゃ……」
ドライは、目の前のものが、何か、それが理解できていても、言葉はそれしかでなかった。
「ああ、これもやはり黒の教団の?」
オーディンは、ドライの驚愕の言葉に返事を返しながら、半ば同意を求める感じで、セシルの方を向く。すると彼女は、首を横に振る。
「いえ、教団ではないわ、これが出来るのは、おそらく、クロノアール……本人!!」
「それにしても変ですね、何故、真の平等を願う彼等が、この様なことを?」
シンプソンは、セシルの返答に疑問を持ちながら、ノアーや、バートの言っていた言葉を思い出す。
「真の平等?クロノアールの言っている真の平等の意味は、そんなものじゃない!!」
彼女はシンプソンの言葉を否定するように、苛立った興奮を露にする。
「と言うと?」
オーディンが、再度セシルを覗き込む。
「彼の目指す真の平等、それは、人間界、超獣界、魔界、この三界の統一!」
セシルは、一秒たりとも瞬きをせず。オーディンの瞳の奥をじっと見つめている。緑色の神秘的な瞳が、偽りのない真実を、彼に受け止めさせた。
「何だって!それでは、最も脆弱なこの界の生物達は、絶滅してしまう」
オーディンも興奮し、セシルの肩を強くつかみ、驚きと興奮を隠しきれない。
「そう!クロノアールにとって、食物連鎖以外、平等の意味を成さないわ!!だから、なんとしても、その前に、シルベスターを復活させなければ……予想外だったわ」
セシルはセシルで、この事態に落胆を隠せない様子だ。もう一度、状況を確認するために、周囲を注意深く確認する。
「ねぇ、それじゃクロノアールって、もう復活してるわけ?」
ローズは平常心だった。これだけの異変を眼にしながら、まるで他人事のように振る舞っている。
「いえ、この様子だと、目覚めているのは、意識だけ、誰かが彼の力を仲介をしているだけ」
小さく身体を震わせながら、肩を窄め、胸の前に手を組む。視線は不安に下向きになる。
「ふん、クロだかシロだか、しらねぇが、要は黒装束の親玉って訳だ。じゃぁ、さっさとやっちまおうぜ」
ドライがストレッチを始めた。入念だ。それが終わると、今度は肩の骨をならす。
「ドライ、何してんの?」
「ん?言ったろ、原点は、あの場所だ」
と、北の方角を壁に向かって見つめた。
彼のこの台詞を聞くと、ローズが、高さ数メートルはある段差を、軽く一蹴りで登る。これを見て、オーディンもさっと、崖の上に登った。
「あの、私、こういうのには、その、自信がないんです」
すると、シンプソンは、すでに上に登っているオーディンとロースを眺め、ドライの方を向き、おたおたし出した。
「ちっ!」
ドライが、舌打ちをした後、シンプソンの腕を、ひっつかみ、抱っこをして、上に思いっ切り放り投げた。シンプソンの身体が、ドライの腕から離れ、宙に舞い、一度上方向に、ローズと、オーディンの、目の前を通過する。そして、ぴたりと空中停止をする。
「うわぁぁぁ!!」
今度は加速を付けて、落下し始めた。
「おっと!」
オーディンが、落下してきた彼を受け止める。この時シンプソンはすでに目を回しており、意識がどこかへと飛んでいる。
「ドライ!少し乱暴だぞ!!」
オーディンが、崖の上から、シンプソンを抱えながら、下に向かって叫ぶ。
「ウルセェ!トロいんだよ!メガネ君は、オラ!次行くぞ!」
「え?一寸待って!兄さん私、まだ心の準備が!!」
目の前でシンプソンの様を見せられたセシルは、後ろにたじろぎ、両手を目の前で振って、ドライの延びてくる腕を拒んだ。だが、ドライのそれは彼女を強引に腕の中へ抱え込む。
「ああ!ガタガタうるせぇんだよ!」
「きゃあ!!」
ドライの腕が一瞬上に持ち上がる。その瞬間に、腕の中の彼女が、酷く硬直したのを感じた。すると、シンプソンのように放り投げる気にはなれなかった。
「ち、しゃあねぇなぁ、しっかり掴まってろ!!」
「え?」
その言葉と同時に、ドライは数歩後ろに下がり、一気に助走を付けて、ジャンプをする。セシルは恐怖に再度目を瞑る。瞬間、身体が下に押し下げられるGを感じ、次にふわりと体重を感じなくなる。
「とん」、その音と同時に、体重が彼女の身体に戻った。恐る恐る目を開けると、目の前には、眉間に皺を寄せ、自分を睨んでいる彼の顔が目に入る。
「何時までも、甘えてんじゃねぇよ」
一言ボソリと言って、彼女を地に立たせる。
「行くぜ、ローズ」
彼は、ローズの名だけを呼び、さっさと歩き始める。彼にとって他の人間が来ようと来まいと、知ったことではない。それと、オーディンに、声を掛けるのも、照れ臭いので、掛けなかったという事もある。前述と後述が、矛盾しているが、それもドライの一面だ。
「さぁ、みんな、いこ」
ローズの招きで、遠くで煙の上がっている町並みを気にしながら、再び北に進路を取る。シンプソンはその町並みが眼にはいると、とたんに一つの不安に駆り立てられた。顔色が少しさえなくなる。
その時だった。彼の意識の中に、ノアーの声が聞こえ始める。不思議に目の前に、彼女のイメージが浮かぶ。
〈シンプソン様!大丈夫ですか?御怪我は?……〉
〈え?ああ、ノアーですか、そうですね、念話ですか〉
〈はい、こちらは、安心して下さい。孤児院も、みんなも、大丈夫です。早く真の平和を……〉
〈ええ、解りました。そちらも無事で良かったですね、安心しました。子供達を頼みますよ〉
〈はい……〉
そこで彼女との念話が終わる。その瞬間であった。彼は、ノアーのイメージばかりに、目を奪われ、足下がおろそかになっていた。石に蹴躓き、仮にも華麗とは言えない転び方をする。
「うわ!」
先ほどの大異変で、皆の神経が過敏になっている。皆戦闘体勢になり、低く身構えた。の、だが、眼に飛び込んできたのは、無様に転けたシンプソンの姿だけだった。
「驚かせんなよ……、ったく」
「ちょっと、驚かせないで!」
「ふぅ、少し運動不足が過ぎないか?シンプソン」
「大丈夫ですか?」
それぞれの言葉は違ったが、一瞬の硬直感は皆同じだった。
シンプソンは、この後必死に自分を弁護する。ノアーの通信のことだ。すると、ドライ以外は皆一応に納得をしてくれた。
「へぇ、良いですね、好きな人同士が、離れていても、心を通いあわせることが、出来るなんて……」
「ええ、まぁ」
特にセシルは、恋にあこがれる乙女のように、目を輝かせながら、シンプソンの話を信じ切っている。
「あら、私とドライだって、いつも一緒よ」
ローズが、見せつけるように、ドライの腕に絡んで、甘えてみせる。
「いいなぁ」
と、またまたあこがれた表情を見せる。
その時、周囲の景色が、荒れ地から、渓谷に変わろうとしていたときだった。ドライとオーディンが、いち早く、何かの気配に気がつく。それは好戦的な殺気だ。ある意味では、ドライもそれを放つときがあるが、存在としては、邪悪な物をより強く感じた。
「居る居る!一匹や、二匹じゃねぇ……」
額に手を翳し、周囲を背伸びして眺めてみる。
「ああ、かなりの群だな、だが、人間の物か?」
「しるか!」
冷たい反応をオーディンに返すだけのドライ。
ドライは、戦闘に心をうずつかせた。多対少数と、不利であれば、余計に瞳が輝いた。
乱れた足音が、近づいてくる。気配が、次第に実体となって、彼等の前に姿を現し始めた。それは確かに、オーディンの言ったように、人間ではなかった。だが、人間には近い物があった。二足歩行をし、武器を持ち、それなりの知恵を持って行動を起こしているようだ。
「オーク……だわ、どうして人間界に……」
彼等もまた、人間界に存在してはならない、超獣界の住人だった。だが、彼等はその性格上、敵を見ると、無差別に襲ってくるのだ。きっと、ドライ達の話し声が、聞こえたに違いない。
「一寸、二人とも、私に名誉挽回させてくれない?」
先日のリザードマンの時の鬱憤がたまっているようだ。あのとき彼女は、思うような活躍をすることが出来なかった。
「やだ」
ドライは、剣を抜き、準備運動がてらに、背伸びをして、グルグルと上体を回す。にやにやと笑い、オークの数を、目だけで数えている。それから一歩一歩、歩き始める。
ドライが動き出したことで、オーク達の方も本格的にこちらを警戒し、間合いを詰めてくる。
「こういう戦闘は、戦争のとき以来だな、シンプソン、しっかり自分の身を守っておいてくれ、それからレディー達も頼む」
「ええ、解りました」
シンプソンはコクリと頷き、早速シールドを張る。三人の周囲には、淡く青みがかった半球体の幕が張られる。
「だから、私は戦うって言ってるじゃない」
ローズは、シールドを飛び出て、ドライの側に近寄る。
「バッカだなぁ、お前の手煩わす相手じゃねぇだろう」
彼は自分一人でも十分だと言いたげだった。
その時だった。オーク達が自分たちの母語で、戦闘を仕掛ける奇声を発した。言葉の意味は不明だ。崖の上から、前の方からと、うじゃうじゃわき出るように、これでもかと言うほど出てくる。殆ど大隊だ。
「オーディン!比奴考えずに魔法ぶちかますから、そんときゃ、しっかり防御しろよ!!」
「承知!!」
二人は、勢い良くオークの群の中に、身を投じた。あっと言う間に姿がその中に埋もれてゆく。
彼等が姿を消すと同時に、二人の居ると思われる位地から、血の噴水が上がる。そのたびに絶叫も上がる。そして肉片が、飛び散って行くのである。
「無理だわ、彼等が幾ら達人でも……」
セシルが、シンプソンのシールドに身を守られながら、この状況を不安に思った。彼女は、二人の人間離れした強さを知らない。姿が見えなくなっても、死んでいることはない。
「奥義裂空斬!!」
オーディンの声が聞こえる。オークの群が吹き飛び、オーディンの姿が露になる。彼の周りには、空気の屈折で銀色に輝いた真空の刃が舞っていた。
「オラオラオラ!!」
ドライの声も聞こえる。こちらからは、より激しく血しぶきが上がる。
敵はやがて、ローズや、シンプソンの所にもやってくる。
「見ていられない!私も戦います」
セシルは何処からともなく、空気中の中から、短剣を取り出す。そして、シンプソンのシールドの外へ、飛び出そうとした瞬間だった。
「二人とも行くわよ!!」
ローズは、岩盤に跳ね返り、こだまするほどの大声で叫んだ。セシルは、それに驚き、硬直してしまう。
「スターダストランナー!!」
ローズの掛け声と共に、ザッ!!という、全ての音をかき消すざわめきと、周囲が白い輝いた雨に包まれる。次第に視力を奪われるほどに、極限にまで眩しくなってゆく。
その雨もやがて止み、セシルの目の前には、右手を振り上げているローズの姿が、目に入る。その向こうには、多少焦げ臭い格好をしたドライとオーディンが、背を寄せ、防御態勢で冷や汗を流している。恐怖に多少、眼をパチパチとしている。髪の毛の先端も多少焦げている。
周囲には、黒こげになったオーク達がゴロゴロしていた。周囲の風景も少し変形している。
「あのバカは、此処までする?」
「何だったんた。今のは……」
何がどうなったのか全く解らない、ただ、それがローズの魔法にによる大量虐殺だと言うことだけが、漸く理解できた。
辺りにオークがいないことが確認できると、オーディンは、剣を納め、それらの死骸を踏まないように、小さな隙間を見つけながら、シンプソンの元へと戻って行く。一方ドライは、構わず足場の悪さもそこそこに、それらを踏みながら、ローズの前まで行く。
「バッカじゃねぇのか!テメェは!俺を殺す気か?!」
早速啖呵を切って、ローズを頭の上から怒鳴り散らすドライだった。足の先から頭の先まで、突っ張って、彼女の旋毛に怒りを吹き込んだ。ローズは悪戯を潜めた笑みを浮かべ、眼を瞑り、耳を塞いで、肩を窄める。
「いいじゃん、いいじゃん、ドライの実力が解ってたからこそ、あそこまで出来たんだから、ね!」
そう言って、調子よく彼の両肩を、バンバンと叩く。彼女の表情からは、反省の色は全く見られない。カラカラと現金な軽い笑いを浮かべながら、愛想を振りまいている。その様子から、その事に、可成りの確信のを持っているのが解る。
これだけ、悪気のない笑いをされると、ドライも、それ以上怒鳴ることが出来なくなってしまう。
「ったく。良いか、これからはもうチョイ、ゆるいヤツにしろよな!」
彼女の頭を胸元辺りに引き寄せ、その頭をクシャリと撫でる。
「I see!」
ローズは、慣れた様子でこれに答える。ドライの胸の中から離れ、彼の腕を引いて、三人の元へと戻る。皆が集まったところに、セシルが、注意深く。皆の気を引き締めたい口調で、眉間に皺を寄せながら、話し始めた。
「みんな聞いて、これは明らかに、次元の壁が、崩壊し始めた証拠だわ。これほどのオークの大群はまれだけど、これからも多分、いえこれからもっと多く。人間界の生き物でない生物を、自然に眼にすることになると思うわ。そして、その被害は、私たちだけに降りかかる物じゃない。この世界の生物に、『平等』に襲いかかるの。だから早く先を急ぎましょう」
「うむ、そうか、では急ごう」
オーディンは素直に頷き、彼女の指示に従う。今はただ驚いてはいられない。現実に目の前にそれが叩き付けられているのだ。彼は、シルベスターによって、命を助けられ、シンプソンと出会った。だから全てを信じることが出来た。それが自分たちの宿命だと感じた。
「オメェ等、まだそんな眉唾言ってんのかよ付き合ってらんねぇな」
ドライは、まだシルベスターのことを、否定している。シルベスターの名を聞いただけで、ウンザリしている。
「ま、良いじゃない。どのみち行く先一緒なんだし」
ローズは楽天的だ。無理に作って、不安を自分の中からいるようでもあるが、周囲には楽天家にしか見えなかった。
「兎に角、皆さん、早くこの物騒な場所から離れましょう」
シンプソンは、シールドを張っているときとは、全く別人のように、辺りをおどおどしながら警戒をする。今にも一人で先に逃げ出しそうにも見える。だが、彼の性格上、それはまず無い。
この日から、規模は小さいが、地震が頻発する。その度に、異世界の生き物達の種族、数、共に徐々に増加し始める。世界は確実に、混沌に引き込まれていった。
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